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俺たちの創世物語-ジェネシス-  作者: 白米ナオ
第一章 そして出会った二人と本
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第一章 ②

 その後も同じように退屈な授業を想像に浸りこむことでこなしていき、やっと昼休み。母の手作り弁当を片手に教室を飛び出し、小走りで図書室へ向かう。

 今日は図書委員の仕事があるのだ。

 ここ私立夢見ヶ丘高校の委員会は一つのクラスから規定数名選出するのではなく、学年で割り振られた委員会に学年から選ばれた、部活に所属していない数名が通年で委員会活動を行うのだ。

 このようなシステムのせいで、去年は図書委員会に入ることは叶わなかったが、今年は割り振りの中に図書委員会があったのですかさず立候補。晴れて図書委員になったのだ。

 全学年で千五百名程も在籍する巨大な学校なので、部活動や委員会活動は豊富に用意されているのだが、その中でも特に人気が無いのが図書委員である。

 理由は簡単で、一つは図書室へのアクセス。なにせ四階にあるので誰も来ない。

 もう一つは情報化社会が進み、全体的にペーパーメディアを読むことがなくなってきているのだ。そうなると、必然的に閑古鳥の鳴く図書室に通いたがらない生徒が大多数を占める。

 そのせいもあって(図書館の規模も理由だろうけど)図書委員の規定数はわずか2名。毎年帰宅部の誰かが貧乏くじを引いて泣く泣くやらされるのが常なのだが、今年はなんと2名の立候補者が現れあっさりと決まってしまった。

 これには職員室でも小さいながら話題になった。

 その候補者の一人が俺こと坂本龍馬。そしてもう一人が……。

「坂本君おそーい! あまりに遅かったから先にご飯食べ始めちゃったよ~」

「ワリィ、今日は四限が体育だったからさ~……あの先生延長しだすとキリがないからさ」

 お察しの人もいるかもしれないが、彼女がもう一人の候補者であり、中学校の図書室で知り合った初めての友達、天宮聖子だ。

 女子にしては長身で、百六十五センチくらいはあるだろうか。一度も染めたことのない漆黒の髪を後ろで束ねてそのまま背中に流している。いかにも文系少女らしい厚めのフレームの眼鏡をかけた顔はおっとりしていて、肌の白さと相まって少し病弱そうに見えなくもない。

「……顔に何か付いてる?」まじまじと見つめていたらそう聞かれてしまった。

「別にそんなんじゃないが。ただ……また少し痩せたんじゃないかと思ってな」

 苦し紛れに言ったのだが、痩せたように見えるのは本当だ。……本当ですよ?

 しかし見た目からは想像できない小悪魔的な笑みを浮かべ、こんなことを言う。

「ふーん……とかいって本当はあたしに見とれていたんじゃないの?」

 思ってもいなかった不意打ちに、飲み始めたお茶が変なところに入り思わずむせた。

「そ、そんなわけねーだろっ!」

 冷静に考えればこの対応はそんなわけある人間の対応なのだろうが、図星すぎてそんなことも忘れて言い返す。

「ムキになっちゃって~。冗談だよ冗談っ」

「冗談とか言いつつ今普通に俺で遊んだろ?」

「まあね~。これで待たされた分の私のストレスはチャラってことにしてね」

「確かに遅れたのは悪かったけど……五十分の昼休みの中のたったの三分だぞ?」

「あのねぇ! 三分あれば何が出来ると思ってるの? あたしならトーストを片面焼いている時間を利用して文庫本を三ページは読めるよ!」

 回りくどいからトーストを片面焼く為の所要時間だけでよくないですか?

「それは本当に申し訳ありませんでした。お詫びに坂本家特製あんドーナツをあげよう」

「ほんとっ? あたし坂本君の家のお菓子大好きなんだぁ~」

 俺の実家は小さいながら和菓子専門店を開いており、祖母の作る創作和菓子はほっぺたが落ちるくらい旨いと近所でも評判なのだ。

 あんドーナツが和菓子かどうかはさておくが。

 とりあえず超絶甘党の天宮の機嫌が良くなったところで俺も弁当を広げる。弁当は母が毎朝作ってくれているのだが、量は女子の天宮から見ても少ない。

 自分でも分からないが、昔から異常なほど少食で、茶碗半分程のご飯とそれに見合う量のおかずだけで事足りてしまう。

 この少食体質は、別に運動をしていないからこうなったわけではない。今でも週に一回の剣道の道場に通って稽古をしているので、最低限の運動量は確保しているはずである。

 しかし、運動後の食事でも茶碗一杯のご飯を完食するだけで一苦労なのだ。俺からすれば〝おかわり〟なんて言葉は死語に等しい。

 そんな俺を見てあんドーナツを頬張りながら天宮は呟く。

「相変わらず少ない量だね~」毎度の事なのでもう慣れてきたけど、やっぱり変なのかな?

「これで足りるから大丈夫。むしろいつもより多めだぞ」

「ふぅん……ならいいんだけどさ~」

 今更だけど、こんな俺は天宮にどう思われているのだろう?

 〝貧弱〟だとか〝モヤシ〟だとか思われていないだろうか……すこし不安になったりもする今日この頃。

「それより、今日はどうする?」何のことだろう?

