第四章 ④
俺はこの世界での戦いに慣れているから、十体くらいなら余裕だろう。
しかしリュウとセインはまだまだ素人だ。正直、戦闘では不安なところが多過ぎる。
そんなことを考えながら、俺は己のノルマを達成すべくスケルトンに襲い掛かる。
見たところ正面にいるスケルトンは、ほとんどが近接戦闘の武器ばかりだ。後ろにちらほらと弓を構えているスケルトンや、巨大なガトリング砲を構えているスケルトンもいる。
ここ最近普及し始めた純粋な人間の産物は、殺傷力が高いので、戦う中で最も危険視するべき武器だといえる。弾丸に当たれば、ほとんどが致命傷になりかねない。
「オラァッ!」
手始めに近くにいた、石製の棍棒を持っていたスケルトンを一瞬で一薙ぎ。反応する間もなく顔面に爪を叩き込んだ。骸骨はあっけなく崩れ、体だけが彷徨っている状態になった。
一体目を倒すと、次に目に入った鎖を引きずっているスケルトンと、丸腰のスケルトンを二匹同時に両腕で薙ぎ倒す。丸腰の方は一撃で倒れたが、もう一体は鎖で俺の攻撃を受け止める。
「グルォワァッ!」
鎖持ちのスケルトンは俺の手を鎖で巻きつけ、そのまま投げ飛ばした。
その先に待ち受けているのは、巨大な鎌を持った小柄のスケルトン。
「ちっ……想創。〝空中跳躍(エアロ・ジャンプ)〟」
小さく呟くと、俺の足元に想創光が集まり、一瞬で消える。俺の体は宙を舞い、鎌持ちのスケルトンへと一直線に飛んでいく。
スケルトンは鎌を振り上げ、絶妙なタイミングで振り下ろした。
しかし、俺は鎌に刈られる寸前に空中で小さくジャンプ。スケルトンの背後に着地した。
シュッ……という空振りの音が一瞬聞こえた。
「グゥ?」
何が起きたか分からないような表情をしていたスケルトンに背後から近づき、後頭部に向けて五指をまとめた爪で思い切り突き刺す。
「グアァァァァァァ!」
悲痛な悲鳴を残しながら、スケルトンは地に臥せた。砕け散る想創光には目もくれずに、先程投げ飛ばしてくれたスケルトンに向かって跳躍する。
スケルトンは鎖を振り回し、間合いを詰める俺に向かって思い切り投げつける。空中で仕留めるつもりらしい。
「ふん、まだまだ甘いな」
俺は空中で右側にジャンプし、ギリギリのところで迫り来る鎖を回避した。
空中で動作が制御できないという、セインや火蜥蜴に気付かされた弱点を、そのまま見過ごすわけがないだろう。
驚愕の表情を浮かべた(?)スケルトンに向かって思い切りジャンプし、勢いに乗せて爪で一薙ぎする。肋骨を砕かれたスケルトンは、その場に倒れて消えた。
やっと四体か……少し疲労を覚えながら次の標的を探す。
前衛を倒し終えたらしく、残りは弓持ちのスケルトンが二体、槍持ちのスケルトンが三体、残る一体はガトリング砲を構えている。ここからは多少苦戦しそうだ……。
「シュン、そっちは大丈夫?」
ふと、後ろからセインの声が聞こえた。一体セインは何を考えているんだ?
