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霞ヶ関の悪鬼

グシャアアアアアアアア・・・・・。

 鈍い痛みが広がる。顔面を驚異的な速度で強打され、鼻が折れ、目は押しつぶされ、そして頭が砕け五感全てが消えていく。だが、与えられるのは死ではない。再び現世へと呼び戻され、そして幾度となく殺される反復作業。唯々賽の河原の幼子が積み石を積むかのような苦行は永遠と行われ、鬼によって無へと帰す。ひたすらに走馬灯のみが自分自身の終わりを事務的に報告し続ける。壊れかけたキネマの様に上映されるそれの幕には、また始まりを知らせる敵が眼前に現れる。

 「これで三十九回目だ。初日だからと言って終わりじゃあないぞ、手加減を何重にも重ねた上で醜態をさらす貴様には、ひたすらに地獄を味合わせてやる。モツを撒き散らし、脳漿をぶちまけ続けてもまだ足りない。強さとは、苦痛と恐怖のみによって成型される。小童の貴様には全てが足りない。さあ立ち上がれ、身体の調子は十全のはずだぞ?精神も気丈のままだ。精魂尽き果ててるまで、戦い続けろ童よ。」

 鬼が言う。その巨躯から繰り出される一撃を、何度もこの身に受けてそして死んできた。だが、回避も防御も間々ならず、目に捉えることも出来ないモノを一体どうすればよいのだろうか。地に伏し続けることは叶わない、鬼が首根っこを掴んで腸を掻き回し抉り出す。で、あるのなら選択出来る手段は唯一つ。

 「ふん、言われるまでもない。」

 彼女は立ち上がる。武器も無く経験も無く痛みへの耐性も無い、死への恐怖は薄くはなったがこれから味わう拷問じみた戦闘への恐れが身体を震わせる。出来ることはカチカチと鳴ろうとする歯を噛み締め、赤い瞳で鬼を睨むことだけだ。

 「なるほど、気構えのみは一流か。ならばそれを砕いて見せるのが、先達というものよ。」

 鬼と対峙し、彼女は振り返る。ここに至るまでの経緯を。


 「やっと連絡きたのか、根室さん。」

 「事務所のポスト中に手紙が入ってましてね、どうやら魔法省に呼び出しのようですよ。」

 メイド喫茶の件から二日後の朝、駐屯地での藤崎大尉が言っていた連絡を待っていた二人であったが、ようやく手紙として届いたのだ。

 「書類でも書きに来いと?」

 「いや、違うみたいです。魔法少女としての活動を認める類の事かと思ったのですが、どうやら戦闘訓練の案内のようです。ちょっと、これは変ですね。」

 「変とはなんだ?訓練くらい受けさせてくれるんじゃないのか。」

 「一般的に魔法少女と成った者は認可を受けた後に、すぐに魔法少女として災害に対処するための指示を官庁の方からもらって活動出来るんです。一々千差万別の能力を所有している魔法少女に対して、同じカリキュラムが組めませんし、なにより訓練の場所と設備の費用が馬鹿になりません。最も、これが才能や力の無いものを合法的に処理するための篩いとしての機能になっていますが。で、有望そうな魔法少女は事務所が大金を払って魔法省が管理している訓練施設で訓練を受けさせるんですが、それが異常なほど高額なんです。」

 「それが向こうからこっちに来いと。」

 「胡散臭いでしょう?」

 確かに胡散臭いことだが、現時点で武器の入手経路のツテも経験も何もない状態で現場に放り出されて戦えといわれても、確実に無残に散る運命しかないことは明らかなのことぐらうカナメは判っている。しかし、これまでの経験から言ったら唯ではすまないと予感できる。五体満足で帰ってこれる保証は無い。

 「根室さん、それって強制なのか。」

 「強制でしょう、残念ですがね。この手紙が来てから三日以内に着替えを持参して、霞ヶ関の魔法省敷地内にある特別訓練センターに来るようにあります。まあ、行くしかないでしょう。」

