人畜共の映画館
柏木との嵐のような面会は、坂本の精神を磨り減らしていた。無理矢理、矢継ぎ早の様にアレコレ忠告された上にこれから始まる説明会で何かを引き起こすとまで断言されたのである。疲弊しないほうがおかしい状況で、坂本はこれからすぐに道化を演じなければならないと考えてしまい、ますます気分が憂鬱になっていく。
(ともかく、まともな感じの参加者と会いたい。これで、異常者しか居なかったら確実に発狂してしまう。)
だが、それが叶ったとしても坂本には自体が悪化されることが確定されているのだ。まさに断頭台へ上る死刑受刑者だな、と思いながら坂本は再び東京タワーの地下へと戻っていった。
エレベーターは受付の階へと戻らずに、別の階へと到着した。そこは、番号が割り振られた案内板が通路に複数設置されており、他の参加者達が案内板を見ながら各々部屋の中へと入っていくのが見て取れる。係員に案内されるまま通路を進み、十三番ホールと書かれた不幸そうな部屋に入るように坂本は指示された。坂本が部屋に入ると、巨大なスクリーンと五席ごとに設置されている真っ赤なシートがあり、さながら郊外のショッピングモールにある映画館の上映室のように思えた。上映室にはすでに九割ほどの参加者が席についており、どこに座るかと坂本が周囲を見渡していると左前のほうに五人掛けに一人しか座っていない所を見つけた。座っている男は、灰色のパーカーのフードを目深に被ってはいるがそこからはみ出るほどの長髪で、体を小刻みにゆすりながら近寄りがたい雰囲気を放っていたが、そこにしか席が空いていない。意を決して坂本は声を掛けてみることにした。
「すみません、隣に座っても良いですか?」
「・・・・・・・・・・・」
だが、無反応。とりあえず、もう一度声を掛けた。
「座ってもよいですか?」
「・・・・い・・よ。」
「え、なんですって?」
何か言っている様だが、残念ながら坂本の耳には届かない。
「・・・座ってもいいよ。」
「あ、どうも。」
了解はもらったが、隣人はこちらに顔を向けようとはしないでしきりにブツブツと何かを呟いている。話しかけても反応してくれなさそうで、話しかけられない。
(もしかして、説明会の時間ずっとコレで過ごすのか・・・)
坂本でなく、誰が座ったとしても堪った物ではない。しかし、そんな陰湿な空気はすぐになくなる。坂本が座ってすぐに二人組みの男が入り口のほうからこちらへと向かっているのだ。どうやら、こちらに座ろうとしているらしくパーカーの男を先頭の男が確認するなり、話しかけやすい坂本に話しかけてきた。
「すまないが、相席してもよろしいかな?どうやら、席が空いてそうにないのでね。」
その男は、ベージュ色のトレンチコートを着込んだ四十代に見え、茶色のフレームのメガネをかけた穏健そうな人物である。まともな人物そうに感じられた。
「私は構いませんよ。えっと・・・」
「僕も・・・。」
パーカーの男にも意見を聞こうとしたが、あちらの方から伝えてきた。その際に顔を見ることができたが、かなりのやせ気味で不健康そうに青白い肌をしている。
「では、失礼して・・・。塙くん、座ってもいいですって。」
「渋沢さん、ありがとっざいまッス。じゃあ、お言葉に甘えて自分も。」
奥のほうの男も座ってきた。男は塙というらしく、坂本と同じ二十代ぐらいの年齢で、茶髪で黒のスーツを崩してきている。後輩の井上を思い出させるようなチャラチャラとした雰囲気を坂本は受けた。
「彼とは、同じ事務所に拾われてね。それ以降行動を共にしているんだ。」
「いやー、渋沢さんには頭があがらないッスよ。迷惑ばかりかけちゃって。」
どうやら、行動を共にする期間が長かったらしく、仲の良さそうな二人組みである。ずっと、一人で抱え込んできた坂本にとってはとても羨ましく思えた。
「そうなんですか、こっちはずっと一人だったんで大変でしたよ。ええと、名前を伺っても?」
「渋沢健介と申します。で、こちらは」
「塙正孝ッス。渋沢さんとは埼玉県の事務所で拾われたんッスよ。」
「私は、坂本雄二と言います。」
「坂本さんですか。で、坂本さんの隣の方は?」
「・・・・・荻野俊太郎」
「そうですか、荻野さんですか。今後ともよろしく。」
これで、五人の席に四人が座ったわけだがもう一人は説明会までのアナウンスが流れても来なかった。どうやら、塙と渋沢の二人でこの上映室は定員なのだろう。ふと、坂本は電車を降りてすぐに別れた滝川のことがどうにも気になった。
「渋沢さん、ちょっと質問なのですがよれよれのジャージと帽子を被った滝川っておじさん見かけませんでしたか?」
「うーん、残念ですが見かけませんでしたね。塙君は?」
「自分も見なかったッス。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「・・・・見たよ。」
「え?」
答えたのは意外にも荻野だった。
「僕が並んでいたときの前がその人だったよ。・・・途中で倒れちゃって運ばれていたけど。」
滝川は坂本にまた会おうと言っていたのに、本人の意思とは無関係な事故で会えなかったのだ。また、会えるだろうとは坂本には決して思えなかった。この説明会は篩であり、弱者である滝川が処分されているとしか考えられなかった。だが、その考えは口に出してはいけないタブー。滝川という人物は社会にも坂本にも黙殺されたのだ。
(こうして、私も無常な人間になっているのかな・・・・。)
ただただ、目頭が重くなるような感覚の中でついに悪夢の説明会が始まった。