第二章 ①
「きゃああああああああっ!」
「うわああああああああぁ!」
思い思いに絶叫しながら、俺たちは上空千メートル程の高さから落ちていく。
このまま墜落死とかいうパターンじゃないだろうな? 冗談じゃないぞ……。
『ほぅ、幻界とはよい名前だな。我が今まで創り上げた世界の中で最も美しく、幻想的だ』
「俺たちはその美しく幻想的な世界でもうすぐ死ぬかもしれないけどな」
スカイダイビングをしている気分で(まぁ実際しているのだが)下を見下ろすと、確かに幻想的な世界ではある。
この高さからだと各所の街が見える。砂漠や火山、氷雪地帯など土地によって特色は異なるが、どれも俺や天宮の夢見ていた世界だ。
どんな冒険が出来るのだろう、とワクワクするのだが……。
「墜落したら冒険する前にあの世行きだなぁ……楽しみだったのに」
「そんな縁起でもないこと言わないでよ! ……ミカド、何とかならない?」
『我に言われても……なにせこんな状況は初めてだからな。自分で何とかせい』
そういうと、自分は白い光を発して消えた。まさか、俺たち残して転移したのか?
「あいつ……もし無事に着地して生きてたら覚えてろよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? どうすればいいのかな……」
うーん……本当にどうしたものか。考えている間にも地上はだんだん近づいている。
このペースだと、あと三分後には地上に紅い花を咲かせる事になりかねん。
その時、声が聞こえた。
『ここがどういう世界か理解したのなら、自ずと答えは出るはずだ』
ミカドの奴っ! 俺たちの気も知らないでいけしゃあしゃあと……ん、ちょっと待てよ?
「天宮、じゃなかったセイン! もしかしたら助かるかもしれないぞ」
「本当に? でも、この状況でリュウはどうやって……?」
「セインは、ミカドが試練を出す直前のこと覚えてるか?」
「確か……ここが仮にも現実だと確認して、空を飛べるかどうか聞かれて……あっ!」
「そうだ、セインは飛べると答えたはずだ。
もしもその気があるのなら、俺と一緒に死ぬ覚悟で試してみないか? チャンスは一度だけだが……」
正直、自信は無い。もともと人間は翼を持たないので、飛び方なんて教わったところで飛べるわけが無いし、そもそも飛び方を理解できない。
でもこの世界なら、たとえ現実だとしても想像次第で何とかなるかもしれない。
そんなことを考えている間にも地面が結構近づき、言い知れぬ恐怖が体を震わせる。
でも、ここで逃げたら後悔したまま死んでしまう。こうなったらヤケだっ!
俺は〝翼〟を想像した。俺の好きなファンタジー物に出てくるドラゴンの翼だ……想像力が高まり、肩甲骨の辺りに想創光が集まってくる。それはどんどん広がっていき、徐々に形を成していく。
完成したのを見計らい、ほとんど勘で羽ばたくと、光が消えて本物の〝翼〟が姿を表した。鱗に包まれた骨に張る翼膜が、いかにもドラゴンっぽい。
感心をしている間に、セインを見た。あちらはまだ想創光も出ていない。このままでは先に墜落してしまう!
そう悟った俺は翼の感覚を確認した。とりあえず空中で静止するのは出来たが、羽ばたくのは全て想像で行っているので、長時間飛ぶのは難しそうだ。一方……。
「なんで……なんであたしは飛べないのよ~!」セインはちょっと涙目だ。
セインは地上に向かって猛スピードで落ちていく。ずっと空中でホバリングしていたせいか分からないが、いつの間にか距離がかなり離れていた。
「セイン! 間に合うか……?」
俺は急いでセイン目掛けて飛んだ。スピードは俺のほうが速いが、墜落するのが先か、追いつくのが先か……微妙なところだ。真下は花畑になっていて、まるで俺たちを天国へと誘っているようだ。
頼むから、間に合ってくれ!
ついに、セインの手を俺の手が捉えた。そのまま引っ張り、両腕で抱え込む。
しかし勢いは止まらない。そのまま水平飛行へ持ち込もうと体を反らしたが、勢いを殺しきれぬまま着陸してしまい、セインを抱えたままゴロゴロと転がり、桜の木にぶつかってやっと止まった。
これで一安心だな、とほっとした次の瞬間、セインは泣いていた。
「怖かった! 本当に死ぬかと思ったよ~うぅっ……」本当によく泣くなぁ。
今更ながら、セインを抱きかかえた状態で桜の木の下に横になっているという状態に恥ずかしさを感じ、慌てて離れた。
しかし慣れない飛行経験に疲れを感じたのか、セインのすぐ横に倒れこんでしまった。この世界に慣れるには時間がかかりそうだ。
「これで、ナメクジのときの借りはチャラだからな」
「そんなの別にいいのに……それより、本当にありがとう。すごく格好良かったよ!」
たとえ天宮(今はセインだが)でも現実の女子にそんなことを言われたのは初めてだったので、赤面しながら頭をボリボリと掻くしかなかった。
改めて桜を見上げると、この世界の桜は学校にある桜よりも活き活きとして見える。想像によって創られたからなのか、理由は分からないけど、生命を感じる。
その周りに咲く色とりどりの花や、極彩色の蝶なども、幻想的な雰囲気の中に生命をありありと感じられる。これこそまさしく、俺と天宮の創りたかった〝生命あふれる希望の世界〟なのだ。
『どうだ? 自分で創った世界の感想は?』
ふいに、ミカドの声が聞こえた。周りを見渡すと、近くの花畑に浮かんでいる。
「お前……さっきはよくも俺たちを見捨てて逃げやがったな」
『あれはお主らが自分の創り上げた世界でどのように対処するか、少し試してみたのだ。まぁ、我の思惑通り何とかなったがね』
