仮面の人々
『山梨県小月市において大規模な生物災害が発生、山梨県小月市において大規模な生物災害が発生。至急、担当職員と魔法少女は直ちに司令室へ向かってください』
午後五時二十分。浴場で後藤がカナメに告げた予測どおりの時刻に、省内の放送で招集が掛けられた。カナメは予め出動できるようにスタンバイしていた甲斐もあり、指令室へと迷うことなく駆け出したのだがどうにも違和感を感じた。廊下を走っている最中に多くの職員達とすれ違うのだが、表情に焦りや緊迫感といった雰囲気が無いように思え、何か緊迫した状況と職員達の反応がチグハグに感じるのだ。その異質な空気は司令室に入室してからも続く。
「坂本カナメ、入室いたします。」
一声掛けて入室すると、そこも異質であった。司令室は巨大なモニターに囲まれたSF映画やアニメーションによく出てくるサイバーチックな内装であり、職員達も各々キーボードをタイプして職務に励んでいるように見受けられる。だが、ここでも職員達や先に席についている室長の古田や小早川、後藤までも気迫を感じるというわけでもなく緊迫した事態とは考えられないほど平然としている。まるで、人の生き死にを左右する職業ではないかのような緩さだ。
「坂本しゃん、そろそろブリーフィングを始めますから席についてくだしゃいね!」
古田がカナメに告げるが、その表情には軽い笑みが浮かんでいる。前日に見せた室長としての威厳は見られない。
(ひょっとしてまた誤報なのか?)
不自然な状況を現実のモノか確認するため隣席している小早川に目を向けるが、いつもと同じく仏頂面で参考にはならない。だが、後藤にいたってはカメラを弄繰り回している始末だ。正直駄弁りに誘われたのかと思いたくなる。
「おい坂本、さっさと座っちまえ。時間は有限なんだぞしっかりしろ。」
「あ、ああ、すまない後藤さん。」
司令室の入り口で思考の渦に嵌っているカナメに対して、後藤がカメラを整備しながら文句を言ってくる。言われたとおりに席に着くと、それを見計らって小早川がワザとらしい咳をして立ち上がり話題を切り出す。
「んっんん。それでは坂本様が到着されましたのでこれよりブリーフィングを開始いたします。司令室前方のモニターをご覧ください。」
モニターへと視線を向けると、東京の騒音塗れのコンクリートジャングルとは違った発展とは程遠い片田舎のありふれた都市が映し出される。今年の異様な暖冬の影響か二月だというのに雪がそれほど積もっては居ないようだ。夕方を過ぎたというのに妙に明るいのは、小月市を封鎖している魔法少女の結界による発光らしく、真っ暗闇の中で戦うことはなさそうである。
「これは今から十五分ほど前の小月市の市街地の映像です。市民の九割以上が市から離れては居ますが、市の南西にある公民館に約百名とその他勧告を無視した市民が市内に点在しています。魔法省と山梨県は勧告に従わない以上、いつ起きるか判らない生物災害に余計な人的被害を出さないためにも残念ながら彼らを黙殺することに致しました。」
小早川の説明が終わったのと同時に、モニターの映像に形容し難い巨大な怪生物が移りこんだ。怪生物はミミズの頭に無数の触手と、無理矢理ライオンやヒョウ等の肉食動物の足をくっ付けたかのようなアンバランスな二足歩行の化け物である。怪獣映画などのフィックションではない生理的恐怖を伴う生々しさを茶色い巨体から発している。周囲の建設物から判断するに三十メートル近くはありそうで、地球上の生物では無いことだけは確かであった。
「この巨大生物を我々は便宜上ワームと命名。ワームは小月市上空の複数個所による時空の歪みから現時点で二十体ほど出現いたしております。小月市ではDクラスとBクラス、小月市長による個人的な契約で追加されたCクラス二組の計十五名で迎撃に当たっていますが、ワームの硬い表皮と触手攻撃に対して早々にDクラスのグレープガールズが捕食され、現時点で生存しているのは三組となりました。公民館をBクラスの機甲少女隊が防衛し、残りのCクラスのドリーマーズと乙女騎士団の二組がワームの注意を逸らすため遊撃を行っております。」
「そのグレープガールズの戦闘シーンは記録してあるのか?」
相手の情報を知りたかったため、カナメは小早川に尋ねた。
