郷里を愛する者
山梨県小月市
人口約三万人の小規模な都市である。市民の大半を農家が占めているこの都市を今まで舵を取ってきたのは山内家と呼ばれる一族だ。世間では世襲政治や世襲議員が問題になったとしても、市民にとってしてみれば彼らの音頭によって財政的、福祉的不自由なく暮らしていけると考える中で取り立てて騒ぎは起こらなかった。そう何もかもが順風満帆であった。世間にとっては歓迎すべき、彼らにとっては忌まわしき次世代高速鉄道計画が持ち上がるまでは・・・。与党である公民党所属の前山梨県知事から現山梨県知事にいたるまで、山梨県全体の声として地元の声を黙殺して計画を強行したのだ。小月市としてみれば駅は自分達の市に建設されるわけでもなく、世論という武器を手に入れたヤクザ者の土地買収活動により市民は山内家に助けを求めるのも当然の結果であった。それに答えるように山内家当主兼小月市市長である山内広大は市民に対し徹底抗戦を呼びかけ、第二の成田闘争勃発か!とマスメディアが取り上げるほどの闘争問題渦巻く危険地帯と化していった。
小月市市役所市長室。老朽化により六年前に立て替えられた真新しい市庁舎で、市民達も何かと足を運ぶ憩いの場でもある。しかし、魔法省からの避難勧告により職員も物も隣の市へと移行し、残っているのは数名の職員と市長である山内と長年秘書を勤め上げていた福山の両手で数えるほどの者達だ。山内は秘書の福山と共に市長室へと篭っていた。山内の親族は市外へ避難せずに、市内の公民館へと退去に応じない市民達の世話をしている。その数約百四十名、殆どの市民はこれ以上土地や家を理不尽な仕打ちで失いたくない気持ちで残った者達だ。山内には彼らの無念や恨みが痛いほどに感じている。山内は幼少の頃から小月市をより良くしようとする清純な思いは変わってはいないと考えている。だが、同時に市民達を死地へと追いやった身勝手な愚かな思想だったのではないかとも考えている。五十に入り、中年太りで脂ぎった身体を椅子に深く押し付けひたすらに苦悩している。その時一本の電話が秘書の福山の携帯電話に掛かってきた。福山はぺこぺこと見えない相手に頭を下げ、途中で吉報でもあったのか肩の荷が下りたかのように息を吐いた。
「山内さん!事務所の方へ打診していた追加の派遣要請が通りました!Cランクのグループ二組が市へ応援に来るそうです!」
その言葉に山内は思わず立ち上がった。貯めに貯めた巨額の私財を投げ打って依頼をしたのだ。これは彼にとっての意地である、この土地を平気で踏みにじってきた県や政府の悪漢共の手を借りずに我々の力のみで小月の地を死守するのだという決意だ。舞い降りる災害がどんな物なのかは市長である山内の耳には入ってはいない。県や政府と争っているという問題から情報を意図的にセーブしている悪意そのものが山内には見える。
(だったら抵抗してやろうじゃないか侵略者共め!人も化け物も分け隔てなく吠え面をかかせてやるぞ。)
小月市はこの策が成功しようがしまいが被害は免れない、人も資本も市から離れていってしまった。世間の声による大きな流れには逆らえないだろう。こうして山内は市長としての責任と郷土への愛と共に残った市民達と公民館で地獄の様な運命と共にする、その執念さえも神の目線を持つ者達からしてみれば計画の範疇だということも飲み込んで。