「もし落ちたらどうする気だったんだ? 下手したらセインも俺も死んでたぞ」
『その時はそれまでの想像力だということだ。ま、それでも本当にダメだったら我の力で助けていたとは思うがね……』
全くもって自分勝手な奴だ。あの時俺が〝翼〟を出せなかったら所有者は二人とも死んでいたかもしれないのに……そういえば、少し気になる事がある。
「あのさぁ……もしこの世界で俺たちが死んだら、俺たちはどうなるんだ?」
『む、まだ言っていなかったか? この世界で〝所有者〟や〝読者〟が死ぬと、現実に強制退場させられるのだが……一度死んだ人間は二度とこの世界には干渉出来なくなるのだ。
〝所有者〟が死ぬとさらに深刻で、所有者権限が消えてこの世界が滅びてしまうのだよ。故に、お主らはここでの生活には十分注意せねばならんのだ』
意外だった。この世界は確かに〝現実〟なので、ここで死んだら実際に死んでしまうのかと思っていた。
しかし、〝世界が滅びる〟以外に追うリスクが無いのは、天宮の身を案じる俺にとっては朗報だった。その分、精神的なダメージは避けられないだろうが。
「分かった。じゃあ、生き抜くためにこの世界のことをもっと詳しく教えてくれないか?」
『いいだろう。少し長くなるだろうがね』
それからの話ではミカド曰く、この世界では〝想像力〟が全てなので、想像力があれば何とか生きてはいけるらしい。
この世界において〝生きる〟ということはほとんど現実と同じであり、食欲や睡眠欲も存在しているのだとか。この世界で食べたものは外に出ても引き継がれるし、この世界で感じた睡眠欲も外に出たら持ち越される。
なにより厄介なのが、この世界で負った傷も影響を与えるらしい。
もちろんここで負った傷があまりに重症で、この本から出たらそれがそのまま残っていました、なんてことになったら流石に生活に支障をきたす。せめてもの救いは〝傷が残らない〟ことなのだが、傷を負った箇所にダメージはフィードバックするので、例えて言うなら〝かなり長引く筋肉痛〟が発生するといったところか。
ちなみにこの世界で負った傷は〝想像力〟で回復出来るらしい。
『これが今までの世界に共通するルールだ。他の特徴は創った本人の想像次第だから、実際に体験してみないとなんともいえないな』
「かなり大事なこと聞き忘れてたんだけどさ……本の外に出るにはどうすればいいんだ?」
『ここから出る方法はいたって簡単。〝元いた世界〟を想像するだけだ』
つまり……さっきから何回か行っていた〝転移〟を想像すればいいんだな。
「じゃあ一回出ない? 結構長い間ここにいたから外に誰か来ているかもしれないし」
言われてみれば、ここに入ったのは大体四時半。
ここで過した時間は大体二時間弱なので、もうそろそろ図書室の鍵を閉めに職員が来そうな時間だ。
『ふむ……なら一回出てみるがよい。出たらもう一つ良いことを教えてやろう』
何のことだか分からなかったが、二人とも一旦外に出ることにした。俺は先程から何度も体験していた〝転移〟の想像を行う。場所はもちろん司書室だ。
セインも同じように想像しているらしく、きゅっと目を瞑っている。
俺たちの体が想創光に包まれ、消えた瞬間、俺たちはその場にいなかった。
目を開けると、そこは見慣れた司書室だった。しかし、窓の外は意外と明るい。
梅雨もそろそろ明けるので時間的に夕焼けを想像していたのだが、まだ太陽はそこそこ高い位置にある。時計を見ると、なんとまだ五時前だった。
首を傾げていると、隣に想創光が発生し、光が消えると天宮が姿を表した。さっきまで話していたのに、なんだか懐かしい気分だ。
「天宮……おかえり」
「うん……ただいま、坂本君」
天宮はそう言うと、時計を確認した。俺と同じ感想を抱いたらしく、こちらも首を傾げる。
すると、〝創世物語〟と銘打たれた本がひとりでに開き、最初のページに文字が浮かび上がった。
『どうだ? 驚いただろう。我の中に創られた世界は、どの世界でも決まってお主らのいる世界の約五分の一程度しか経たないのだよ。
二時間弱といったら……お主らのいる世界では三十分も経っておらんはずだ』
へぇ……それはすごい。でも、これだけ時間に差があると、精神年齢と肉体年齢がその内にズレてきそうだ。入り過ぎは禁物だな……。
「それにしても、今日は疲れたね……もっと冒険してみたいけど、また明日にしよう?」
「同感だ。ミカドには悪いけど今日はここまでにしておこう」
その声に応えるかのように本の最初のページに文字が浮かび上がる。
『なに、我のことは気にするな。〝想像力〟も使いすぎると消費するが、ゆっくり休めば回復するだろう……では、また明日な』
その文字が消えると、本が勝手に閉じ、反応を示さなくなった。
「で、天宮。この本は何処にあったんだ?」
「えっとね、確か結構奥の書架だったけど……これ貰っちゃダメかな?」
「何いっとるか。この本は一応学校の所有物だろう」呆れて思わず訛ってしまった。
しかしその声を聞いたミカドは本を勝手に開き、またしても文字を浮かび上がらせる。
『ちなみに我は去年付けで廃棄処分予定だった本なのだが、先送りにされてな……今でも書架にお世話になっているのだ。我がいなくなったところで誰も気づかないだろう』
あ、そうですか。それを聞いた天宮はすごく嬉しそう。
「じゃあ……貰っても構わないよね? 廃棄処分される運命なんだし」
結局、ミカドは天宮の家に居候することになった(表現に語弊があるが気にしない)。
その後、図書室の整理を適当に済ませ、俺たちは帰路に着いた。