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俺たちの創世物語-ジェネシス-  作者: 白米ナオ
第一章 そして出会った二人と本
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第一章 ①

 六月 二十四日 木曜日

 今日も長い授業が始まったな……

 現在の時刻は午前九時過ぎ、始業のHRが終わって間もなく退屈な授業が始まるという時間だ。俺はこの時間がすごく嫌いで、基本的に一時間目の授業は机に突っ伏している。

 といっても寝ているわけではなく、こうしている時は専ら想像をしているのだ。

 俺の成績は一学年五百人も在籍しているマンモス校の中ではボチボチ良いほうの百位代前半。

 別に授業を聞かずにぼんやり空想していてもあまり咎められない位置にはいるが、授業を聞いていない人間は成績に関係なく、教師に叩き起こされるのだ。

「じゃあこの問題解いてみろ坂本……オイ起きろ坂本龍馬ッ!」

 自己紹介が遅れた。俺の名前は先程先生が呼んだとおり坂本龍馬さかもと りょうま、齢十六歳だ。

 この学校に入って一年と二ヶ月あまりの生活で、俺の名前を知らないものはいない。その所以たるところは、言うまでも無くこの名前の所為だ。

 伊達か酔狂か、坂本家の第一子として生を授かった俺は、生まれてすぐにこの名前をつけられた。これが他人事だったら笑い事で済むのだろうが、当事者となると話は別だ。小学校の頃に〝自分の名前の由来を聞く〟というありがちな宿題を出されたので聞いてみたのだが……。

「まぁ。そんなの坂本龍馬みたいな人になってほしかったからに決まってるじゃない」

 なんてことを俺の母、坂本朱美はさらりと言いやがったのだ。少しは子どもの気持ちを考えたことがあるのか、と文句を心の中で何度も言ったし、実際に言ってみたこともあるのだが、

「そぉ? でも目なんか坂本龍馬にそっくりじゃない」

 なんて返されたからもう抗議する気も失せた。母は元来そういう性格の持ち主なのだ。

 子供の俺が言うのもなんだが、本当に俺の母なのだろうか?

 ちなみに父は俺がまだ母のお腹の中にいる頃に交通事故で他界しており、顔写真すら見たことは無い。父の話を持ち出すと母は決まってこう言う。

「あの人はね……今でも私の心の中で生きているのよ」

 そんな母を見ていると俺はものすごく悲しくなるし、心の中で生かし続けたいという気持ちもよく分かる。こういう感性だけは俺も母と似ているのかもしれない。

 そんな事をぼんやり考えていると、年のいった教師が先程よりも大きな声で叫ぶ。

「起きろと言っているんだ坂本龍馬ァッ!」

 こうして聞いていると、嫌がらせでフルネームを呼んでいるのではないだろうかと思ってしまう。まぁ実際その通りなのだろうが。

「あぁ……スミマセン。起きてました」

「ならこの問題の答えは解るよな坂本龍馬?」だからフルネームで呼ぶなっての。

「〝私の姉はオーストラリアでカメラマンをやっています〟だと思います」

「・・・・・・座ってよし」

面白くなさそうに俺を座らせた英語科の老教師は、ぶつぶつと問題の解説を進めていく。

 心の中でガッツポーズをとりながら、その解説を聞かずにまた机に突っ伏す。そして想像の世界に入り込む。


 俺が想像を始めたのは、物心付いて間もない六歳頃だったと思う。その頃から絵本やマンガが大好きで、読めない頃は母に読んでもらい、一人でも読めるようになってからは様々な本を片っ端から読み漁った。

 最初こそ童話など夢のある話ばかり読んでいたが、小学校に上がる頃には推理小説やホラー小説、さらには偉人の伝記なども読んでいた。

 そんな活字中毒の俺が俺と同じ名前の偉人を知ったのは、小学1年生の夏だった。本の背表紙にでかでかと自分の名前が書いてあったのだから、初めて見たときは正直驚いた。

 その本を読んでみると、その人物の生き方は自分と全く違っていて、正直憧れた。しかし同時に、自分自身が彼に名前負けしているのではと考えるようになり、小学校卒業する頃には、彼について考えるのを止めていた。

 それからというものの、堅苦しい伝記などは読まなくなり、代わりに想像力を無限に広げてくれるファンタジー物を読むようになった。最初こそは〝ガキじゃあるまいし……〟と避けていたのだが、中学校の図書室で出会った少女に薦められたのをきっかけに読んでみた。

