襲来する危機
カナメが地上に降り立ってから一時間が経過した。小月市はワームの巨大な死体で一面に埋め尽くされ、緑色の体液が大地を緑色に染め上げている。まるで、SF映画のなかのワンシーンを再現したと言われたら誰しもが信じたくなるような光景だ。それほどまでに住宅地も農地も荒らされつくされ、昨日まで人間が住んでいたとは到底思えなかった。さて、異様な状況を作り出した張本人は最後の一体のワームの遺骸の上で指示を待っていた。
「後藤、こいつが最後の一匹なんだろうな。」
さすがに疲れたのか、息を切らして右耳のインカムに手を当てながら上空で待機している後藤に指示を仰いでいる。黒い軍服には汗の染み以外目立った汚れもなく、あたかもつい先ほどまでランニングでもしていたのかというほどだ。唯両手の人差し指だけは何百回もの引き金を引く動作により、薄っすらと血が滲んでいる程度である。魔力による戦車の主砲以上の高火力を無数に繰り返してソレで済ませられる時点で、彼女も今まで屠ってきた化け物と同レベルなのだが。
『見る限りではな、あんだけ爆音と魔力を垂れ流したんだ。公民館のワームも全部そっちの方に殺到してたんだぞ。ところで、口調がヤバくなってるぞ少しは楽にしろよ。』
「殺すのに夢中で自分がどのくらいの数殺したかなんて覚えていないな。ところで必殺技出しそびれてしまったが、どうする?一時間ぐらい一緒になって額を合わせて考えたのが水の泡になってしまったぞ。」
カナメとしてみれば威力が強すぎて下手に対物狙撃銃を撃てなかったのだ。いくらアドレナリン全開の興奮状態だからと言って周囲の影響を考えて行動する分別くらいはある。最も、必殺技を使わなかったのはそれだけが理由ではないが。
『あんな戦略兵器有象無象にぶっ放してもしょうがないだろ、それより公民館の方に向かってくれそこから南西に五キロほどだぞ。そこからでも無駄に大きな建物が見えるはずだ。』
「じゃあ、そっちに向か『(ドゴォォッッ!!!)』一体何事だ!」
突如公民館の方角から響き渡る大爆音、まるで隕石が落ちたかというほど舞い上がる土煙。辺り一面の視界が失われ、状況がまるで判らなくなる。不味い予感だけは嫌というほど感じるが。
「後藤!状況を報告しろ!」
『おいちょっと待ってこっちだってイキナリのことに対応できてないんだ。一分ほど待て。』
「早くしたほうがいいぞ、こっちにまで振動が伝わってきたということは結構巨大な物が空から降ってきたって事だぞ」
『今地上からの緊急連絡が来て確認しているところだ。・・・おいおい冗談だろ。公民館から北に一キロの地点に八十メートルクラスのワームが襲来、機構少女隊はこれ以上の公民館防衛は困難と判断しリーダーである小野寺ミキを殿とし、残り二人で公民館の住民を”平和的な”手段を持って南へと避難させているらしい。』
「八十メートルね、ここからでも煙が晴れてよく見える。公民館の方に毛の生えた山が上下に動きながら向かっている冗談みたいな光景が確認できるぞ。緊急性が高いなら私の地点からでも対物狙撃銃で抹消出来るがどうする?」
返答はすぐには帰ってこなかった。今までとは比べ物と成らないほどの化け物だ、インカム越しの後藤は唸る様な声を出しながら考え込んでいるようである。
『駄目だ、公民館の住人がワームから近すぎる。避難している住民や機構少女隊に誤射でもしたら作戦は失敗だ。それでは、意味が無い。全速力で駆け抜け、至近距離から銃撃しろ。あ、出来れば必殺技で格好良く決めろよ。ちゃんと前振りの詠唱も唱えるんだぞ!』
馬鹿すぎる余計な言葉に思わずカナメは閉口してしそうになり、大きくため息をついて返答する。
「此処まで来てカメラマンとしての職務を忘れないことにホトホト感心知るよ。了解、全力を持ってこの世から消し去ってやるよ。」
呆れながら銃を収納空間に仕舞い、超巨大ワームに向かって走り出す。剥がれたアスファルトやガレキを乗り越えながら考えるのは例の必殺技のことだ。正直、後藤に言われなかったら適当に理由をつけて必殺技を使用しない予定であった。被害のことを考えてというのもあるが、ただ単にこっ恥ずかしい思いをしたくなかった理由付けである。いい年をした大の大人がテレビで放送されると予め判っているなかで、全国のお茶の間の前にソレを流すのだと考えると必殺技は余程の事がない限り撃たないと決めていたのだ。
(スカイダイビングも殺陣も所領範囲だったが、どうも必殺技だけは撃ちたくなかったが覚悟を決めるしかないな。)
市民の安全の心配よりも、変な打算を考えている辺り彼女も人間だったということである。