魔法式の拘引
午後五時半、日も落ち通りには帰宅する学生やサラリーマンの姿がチラホラと見られるようになって来る。表が活気付くのと対照的に、根室魔法芸能事務所は沈黙に包まれていた。
「はぁ~、久しぶりにカナメさんが事務所に帰ってきたというのに。上は如何したいんですかね。気でも狂ったか、それとも何か意図があるのか・・・。」
頭をぼりぼりと掻き毟りながら、根室が不満を愚痴る。事務所に帰ってきたカナメを労い、これからの仕事の打ち合わせに入ろうかとした矢先に、カナメから訓練センターで渡された黒色の証明カードとスマートフォンについて尋ねられたのだ。黒色の証明カードという単語に根室は聞き覚えがあったが、物が物だけに内心信じられない気持ちである。それではと、現物を二人で一緒に確認したのだが、この仕事に携わって日が浅い若輩者の根室でも危機感を募らせる代物を見せられることになった。
「そんなに不味い物なのか。」
根室の言葉にカナメはこのカードの有する価値を尋ねた。昼間の遣り取りの件で、何かしらの策謀に巻き込まれたかもしれないと予想はしていたからだ。
「不味いというか何というか、立場にによっては羨ましい物ですね。魔法少女というのは実力と経験、それと社会的地位や名声からランク別に区分されます。その区分は個人と複数人のグループで別れていますが、グループの方のランクは重要視されません。」
「グループは個人個人で差があるからか?」
「そう考えてください。さて、個人のランクは色によって区分されます。下から白、黄、青、赤、黒が存在し、どんな実力が有ろうとも最初のうちは黄色か白色で誰しもがスタートします。そこから場数を経て青色になり、そして赤色に昇格し、最終的に様々な面から国家にとって有益であると判断されて、晴れて黒色として任命されるのです。あと、グループのランクは上からA、B、C、Dとなっています、最も殆どが人気重視の寄せ集めで構成されているのでカナメさんにはどうでも良いですがね。」
「最初から黒色として登録されているのは有り得ないと。」
「絶対にありえません、第一そんなことしたら魔法省の面目が丸つぶれです。黒色に任命した人物が初出動でイキナリ殺されちゃったら笑いものですよ?」
「・・・つまりなんだ、魔法省は私に何をさせたいんだ。」
「うーん、何となくですが予想は出来ます。まず、黒色に任命された魔法少女にはメリットとデメリットがあります。メリットは、魔法省の運営する機関、施設に最優先で使用できますし、提供される武器や装備に八割近い補助金が提供されます。また、マスメディアやテレビ局などに活躍の場が確実に用意されます。逆にデメリットも、結構なものです。大規模な災害の発生や対処が極めて困難と判断された怪獣の出現といった事態には、必ず命令があるなら拒否権なしで出動しなければなりません。つまり、死地に強制的に送られるってことですよ。」
「それしか考えられないだろう、あんな訓練までさせておいたのだから。しかし、なぜ私なのかが理解できん。」
「そうなんですよ、その点だけが不可解なんです。」
両者、額を合わせて考え込むが一向に結論が纏まらない。実際に、体験してみないと答えなど出ない不毛な論議になるだろうと考えたカナメは今まで放置していたスマートフォンの電源を入れてみようとした。
スマートフォンの箱の中には緩衝材に包まれた本体しか入っておらず、説明書や保証書といった書類はない。本体を取り出してみるが、スマートフォンを使用した経験のカナメには操作の仕方がわからない。実は、男性時代からガラゲーと呼ばれる八年ぐらい前の古ぼけた携帯電話を大切に使用していて、態々金欠なのにスマートフォンを買おうとはしなかったのである。
(まいった、電源の入れ方すらわからん)
根室に使い方を聞こうと考えたが、今時の大人がスマートフォンの電源の入れ方すら判らないというもの小っ恥ずかしい。
「カナメさん、もしかして使い方「いや、説明書がなかったのでな。ボタン配置を確認していたのだ。」まあ、あの魔法省から渡された機械ですからね。」
根室を納得はさせたが、ボタンを押してみても何も反応はしない。スマートフォン相手に悪戦苦闘しているカナメに向かって根室は言った。
「それ電池に電気入ってないんじゃないですか?」
カナメは耳の端まで恥ずかしさで真っ赤になりそうだった。
「ん、んん。電源ボタンを何度も押しても反応がなかったからな、そう思ってたところだったんだ。いや、失礼失礼。」
メガネを中指で押し上げながら、目線をあちらこち飛ばしているカナメは根室にとって新鮮な萌え要素の塊である。
(世間に出るときの路線はこれでいこうか・・・、クールなイメージでありながら甘党でおっちょこちょいなエルフ。大変素晴らしい!!)
こうしてスマートフォンの充電が終わるまでの間、根室は羞恥に震えるカナメをマジマジと観察すのであった。
充電が終わったスマートフォンをやっとのことで起動してみると、すでに幾つかのアプリが登録されているようであった。確認がてら起動させてみようとした時、突如スマートフォンのスピーカーから着信音が鳴り響く。スクリーンには魔法省生物災害対策室の表示がされており、正直電話に出たくはないとカナメは思った。
「出るしかないよな?」
「ないですね。」
嫌々ながら画面に表示されている通話ボタンをタッチして、長い耳に合わせるように横向きににスマートフォンを押し当てる。
「あー、もしもし。坂本ですが何か御用でしょうか?」
『坂本カナメ様ですね、こちら魔法省生物災害対策室オペレーターの溝口と申します。現在大規模な生物災害が山梨県で発生、一分後に生物災害対策室にテレポート致しますので準備をしてください。』
「はあ!!?ちょっと待てよ、今訓練センターから帰ってきたばかりなんだぞ!準備もクソもあるか!銃の整備もまだで弾丸なんて三丁しか装填されてないんだ、戦闘なんて出来るわけないだろう!」
あまりの無茶振りに思わず口調が素に戻る。だが、そんなことを気にしている余裕はカナメにはない。
『ご安心を訓練センターでの購入履歴から、装備は当方で用意しております。それと、電源を切ったり端末を破壊しても問題なくこちらへテレポート致します。』
「そう言う問題じゃないだろう!おい・・・、切れたかクソッタレ!」
あまりの仕打ちに激高したカナメはスマートフォンを事務所の床に叩きつける。バァン!!と勢いつけて事務所のタイルにヒビを入れるが、それでも傷一つなく存在するスマートフォンを見ると余計に腹立ち、ついには拳銃を現出させる。
「ちょっと落ちついてくださいカナメさん、さすがにこれは横暴という言葉を超えています。ですが銃を抜いたままテレポートするのはさすがに拙過ぎます!」
根室の必死な言葉に、カナメは自分の頭を急激に冷やし銃を空間に仕舞う。皮肉なことに、魔法省に命令された訓練センターでの日常と非日常の繰り返しが冷静な判断を取り戻させた。
「いいですか、世の中の魔法少女が政府に対して反逆しないのには首輪があるとされているからです。それが物理的なものなのか、あるいは洗脳等の精神的なものかは定かではありません。言えた義理ではありませんが、どんな事であろうとも決して判断だけは誤らないでください。」
カナメは何か言おうと口を開くが、視界が白く染まり強制的にテレポートが開始された。事務所に残されたのは、予期せぬ事態に冷や汗が止まらない根室と主が居なくとも起動を続けるスマートフォンだけであった。