白い軍服
「機嫌直してくださいよ坂本さん、驚いてクラクション鳴らしたのは誤りますから。」
「気にしてません。ええ、気にしてませんよ。」
坂本はそう言いながらも、根室が用意したアイスコーヒーにガムシロップを十個も入れ続けていた。事の発端は、病院前のロータリーで根室に坂本が声を掛けたことにある。しばらくぶりに大声を出して根室の車にに合図を送ったのだが、それがいけなかった。
「う゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛い!」
声がドスの聞いただみ声で、見るからに堅気に見えない格好の人物が声を掛けてくる。驚いた根室は、クラクションを何度も坂本に向けて鳴らし続けたのだ。病院での地獄のような環境から抜け出した途端にこの扱いなのだから、坂本が機嫌を損ねるのも当たり前である。それで坂本は、憂さ晴らしにアイスコーヒーを極甘にして糖分を補給しようとしているのだ。そして、黒と透明の二つの層に分離したアイスコーヒーだった物を坂本は一気に飲み干した。
「ふう、生き返る。やっぱりコレは最高の飲み方だ。ところで、自衛隊の方に連絡は入れてくれましたか?」
胸焼けしそうなソレを、顔を引きつらせて呆れていた根室はため息をついながら答えた。
「ええ、明日にでも埼玉の方の駐屯地で見学をさせてくれるそうですよ。しかし、あまりオススメはしませんよ。ひどいですから。」
「と言うと?」
「表向きは自衛隊ですが、魔法少女関係の部分は実質軍隊です。そこだけ、旧日本軍の階級名が採用されているんですよ。しかも、毎年最低で五百人以上死者が出てると繰れば大体どんな所か想像できますよね?」
「・・・ちなみにそこに採用される可能性は?」
「そりゃあ、十二分にありえます。いつも人手不足で、どこかでドンパチやってるようですからね。大抵は落ちこぼれ組みと呼ばれる一定以下の社会的能力的に表に出ることではない連中の受け皿として機能していますが、優秀な人物が欲しいのはどこの組織でも変わりませんよ。たぶん、見学すると決まった時点でどの道つばを付けられます。」
「嫌なハローワークもあったものですよ。」
もしかして、白沢の忠告は無視したほうが良かったのかもしれないと坂本は思ったが、今更やっぱり止めましたは通用しないだろう。やったら強制リクルートだ。
「ははは、それよりも明日は自衛隊見学ですが残り二日や有ってもらうことがあるんですよ。」
「なんですか?」
「我々の業界では、日々求められる魔法少女の理想的な外見が変化し続けますからね。それに、近づけるためのちょっとしたことを行わなければなしません。」
「理想のね。」
ちなみに坂本は、どのような外見の魔法少女に成りたいという欲求はまるで考えていない。今更、アイドル図鑑を見てあーだこーだするつもりもまったくない。
「ちなみに、なにをするんですか?」
「えーと、それは秘密です。ただ、期待だけはしておいてください。ささ、お疲れのようですしマンションに戻ったほうが良いですよ。明日に向けて英気を養いましょう!」
「あ、ちょっと。」
強引に事務所を出るように促され、渋々マンションに向かう。坂本は根室の行動に不信感を覚えていたが、それよりもさっさと寝たかった。
(まあ、なんとかなるだろう。)
判らないことは考えない。悪いタイプの処世術が身に付いてしまった、坂本であった。
次の日、坂本は埼玉某所の駐屯地の正門で人を待っていた。守衛に用件を伝えると、ここで案内が来るから待っているように言われたためである。しかし、坂本には嫌な予感がした。旧日本軍の階級制度を残す組織、ではその構成員とはまともなのかと。その答えはすぐに判った。
「失礼するが、君が坂本雄二くんかね?私は、案内を務める藤崎緑大尉だ、よろしく頼む。」
坂本は目の前の人物をどう評価していいのかまるで見当がつかない。長い髪の毛を、ポニーテールに結っている気の強そうな女性であることまでは問題ない。問題なのはなぜ軍服姿なのか、それもなぜ白い海軍の軍服を着ているのかだ。恐ろしいぐらいに似合ってはいるのだが、どう対処していいのか言葉に出ない。とりあえず、坂本は極力気にしないことに決めた。
「はい、本日はよろしくお願いいたします。」
「うむ、了解した。何せ見学者を広く事務所側に募ってはいるのだが誰も来なくてな、有望そうなが来ると聞いて担当の者を私にしてもらったのだ。さっそくだが、丁度今年の初めに配属されたものたちが訓練をしているので案内しよう。着いてきたまえ。」
「・・・はい。」
こうして、坂本は藤崎大尉と行動を共にすることとなる。駐屯地内では、数多くの軍人が職務に就いている姿を見ることが出来たが、何故か大半は坊主頭でその全てが飾り気のまったくない長袖の黒色の制服を着ていた。坂本は、藤崎大尉に勇気を出して聞いてみた。
「藤崎大尉、なぜ彼らはあのような制服を着ているのでしょうか?」
「坂本君、大変素晴らしい質問だ。では、質問にお答えしよう。我々魔法少女と呼ばれる者は、自衛隊法で定められた法律外の攻勢的な軍事行動を目的として設立された組織に属している。正式名称は、特別魔法災害対策構成軍とされているが、多くの場合はただ単に軍と呼ばれる場合が多い。自衛隊は軍隊ではないからな、我々は自衛目的以外の工作活動も含めるから旧日本軍の組織に近い形となっている。そしてこの制服と毛髪の自由が許されるのは尉官からで、下士官は全てアレだ。一々全員に制服なぞ着させていたら予算もなくなるし、なにより目立つ。ちなみに、服が海軍仕様なのは設立者が海軍出身だからだ。まあ、私はカーキ色の陸軍の軍服も好きだがな。」
藤崎の回答から、この組織は自衛隊とはまるで別種の組織であると坂本は思った。しかし、攻勢的な軍事行動とはいったいなんなのか?まさか、海外と世界の裏側で利権争いでもしているのだろうか。坂本は続けて藤崎大尉に質問する。
「藤崎大尉質問に答えていただき、ありがとうございます。ところで、攻勢的な軍事行動とは何なのですか?」
「ふむ、君は街中の怪獣は魔法少女が退治してくれると思っているな。それは、正しい。むやみやたらと自衛隊を出すわけには行かないからな、海外の目もあるし派手な軍事開発なんて以ての外だ。自衛隊とは、よほどのことがない限り対海外勢力に重点を置いている。では、我々は何と戦っているか?それは・・・。」
「それは?」
「教えられんな、機密中の機密だ。但し、君が優秀で我々の構成員に成るならば別だが。っと、すまない意地悪な回答をしてしまった。」
「いえ、答えられる範囲で答えてくださり感謝しています。」
「そうか、そう言ってくれるとこちらも助かる。我々も有望な人材は喉から手が出るほど欲しいのだ。みずから死地に飛び込んでいく酔狂なヤツなぞ皆無なのだ。」
「では、藤崎大尉はなぜここに?」
「そんなの決まっている、それしか選べなかったからだ。だが、この仕事に誇りを持っている。さあ、訓練場が見えてきたぞ。」