長い耳には何がある?
「これでどうだ。」
カナメは根室に書類を手渡す。書類自体は氏名変更に関する書類と認識阻害装置なる物の貸し出し申請書の二枚ほどで、三分ほどですぐに書き終えた。
「はい、ありがとうございます。この書類がないと表に出るとき大変なんですよ、特に認識阻害装置を身に着けられないと大騒ぎになりますよ。『街中に現れるジャージ姿のダークエルフ』って新聞記事見たくありませんよね?」
さすがにこんな姿になっても、人前で珍獣扱いは懲り懲りである。
「それは遠慮したいが、今手元にあるのか?でないと今日一日この病院に缶詰になるぞ。」
「ソレについてはご安心を、今お渡ししますね。」
根室は自分の鞄の中を漁り、金色に光る緑色の小さな宝石の付いたイヤリングを手渡してきた。
「右耳の根元につけて、緑色の宝石の部分を摘まんで強く押してください。そうすると軽い痺れが走りますので、そうなれば認識阻害が働いているという証拠です。」
カナメはイヤリングを受け取ると、自らの右耳に取り付けた。そして、宝石の部分を摘まんでみると確かに軽い痺れが走る。
「これで良いのか?」
「大丈夫です。ちょうど押した瞬間に、あれだけカナメさんのダークエルフっぷりに惚れ惚れと見とれていた私が、さほど気にならなくなりましたから。」
「そう言う、余計なことは言わなくていいから。」
やはりエルフエルフと根室に言われると、どうにもカナメは呆れてモノが言えなくなる。最も、視線が気になってのことか、魔法少女の体に慣れていないからなのかは当の本人にも判ってはいない事だった。
「それでは埼玉の駐屯地の方にも連絡が入っていることですし、そろそろ行きましょうか。」
そう言って、根室がカナメに退出するように促した。
「ああ、そうだな。それでは、恵さん今までありがとうございました。」
一応お世話になったのだから、無視していってしまうのもアレだと考えたカナメは佐々木に一礼する。
「ええ、カナメさん。あ、そうだ。これ私の電話番号、もし何かあったら気軽に電話してね!あなたは中々の逸品ですからね、いつでも楽しみにしているわ。」
そう微笑む佐々木に、カナメは顔を強張らせながら電話番号の紙を受け取る。
(これどうしよう、捨てるか?)
思わずそう思ったが、捨てないでジャージのポケットに入れるあたり調教が無意識の内に聞いていたカナメであった。
地上に出て一階の正面玄関で根室の車を待っている間、カナメは冷たい風に髪を揺らしながら男の時とは違った感覚を感じていた。この姿になってから外に出ていなかったので、以前との違いを肉体的と感覚的な両面で外部の空気によって感じることがなかった。それで、視力や聴力といった強化された器官から入る世界の情報に気持ちよく酔っているのだ。特に、エルフ耳の部分は風に当たる度に敏感に感じてしまい、強い風が吹くたびに顔が真っ赤になる。そんなこんなで、色々と楽しんでいると根室の車の動く音が段々と近づいてくるのが判った。
「カナメさん、お待たせいたしました。ところで、随分と楽しそうにウロチョロしていましたが良いことでも?」
「ん、んん。何でもないから気にするな。」
強引に車のドアを開き、助手席に着席する。そして気まずい空気から、根室から視線を合わせないように視線を窓の方に固定した。
「ところで、プライベートな時くらい口調を戻してもいいんじゃないですか?以前の丁寧な口調を知っているだけに、ちょっと苦労してそうに感じて。」
「口調のことか、それについては問題ない。なぜなら・・・。」
「なぜなら?」
「こっちの方が格好良さそうだからだ!」
(坂本さん、以外と順応性高いんですね。すでに、現状を楽しんでいるとは。)
そう自慢げに言い切ったカナメに、根室は感心する。ともあれ、本人が大丈夫そうなので問題視しないことにした。両者とも俗な性格であるから、今まで良好な関係を築けたのかもしれない。そう考えながら、根室は車を埼玉方面に向けて動かした。
駐屯地へ到着したのは、午後二時を過ぎた頃である。近くの駐車場で車を止めてから根室と共に正門へと到着すると、そこには藤崎大尉ともう一人の見慣れない女性が休めの姿勢で立っている。ちなみに午後に行くという連絡だけで、正確な時間を駐屯地側へは伝えていないのにだ。
(何時から待っていたのだ!?)
