プロローグ
午前三時。深夜から早朝へと呼ばれる時間帯へと移り変わる変わり目でもある。まだ、誰しもが寝静まる中でも営業しているのは二十四時間営業のコンビニチェーンぐらいだろう。この物語は、肌寒い周りの音さえ聞こえないほど静かなコンビニで働く男から始まった。
「イラッシャイマセー」
なんとも気の抜けた挨拶で薄汚れた格好の長距離トラックの運転手にテンプレート通りの声を掛けるのは、コンビニの制服が無ければ警察に不審者として呼び止められるほどに覇気のない男だった。髪はボサボサで目元には深い隈が浮かんでいるて、どこからみても怪しく感じられるのは間違いの無いことだろう。この男、坂本雄二は底辺の四年生大学を卒業してから今までフリーターとして月収十四万円ほどの生きるには不自由はしないだろう収入で細々と一人寂しく暮らしていた。この男を、普段見知っている人物ならば坂本を清潔で礼儀正しい青年だと言うだろう。だが、坂本はこの一週間で変わり果ててしまった。坂本は大学四年の時に公務員試験を受験して面接まで行くことが出来たので、もう1年頑張れば合格するだろうと就職浪人として今まで生きていたのだ。しかし、大学時代とは違い勉強への時間や熱意を長いフリーター生活で無意識のうちに奪われ、つい先日不採用のハガキを見たとき彼の心は荒れ果てた。遠い故郷の母親には顔向け出来ないし、なにより学生時代からの借金もある。もはや、彼は人生に対して自堕落的にしか生きようとしか考えられないなってしまったドロップアウターと化してしまった。そんなげんなりとした憂鬱な気分で坂本はチラチラと店内の時計を確認していた。
「遅いなあいつ、無くなっちまうぞ」
さて、そんななか坂本が気にしているのは大学の後輩だった井上が欲しがっていたある品物のことだった。いくら、後輩の頼みでも棚が切れた時点で店の在庫が全て捌けて行ってしまう。午前三時に品切れの恐れが出るほどなのだ。今さっき、補充したからといって井上が買える保障などどこにも無いのだ。
「先輩、遅くなりました!」
そうこうしている内に、一人の若い男が入店してきた。髪は金髪で、肌も日焼けサロンで焼いているのかこんがりとしてる。しかし、美形でありホストとしてして生計を立てている井上にとってしてみれば不良に見られようがどうでも良いことだ。今の彼にはもはやアレしか頭の中には無いのだ。
「いやー、面倒くさい女が居たんで遅くなっちゃいましたよ。」
そう答える井上は、走ってきたのか息も絶え絶えで、外は冷えるというのに汗も額に浮かんでいた。よほど、欲しかったのかと坂本はある意味感心していた。
「いま補充してて、これが最後だったんだぞ。ほれ、魔法音楽少女隊ファイブフォルテの二百円くじ。」
「十万円あるんで、えーと五百枚で!」
「ちょっとまて、ボックスにある分数えるから」
井上はすぐさま現金で会計を済ますと、くじを店内のゴミ捨て場の前でその場では捨て、その場では捨ての繰り返しをし始めた。この世界には魔法少女が存在する。テレビの電源を付ければ怪獣と戦う姿だけでなく、CDのプロモーションや握手会などの芸能関係のニュースなんてザラで、国会の予算委員会で魔法少女関係の審議まであるのだ。現に、この井上は魔法音楽少女隊ファイブフォルテとかいう魔法少女のグループに入れ込んでおり、ホストの仕事の収入で得た多額の現金を使い込んでいるらしい。それは、イベント物の商品を扱うようなコンビニのバイトではよく見かける光景であり、坂本は大金を惜しげもなく使う客を大勢見てきており、十万円ポンと支払う井上に対して取り立てて驚かなかったのだ。ただし、どうやったら魔法少女になれるだとか出身や普段の生活、戸籍に関する情報は絶対に公表されずガチガチの法体制で守られている。プライバシーだとかの問題だと周囲は口を揃えて、マスメディアやインターネットの掲示板でさえ情報統制されているタブー中のタブーだ。だが、坂本にとってしてみればそんなものはまるで関係ない世界であり、興味の無い分野である。彼の頭の中には、今後如何にして人生設計を考え直すか考えを巡らせることだけなのだ。だが、そんな考えをとある人物の襲来により一分後にいきなりぶち壊しにされることなるとは坂本にとっても予想できないことであった。