 最初に読んだのはドラゴンが支配する世界で勇者が活躍するというベタなファンタジー物だったのだが、これが読み始めると意外と止まらない。

 ハードカバーの本で四百頁はあったのだが、ものの三日で読み終えてしまい、今までに無い読書ペースに我ながら驚いた。

 後日彼女の元を訪れると、待ってましたと言わんばかりにその書籍の感想を聞かれた。俺は素直に答える。

「意外とおもしろかったよ」

 答えを聞いて表情を明るくした彼女は、その書籍のシリーズの続刊や同著者の書籍を一まとめにして貸してくれた。なぜここまで良くしてくれるのか、と俺が聞くと、表情を曇らせる。

「こういう話が出来る人って今は少ないから……」

 彼女は少し寂しそうに答えた。俺もその気持ちはよく分かる。

「そうだよな……今時の若者はペーパーメディアの活字ほとんど読まないからなぁ」

 軽く同調してみた。すると、彼女は苦笑しながら答える。

「若者って……あたしたちもまだまだ若者だよ~」

 急に恥ずかしくなって、鼻の頭を掻きながら短く答える。

「ほっとけ」

 今更ながら、人とこんなに自然に話したのは一体何年ぶりだろうか……。

 そんなことを考えていると、不意に彼女が俺に尋ねた。

「君は……ここにはよく来るの?」

 家庭の事情と偽って部活には入らず、そそくさと家に帰っては読書や想像、家の手伝いをしているのが俺だ。

 そんな俺がここに来たのも、はっきり言ってしまえばただの気まぐれで、さらに言えばここに来たのは今日が初めてだったりする。正直にそう答えると、彼女は笑みを浮かべた。

「そうなんだぁ~……あたしは図書委員だから結構な頻度で来るんだけど、共通の話題で話せる友達とかがいないからちょっと寂しかったんだぁ……いい機会だから、これからもたまに顔を出してくれると、嬉しいな」

今まで人付き合いというものが苦手だった俺にとって、今の発言は体がむずかゆくなるような感覚になる……はずだった。

 しかし、彼女にそう言われても悪い気はしなかった。それどころか、彼女になら素の自分をさらけ出しても大丈夫な気さえした。

 そう思える理由は、さっきのやりとりで親近感が沸いたからかもしれないし、俺を見たときに学校中に知れ渡っている俺の名前が出て来なかったからかもしれない。または、心に残る本を紹介してくれた感謝の意もあるのかもしれない。

 だから俺は、今までの自分なら絶対にしなかった返事をした。

「俺も最近暇していたところなんだ。もしも君が案内してくれるのなら、俺もちょくちょく寄ってもいいかなとは思ってるんだ」

それを聞いた彼女は、眼をキラキラさせながら嬉しそうに言う。

「ほんとっ?あたしも図書委員のあるときはずっと図書室にいるから、そのときなら案内できるよっ! 分からないことがあったらどんどん声掛けてねっ」

 今までの自分ならこんな会話をしだしたら恥ずかしくなって俯いてしまうところなのだが、彼女と話しているときは不思議と目を見て話すことが出来た。

 女子との会話に免疫の無い俺にとって、これは大きな成長だろう。心の中で自分を称える。

 こうして、俺は彼女と友達のように話し合える関係になった。


 ……きろ。おきろ。……起きろっ!

 バシッ!

「痛っ!」

 どうやらチョークが俺の頭めがけて飛んできたらしい。

 なんて古典的な方法を取りやがるあのクソジジイ。さっきのをまだ根に持っているのか?

「先程当てられたからってもう一度当たることは無いと油断していたんじゃないか? どうなんだ坂本龍馬君?」

 絶対俺に恨みがあるんだ間違いないこうなったらPTAに訴えてやるッ!

 文句を機関銃のように頭の中でまくし立てながら、表面は努めて冷静に返す。

「すみませんでした。油断していました」とりあえず下手に出ておこう。

 こうすると先生は後に続けて言うことが出来なくなるので、老教師はフラストレーションを発散できず、こちらは内心でほくそ笑むことが出来て一石二鳥だ。案の定老教師は、と最大級の不満をあらわに次の標的を探す。

「そうか……じゃあ次は気をつけるんだぞ」ざまぁみやがれってんだ。

 そんなやりとりをしているうちに一時間目の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


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