 「行くしかないか。」

 こうしてその日の午前中に、カナメは霞ヶ関の魔法省へと出向くのであった。


 魔法省は霞ヶ関三丁目にある駅の目の前に存在する。その敷地内にある訓練センターは、外見が駅前などにあるスポーツジムによくあるタイプの鏡張りであり、迷うことなくカナメは辿り着けた。内部は外見に反して市役所の様であり、手紙を見せても電光掲示板に番号が表示されたらその部屋に行けと言われたっきりである。

 (こんな所まで役所仕事とは。)

 思わず愚痴が出そうになるのを我慢してカナメは電光掲示板の指示通り、訓練センター二階にある第一トレーナールームへと目指していく。そう、ここまでは今までとは違って平穏だったわけである。平穏がぶち壊されたのは、入って直ぐの事であった。

 「おお!良く来てくれたの、わしがお前の訓練のトレーナーを勤める鬼島姫子おにじまひめこじゃ。遠慮なく鬼島師匠と呼ぶようにな。」

 目の前に居る少女は、若いらしい赤い和服の鬼っ子であった。額に生えた角から、魔法少女なのだとカナメは判断できた。問題はもう一人の異常な外見の人物である。

 「ムンンンンンンンンン、ンンンンンンンンンン。コフュウコフュウ ンンンンンー!ンンンンンン~。ムンンンンン、コフュウコフュウ ンンン。」

 「なんだコレ。」

 カナメはそれが人であるかどうかすら判断しかねていた。病院で暴れる患者に着せる拘束着に、懐中時計を銀色の蓑虫のようにジャラジャラと身に着けているのも不審だが、顔に真っ黒のラバーマスクにギャグボール姿が人外じみた印象をさらに加速されている。こんな生物街中で見たら、まず自身の正気を疑うことから考えなくてはいけないレベルだ。

 「こいつはお前が大変お世話になる、どんな体調でも健全な状態に戻してくれる天才魔法少女のなかじまくんじゃ。ほれ、なかじまくんも挨拶がしたいそうじゃぞ。」

 「ムンンンンン、ンンンンンンンン。オフウ ンンンン!」

 「すまないが、なんて言っているのかまるで理解が及ばないのだが。」

 「慣れれば判る。」

 「慣れれば判るんですか?」

 「ンン。ムンンンンンンンンンン~ンンンン。 オエ ンンンンンン!」

 「なかじまくんもそう言っておるぞ、どうやらおぬし、気に入られたようじゃな。」

 よかったの~と鬼島が言っているが、正直この奇妙な空間から早く抜け出したいとカナメは考えていた。なかじまくんと鬼島のコンビが居るだけで、頭の中が爆発しそうなのだ。

 「鬼島師匠、それではこれからの行動はどうしたらよいでしょうか?」

 「なんじゃ、せっかちじゃの。まあ、よいか。これからおぬしはエレベーターで地下二階の右奥の通路にある703号室に荷物を置いて来い。荷物置いたら、地下三階の戦闘訓練用大ホールにコスチュームのまま来い。実戦訓練の説明なのに態々ジャージ姿で来られても困るからの。ほれ、わしらは準備があるからの行った行った。」

 鬼島に強引に鍵を渡されたカナメは、そのままトレーナールームを追い出された。

 (しかし、アレらと初日から実践訓練か。)

 鬼っ子と怪人の化け物同士の組み合わせである、さらに実戦訓練と言うのだからカナメにとってはたまったモノではない。想像することすら頭が拒否するレベルである。不安と後悔を胸に抱えながらエレベーターから二階で荷物を部屋に置くと、そのまま地下三階の戦闘訓練用大ホールへと足を進めるのであった。


 ホールに到着すると、そこはコンクリートでガチガチに固められた殺風景な光景が延々と続いている灰色の部屋であった。なかじまくんは居ないようで代わりに、水泳のスイムスーツ状のモノを着込んだ鬼島が居るだけである。

 「鬼島師匠だけですか。」

 「そうじゃ、なかじまくんは戦闘要員ではないからの。なかじまくんの役割はおぬしの回復じゃ。だから、戦闘を教えることに関しては達人級のわしがおぬしを一ヶ月間みっちりと教え込むぞ!・・・ただ、魔法少女として活躍したことがほんどないのが玉に傷じゃがな。」