「残念ながら市内の送電網がこの映像が撮影された五分後に完全に破壊されたため、監視カメラの映像に捕らえられませんでした。ですが、代わりに市民を襲うワームの姿を記録することが出来ました。オペレーター、映像と音声を廻してください。」
小早川の指示により映像は切り替わり、惨劇の真っ只中の悪夢のような光景が絶叫と共に映し出される。
『クソったれ!この化け物めさっさと往生しやがれってんだ!』
路地に追い詰められた猟銃を持った老人が、必死にワームに対して銃撃を放っている。しかし、ワーム身体に命中して緑色の体液を撒き散らさせて入るが。構わず触手を伸ばしているあたり、大してダメージを与えているようには到底見えなかった。触手は老人の抵抗むなしく彼の肉体を勢い良く叩きつけ悲鳴一つ発せさせることなく絶命させ、遺体をそのまま口へと運び咀嚼している。モニターに映る惨劇をカナメは目を逸らすことなく見つめた上で判断する。
(皮膚は硬くなく動きものろすぎる、充分対処できるレベルだ。)
彼女の思考には老人への哀れみではなく、如何にしてワームを抹殺するかのみが占められている。彼女には割り切れる、そのように調教されたのだから。だが、戦闘経験のなさそうな他の司令室の面子が顔一つ顰めることなく平淡としているのは慣れているからだろうかとカナメは推測する。
「ワーム自体はCクラスのメンバーでもギリギリ対処できるレベルですが、問題は量です。今現在も量は増え続け増殖しています。増殖が何時収まるのかは不明ですが、今から出動したとして到着に一時間ほど費やします。予測ではその時点で百体程度出現しているのではないかとされています。到着する頃には遊撃要員のメンバーは全滅しているものと考えてください。以上で状況の説明は終了となります。室長、お願いいたします。」
「了解しましゅた!」
古田の元気な返事と共に、一礼して小早川は着席する。
「ではぁ!坂本しゃん、これ以上の質疑応答は屋上に準備してある輸送用ヘリのなかで行いましゅので直ちに後藤しゃんと共に向かってくだしゃい。いいでしゅね?」
「「了解」」
後藤と共に司令室を離れ屋上へと向かう。その途中カナメは後藤に省内の空気について尋ねていた。
「後藤さん、いまいち緊迫感を省内から感じないんだがなぜなんだ。」
その疑問に対し、後藤はあっけらかんと答える。
「ん?そう感じたのか。そりゃそうだ、連中も俺も慣れているからな。一々悲しんだり嘆いたりしても変わらないって割り切っているんだろうよ。ソレに対して違和感を覚えるあたりお前さんはマダマダ染まってはいないってことだ。最もそれだけが理由じゃないんだがな。」
「どういう意味なんだ?」
意味深な発言をした後藤に思わず尋ねた。
「あー、そうだな。魔法少女になる場合、今はまだ選択させてやってるっていう建前を前面に打ち出す方針を関係者に徹底させてはいるが、昔は比べ物にならないほどに残酷で酷かったんだ。だから、その、なんだ。職務に対して真っ当なヤツなんて本当は居ないんだ。室長のあの馬鹿げた言動だって過去の精神的トラウマが原因だって噂になっているぐらいだ。あるいは世間を欺くために故意的に演じているんじゃないかとかな。小早川は・・・、判らん。何せ魔法少女じゃないんだからな。」
「なんだって?」
カナメは今まで小早川のことを魔法少女だと断定していた。しかし、魔法少女ではないとするなら一体小早川はどのようにしてこの薄暗い世界に入ってきたのだろうか。
「まあ、色々あるってことだ。俺だって家の糞親父のことが無ければ映画監督にでもなってたさ。誰しもが現状を受けれているからこその空気って訳だ。それより屋上に着いたぞ。」
屋上にはテレビのニュースでよく見かける自衛隊などで使用されているタイプの輸送用のヘリが待機していた。後部ハッチから内部キャビンへと入るが、カナメはあることを考えていた。
(対策室の面子の様に、私もこれから役者として演じなければならないのか。)
彼女がこれから向かうのは死地ではあって死地ではない。
劇場である。
後藤の構えるカメラの前で、真面目に正義のヒーローとしてお茶の間に話題を提供する役者になるのだ。放送されるのは現地の苦痛や悲劇といったモノクロ映像から政治という色を付けたカラー映像としてだが。