藤崎大尉の竹を割ったような性格をカナメは嫌というほど知ってはいるが、ここまで来ると恐怖すら感じる。まあ、それだけ親身になってはくれているのだが。そう考えていると、どうやらこちらに気が付いたようで笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。
「坂本、いやカナメ君と言ったほうが良いな。しかし、雌豹のようでありながらかなり引き締まった体つきだ。とても素晴らしいぞ!」
「いえ、こちらこそ。それと、こちらがうちの社長の根室です。」
「始めまして、根室と申します。うちのカナメがお世話になった様で。」
そう言いながら根室は、藤崎大尉に名刺を受け渡す。ちなみに根室の名刺を渡す瞬間を見るのは、カナメにとってコンビニでの悪夢を思い出させるので少しトラウマになりかけている。
「うむ、カナメ君には我々も期待を掛けている。どうかね、軍にしばらく預けてみるのは?」
「はっはは、うちはまだカナメ君一人しか魔法少女が居ませんのでね。その機会はまた今度ということで。」
両者とも笑ってはいるが、目だけは冷ややかである。まるで、会話に反比例して空気が冷えていくかの様だ。
「そうか、そうか。それは済まなかったな。さて、さっそくだが本題に入ろうか。今回カナメ君にはこの駐屯地の地下にある試験場にて、能力の測定を行うのだが根室殿には少々危険なので来客室の方で待機願いたいのだがよろしいか?」
「危険ならば仕方がないですね。カナメ君、あとのことはまかせたよ。」
「了解しました、期待しておいてください。」
「それでは、根室殿。今部下の宮川少尉に案内をさせるので、お手数を掛けるが着いて行ってください。」
どうやら、一緒に居た女性は宮川少尉と言うらしい。サイドを刈り上げた髪型の、藤崎大尉とは違った男っぽい感じの人物だ。
「私が宮川です。来客室は本館の二階ですので、迷わないように注意してください。」
「ああ、もちろんだ。それでは、お先に失礼するよ。」
そう言い残して、根室は宮川少尉と一緒に本館へと向かって行った。残ったのは二人だけである。
「さて、カナメ君。我々も一緒に行こうか、ちなみに目的地は別館からエレベーターに乗って地下五階になる。逸れない様にな。」
「わかりました、藤崎大尉。」
「ところで、カナメ君。ちょっとしたお願いがあるのだが聞いてくれるか?」
唐突に藤崎大尉は、カナメに対してお願いをしてきた。疑問に思いながらも、変なことは行わないだろうと聞いてみることにした。
「ええ、かまいませんが。ちなみになんでしょうか?」
「うむ、実はだな・・・。ちょっとその耳を触らしてくれないか?昔から西洋の童話を読むのが好きでな、エルフに一度で良いからやってみたかったことなのだ。その大変失礼な話だと言うことは自覚してはいるのだが・・・。」
「耳ですか、いくらでもいいですよ。」
(まあ、耳ぐらいなら問題ないだろう)
「おお、ありがたい!それでは失礼する。」
カナメも自分がエルフになったら、やってみたかった行為である。藤崎大尉の気持ちも判るのであった。そして、藤崎大尉が白い手袋を脱いでカナメの細長いエルフ耳へと手を伸ばす。
「ほうほう、魔法少女になって数十年。こうして、エルフの耳を触れる機会があるとは夢にも思わなかった。」
「っんん///]
(こっこれは、かなりまずい。敏感すぎてどうにかなりそうだ!)
自分で触れても少し感じてしまうくらいだったが、藤崎大尉の手つきが気持ちの良いポイントを的確に刺激するので腰が抜けそうになるほどの快感が断続的に襲い掛かってくる。自分でも顔に紅葉を散らすように真っ赤になって、目がトロンとしているのをカナメは理解はしていたが、その快感に抗えない。
「この先の尖った部分はどうかな?」
「ッッ~~~~~///」
カナメは思いがけず地面に腰を着いてしまった。これには、藤崎大尉もやりすぎたと感じたらしく焦った表情でカナメに手を差し出す。
「すまない!つい夢中になってしまった。カナメ君大丈夫か!?」
「ひゃ、ひゃいだいじょうれす。」
呂律が上手く回らないが、藤崎大尉の手を取り立ち上がり深呼吸を繰り返し心を落ち着かせる。
「ふう・・・。藤崎大尉、触っても構いませんが気をつけてください。」
「すっすまない、どうも抑え切れなくてな。具合は悪くないか?」
「特にはなんともないです。それより、気にしていませんから早く試験場へ向かいましょう!」
「あ、ああ。それでは案内しよう。」
カナメは藤崎大尉は急かして試験場へと向かうように促したが、実は他の事に考えを集中しないと意識が残る快楽で正常に保てなかったからである。そして、二人は何ともいえない空気を醸し出しながら試験場へと歩を進めるのであった。