 「なぜです?」

 「それはの、この服装に着替えたのに関係有るんじゃが見たほうが早いじゃろう。それでは、わしの魔法を見るがよい。」

 そう宣言した鬼島の身体が真っ赤に光っていく。光に包まれてすぐに、鬼島の方から何かが軋むような異音が絶え間なく聞こえるようになる。すると、鬼島の少女体型の骨格が見る見るうちに大きくなっていき、それに比例するかのように筋肉が膨れ上がっていく。髪の毛もまゆも抜け落ち、頭蓋骨が巨大になったせいか可愛らしい顔は見る影も無く牙と角が伸びていき、瞳も凶悪な光を発するようになる。一分後、そこには身の丈三メートルはある異形の鬼がこの世に現出していた。身体の節々からは煙が立ち上り、全身の筋肉はすぐにでも暴れだしたいかのように躍動している。真っ赤に染まるその姿は、まさに地獄の獄卒を体現した存在だ。

 (いやいやいやいや、魔法少女として活躍できなかったもの当然だろう!これじゃあ、対峙される側だぞ。これを魔法少女と言われてもどうしろって言うのだ!)

 悪鬼となった鬼島を目の前にして、カナメはテンパっていた。可愛らしい鬼っ子が、人を食い殺してそうな化け物に変態するなんて夢にも思わない光景である。まるで、魔法少女の世界で活躍するのは少女であるとの世界観が崩壊する姿だ。

 「どうだ驚いたか、これがワシの魔法だ。この姿のせいで味方からも周囲からも怪物と間違われて攻撃されることが多くてな、しかたなくこの訓練センターで教官をやっているのだ。」

 (当然だろう。)

 カナメは周囲の気持ちが判る様な気がしてきた。

「では、訓練内容を発表する。これから貴様は、唯ひたすらにワシの攻撃を避け続けてもらう。もちろん、殺すつもりでやるので死ぬだろうがな。だが安心しろ、死んでも蘇らせるエキスパートがなかじまくんだ。だからと言って油断はするな、素振りを見せても見せなくとも地獄よりも苦しい苦痛によって、身体に魔法少女としての魔力の流れや肉体の動きを覚えこませるからな。では、始めようか。」

「おい!行き成りすぎるだ「グチャア!!」」

 問答無用で、鬼島はカナメの顔面にその巨躯と筋肉から繰り出される一撃を食らわせた。顔面は鈍い音を立てて陥没し、脳は拳から伝わる衝撃で破裂。カナメはこの時点を持って一度目の死を迎えた。


「はっ!」

 気がつくとカナメは鬼島と対面した状態に戻っていた。あれは白昼夢だと思いたかったが、自らの肉体が砕け散る音と、消え去っていく意識。浮かんでくる走馬灯のことは決して妄想などではないことは完全に理解していた。

 (やはり殺されたのか!!)

 それを自覚すると、震えが止まらなくなる。死んで蘇る。誰もが経験したことの無い恐怖が、カナメの身体を重く蝕んでいく。

 「おお、かわいそうに震えてしまったか。まあ、どうでも良いことだ。それより次の一撃をお前に食らわすわけだが、棒立ちのままで大丈夫が?」

 「しまっ」

 今度は腹に直撃をもらった。肋骨は全て圧し折られ、心臓も肺も拳と骨の破片でズタズダに破壊される。一瞬にして死亡することを故意にさせずに、ひたすらに激痛を与えることを目的とした攻撃であった。もはや、カナメには蹲る事しか出来ず、鬼島の足が頭に掛けられそのまま頭を粉砕する。


 「ぐうううううううううううう・・・。」

二度目の蘇生を経ても、その脳裏に刻み込まれた体験によりカナメはPTSDに陥っている。だが、鬼島は情けを掛けずカナメの首を持ち上げ、そのまま絞め殺そうと力を強めた。

 「まだまま、始まったばかりだぞ。しっかりとしろ。まあ、そう入ってもあと何百回と殺すわけだがな。逃れたければ精進しろ、おぬしはそれしかないのだから。」

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