「どうするって……例えば?」

「ほら! 最近珍しく新しい本を入荷したらしいから、一足先に読んでみようよ~」

「そうなのか? こんな誰も来ない図書室に新作を入荷するなんて……先生方はいったい何を考えているんだろうな」

「一体何を考えているんだろうな……じゃないよ!ちょっとは喜ぼうよ! あたしたちが夢にまで見た新作だよっ?」たいそうな夢をお持ちでいらっしゃる。

「天宮はいちいち大袈裟なんだよ。確かに新作は嬉しいけどさ、新作書籍が入ったところで俺たち以外誰も読みに来ないじゃん」

「だからこそいいんだよ~。あたしたちだけでゆっくり読めるもん」

「そりゃそうだけど……こんなに面白い本がいっぱい眠っている図書室に先生以外誰も来ないのは流石に寂しくないか?」

「なによ~。あたし以外に誰かいないと寂しいの?」そこまでは言ってないぞ。

「そういうことじゃなくてさぁ……本のほうが長いこと読まれなくて寂しがっているんじゃないかな、と思ってさ。

 ここは俺にとって楽園ともいえる場所だから他人に土足で入られるのは気に食わないけど、そんな俺でもここの本で知らないタイトルは結構あるんだ。それらを在学中に読みきるのは至難の業だし、もしかしたら見つけられない本だってあるかもしれない。

 だから、多くの人にここの本にもっと目を向けてほしいなって思うんだ」

 ふと考えたことを率直に口に出してみる。すらすらと長文が出てきて俺自身驚いた。

 それを聞いた天宮は一瞬きょとんとした顔をして、すぐに柔らかな笑顔になって言った。

「……坂本君って、優しいよね。あたしはそんなこと考えたこともなかった。

 気に入った作者の本が出ればすぐに買うし、今まで読んだ本は全部本棚に大事にしまってある。けど、それ以外の本なんて目を向けることなんてほとんど無かった。

 坂本君ってそういうことも考えられるんだから、本当に〝本〟を愛しているんだよね」なんか照れくさいな。

「そうか? なんとなく言ってみただけなんだけど」

「なんとなくじゃそんな言葉は出てこないよ。ちょっと見直しちゃった」

「見直したって……じゃあ今まではどうだったんだよ?」

「うーん……読書好きで奥手なくせに妄想大好きなムッツリ少年、かな?」

「ちょっと待て! 俺の無限に広がる想像の世界を妄想なんかと一緒にするなぁぁっ!」

 これだけはきちんと言っておかないと今後の高校生活が危うい。

「冗談だよ冗談っ」くっ……舌を出して謝られると返す言葉が無いな。

「天宮が言うと冗談に聞こえないんだよ……異性だって事を少しは自覚してくれ」

 これは前から思っていたことだけど、天宮は俺に対して感情をストレートにぶつけてくる。

 しかし、俺の慣れない感情をぶつけてくると、どう対応していいか分からない。特に〝性〟に関するような発言にはめっぽう弱い。

 そんな俺の気を多分知らないであろう当人は、思い出したかのように提案してくる。

「ごめんねっ。じゃあさ、さっきの話を聞いて思いついたんだけど、これから今まで見たことの無いブースに行って掘り出し物を探してみない?

 あたしも、知らないタイトルの本を探してみたくなったし」

 悪くないな、と思った。俺は中学の頃は図書室に入り浸っていて、二年と半分くらいをかけて全てを網羅した。

 しかし高校の図書室はまだ知らない場所も多い。理由の多くは中学の時と違って話し相手がいるから、廻る暇が無いのだ。

 いい機会だし、探検してみようか。

「その提案、乗った。だが、今からだと時間が無いぞ」

 現在時刻は一時三十八分。授業開始まであと七分しかない。

「うそ~っ! まだご飯食べ終わってないよぉ!」

「話ばかりしているからだ。これからは話ながら箸も動かせるようになれ」つかさっきあんドーナツ食ってなかったか?

「ちょっ、待ってよ~」

 待ってたら次の授業に遅れるわ。気にせず小走りで教室に戻る。


 その後の二時間もずっと想像をしていた。お題はもちろん放課後の図書室での宝探し。

 俺は一度全てを廻ったことがあるのだが、道のりとブースの配置を確認しただけで、書架には目を通していない。もしかしたら一生心に残る名作に出会えるかもしれないと思うと、心が弾むのが自分でも分かった。

 顔にも出ていたらしく、数学の教師にも訝しげな表情で尋ねられる。

「どうした坂本。何かいいことでもあったのか?」

「いえ、なんでもないです」

 俺が空想をするときに机に突っ伏す理由は、想像をして感じたことが表情にそのまま出てしまうからだ。この表情は教師からのつっこみが多いので、授業中の空想は出来るだけ顔を上げないようにしている。

 ちなみにHRの挨拶のときにいつもの癖で机に突っ伏しながら空想をしていて気づかず、担任に大目玉を食らったのは、誰にもいえない黒歴史の一ページだ。

 なんとかやり過ごした俺は再度想像の世界へ入り込む。

 そうしているうちに授業は終わり、待ちに待った放課後。俺は急ぎ足で図書室へ向かった。


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