新宿駅のトイレの秘密
東京都新宿区新宿駅。世界最大の規模を誇るターミナル駅であり、複雑に入り組んだ巨大な迷路のような構造が特徴である。しかし、電車が通過しない時間帯はシャッターで締め切られ、関係者以外は出入りできない完全な密室空間となる。午前二時二十分、締め切られた東口になぜかスーツ姿の腕章をつけた男達が数人ほど屯していた。坂本は彼らを見つけると根室から貰った書類を手渡し、その男は無言で小さな方の駅のシャッターを開けて入るように指示してきた。駅の構内は伽藍としていて昼間とは大違いの冷たく静まり返っている。男に従い、坂本はアルプス広場にある障がい者用のトイレに一緒に入っていった。すぐさま鍵を閉めると、男は便器の傍にある呼び出しボタンを押して日本語ではない暗号らしきものを喋りだした。すると、便器の向かい側のタイルが音を立てて沈み始め、専用線路へ行くらしい隠し通路が出現すると男は一人だけで進むように坂本に言い放った。坂本が入り終わると入り口が閉じ始め駅に戻れなくなったが、そんなことはもはや重要ではない坂本にとってしてみれば薄暗い通路を転ばないようにするだけが今大事なことであった。数分後、黙々と進む坂本の目の前に案内板と十字路が見え、案内板では右側に進むように表示してある。薄暗い通路へと強い明かりが奥から差してていることから右側が進むべき17番線なのだろう。反対側に回り込んでみると、同じ方向に進むよう書かれていたので、もしかしたら入り口は複数あるのかもしれないと坂本が考えていたときである。
「チーン」
エレベーターの到着音が響いた。気になった坂本が音の方角を振り向くと、駅で見た男達と同じ服装の人物が四人ほどで巨大なカートを押しながら坂本を無視して17番線へと向かって行く。そのカートの上では、人間ほどの物体が黒色のビニール袋に包まれている。ふと、かすかにビニール袋から動くような物が聞こえるのに坂本は気がついたが、坂本はただその光景を無言で見送った。確証はなかったが、中身は人間なのだろうと断定でしまったのは根室の言葉からなのか、坂本本来の性根から出た言葉なのかは17番線のホームへ着いても答えは出なかったし、出さなかった。
17番線のホームには既に電車が十両ほどで停車しているらしい。ただ、最後尾の車両だけはコンテナ車両らしく、さきほどの男達が荷物を入れ終わったらしく閂を掛けているのが見える。坂本は、それ以外の車両の中を車窓から見るとすでに他の魔法少女候補たちが座っているのが確認できた。小汚い浮浪者のような格好もいれば坂本のようにスーツ姿の格好も居て統一性が無い。しかし、先頭の車両以外は混み合っているようだ。
(態々混み合った車両に入りたくはないな)
坂本は先頭車両から乗車しようと考え、坂本はホームの奥へと歩いていった。
先頭車両の中に入ると、十人ほどが既に座って出発を待っているらしい。席の端のほうは全て座られているので、誰かの間に入って座らなければならない。そう考え、出来るだけ普通そうな身なりの人をキョロキョロと探していると誰かが坂本に声を掛けてきた。
「おいそこのあんちゃん、こっち座れい。」
声の主はすぐ左の席に居た。五十代後半ぐらいの白髪が目立つ男である。服は皺くちゃなジャージで黒い野球帽のような物を被っていて、競馬場によく居る中年男のようなイメージを体現したかのような感じである。
「じゃあ、失礼しますね。」
断る理由が特にあるはずもなく、坂本はとなりに腰を落とした。そうすると、白髪の男は嬉しそうに顔を綻ばせて喋り始めた。
「いやね、ドイツもコイツも首輪が怖いからって何も喋りたがらないんだよ。ここには、関係者しかいないからどんなことでも喋れるからていってもまるでダメ。湿ったくて、ありゃしない。」
「首輪というと?」
「あん?ああ、これだよこれ。余計なことを話したりやったりしないように監視する装置のことだよ。みんな、着けてるだろ?なんでも、馬鹿な真似したらとんでもない激痛が走って身動き取れなくなっちまうからな。あんちゃんもそうだろ?」
(はあ!?)
白髪の男が腕まくりをして金属性の腕輪のような物を見せてきた。周りの乗客もよく観察してみると、体のどこかしらの部分に金属の道具を身に付けている。だが、坂本には初耳であるし、否定をしても嘘をついても悪い方向へ行きそうなのだ。そして・・・
「ええ、私も足首に付けているんですよ。あんまり目立つのは嫌ですからね。」
結局嘘をついた。ばれなければ問題ないだろうという安直な考えであるが、否定するよりも行動を取り易いだろうと判断したからでもある。
「あんちゃんも、若いのに大変だな。俺も、自分の会社の借金で家族とも別れホームレス生活をしてたら、魔法少女とやらの事務所にチャンスをやると言われてきたんだ。まあ、世捨て人のような生活だったし、一発逆転のチャンスをくれるってのなら乗ってみようと思ったんだ。大金が手に入るらしいじゃないか、期待で夢っぱいだよ俺は。あっ、それと俺の名前は滝川銀之助ってんだ、よろしく。」
「坂本雄二と言います、こちらこそ。」
なんとか疑われることなく、騙すことに成功したらしい。だが、滝川の言葉からはなぜか違和感を坂本は感じていた。
(妙に楽観主義というか、楽観視しすぎているような。)
自身が監視装置のことを知らなかった事実から、説明会の参加者には知らされている情報量に差があるらしいと坂本は推測した。つまり、始まる前から世間ではある程度のランク決めが済ませてあるのだと。
「まもなく、出発時刻となります。参加者は車内にお入りください。」
アナウンスが流れ、車内へ駆け込む参加者がこの車両を目指して入ってきた。
「滝川さん、続きの話は向こうに着いてからにしましょう。あんまり人が多すぎるとアレですからね。」
「俺はかまわんぞ、皆暗い顔をしてやがるしな。何されるかわからん。」
そうして扉が閉まり、17番線の電車は多くのあわれな男性達を遠く遠くへ運んでいった。誰も知らない地底から欺瞞の宴へと。