「俺より自分の心配をしたらどうなんだ? こっちは大丈夫だ!」
「でも……あたしはもうノルマ倒し終わったよ?」
「何っ?」
すぐさま振り返って、セインの飛んでいるところを見る。
辺りは一面焼け野原という感じで、逆巻く炎の中にスケルトンが何体も飲み込まれていた。時間が経つにつれてスケルトンがどんどん消えていく。見るに恐ろしい光景だ……。
「シュン、後ろ!」
はっ、と我に返って振り返ると、槍持ちの一体が俺に向かって突きを打ち出してきた。
咄嗟にバックステップし、地に足が付く前に上方に大きくジャンプ。空中で宙返りをして体を逆さにすると、さらに空中でジャンプ。勢いよく隙だらけのスケルトンに向かって爪を突き出す。
槍を突き出したまま硬直したスケルトンは、為す術なく頭蓋骨を砕かれた。
「グワァァァ!」
勢いのあまり地面に突き刺さった爪を引き抜き、次の標的に移ろうとした。
「シュン、後ろに下がって!」
またしてもセインの声がした。言われたとおり後ろに下がると、先程まで立っていた地点に、矢が音を立てて飛来した。
反応が遅れていたら、俺は矢の餌食になっていただろう。
ありがとう、と礼を言おうと口を開くと、セインの叫びがそれを打ち消す。
「想創! 〝火葬(クリメイション)〟!」
何事かと思い、セインを見据える。しかし、セインの体には変化がない。
急いでスケルトンに向き直ると、数秒後には先程見た光景が繰り返されていた。槍持ちのスケルトンと弓持ちのスケルトンは一瞬で炎に包まれ、その場でもがき苦しんでいた。
「ギャルオォォッ!」
そして数十秒後、その場にいた四体のスケルトンは跡形もなく消え去った。消滅時の想創光も、燃え上がる炎のせいで見えなかった。
それは、いかにこの炎の威力が凄まじいかを物語っている。
しかし、発生させた当人は燃え上がるスケルトンを、何食わぬ顔で見届けていた。
「……終わり、っと。さっきは役に立たなかったから、こういうときに頑張らないとね~」
「セイン、お前……疲れないのか?」
ふつうはこのような広域魔術を使う時、膨大な想像力を消費する。そしてこの世界において個人の想像力は、消費すると休息をとるまで回復しない。
あれだけ大掛かりな魔術を行使した後で、このように平気な顔をしていられる人物は、この世界の魔導師でもそうそういない。
それに、俺に下がるように指示を出してからあの炎を想創するまでにかけた時間は、多めに見積もっても三秒とかかっていない。
これは、最果ての地に住む高位妖精の魔導師と比べても遜色ない時間だろう。
セインは内に秘めた想像力の量もさることながら、それを具現化するための所要時間の短さも、ハッキリ言えば異常だ。
これが、世界を創造した一人の力なのか……。
「シュン! まだ一体残ってるよ!」
セインの声で我に返った俺は、先程まで炎を上げていた地点を見遣った。あれだけの空間を燃やした炎は、草木に少しもダメージを与えていなかった。
そして、その近くにあった大きな木の陰に、もう一体のスケルトンの姿を確認した。
器用にも体だけを木の裏に隠し、ガトリング砲の銃身のみを突き出して、巨大な銃口をこちらに向けている。まだ一発も撃っていないらしく、弾薬はかなりの量を残していた。
……おそらく三百発くらい。
「セイン、地上に降りろ! 今のお前は格好の的だ!」
「う、うん!」
俺の言ったとおり、セインはすぐに地面に降り立った。その直後、ガトリング砲の筒が回りだし、銃身に弾薬が吸い込まれる。そして弾丸は、勢いよく俺たち目がけて飛び出す。
バババババッ! と連続した音を立てながら、屈んでいる俺の頭上を弾丸が飛んでいった。飛翔音が空気を切り裂く中、俺の後ろから一瞬だけ呻き声のような音が聞こえた。
「くっ!」
「大丈夫か、セインっ!」
銃口から発せられる発射音にも負けない声で叫ぶが、返事は返ってこない。
まさか……本当に打たれたのか? 嫌な予感が脳裏をよぎり、すぐさま地面を這ってセインの下へ向かった。
どうやら回避が遅れて、弾丸が頬を掠めたらしい。まだ大した怪我ではないが、この先も安全でいられる保障はない。
反撃のチャンスは、スケルトンが弾を全て撃ち終えたときだ。
スケルトンはこちらを見ないで撃ちっ放しているらしく、照準は定めていないようだった。たまに銃口が左右に動いて、空間をまんべんなく攻撃しているようだが、銃口が上下に動く様子はない。
これなら被弾する心配もなさそうだ……。
「痛いなぁ……想創。〝応急処置〟」
この状況でも、セインは己の傷を回復している。普段のセインならありえない冷静さだ。
きっと、成長種族がそうさせているのだろう……あっという間に頬の掠り傷は治ってしまった。
「よし、じゃあ反撃に出ようか。……この世界の弾丸は鉄製なの?」
「その通りだが……この状況で反撃に出るのか? 相手が打ち終えるまで待ったほうがいいと思うぞ。いずれは弾切れに――」
「ならないと思うよ。さっき戦ったスケルトンに小型の銃器を持っているやつがいたけど、想像だけで弾を補充したよ?
多分、アレも同じだと思う」
まさか、とは思ったが口にはしなかった。セインがそういうのなら、間違いはないのだろう。
なら、どうすればいいんだ……。
「大丈夫、あたしに任せて」
「任せてと言われても……どうするつもりなんだ?」
「ちょっと考えがあるの。シュンは少しだけ離れてくれると助かるかな……」
理由はよく分からなかったが、俺はすぐにその場から数メートル離れた。
すると、セインが小さく呟く。
「想創。〝憤怒(インフレイム)〟」
誰に向けての想創だろう? と疑問を抱いていると、俺の体が想創光に包まれた。
少し長い時間をかけた後に想創光が消えると、なんと俺の体がピンク色から赤色に変わっていた。
正確には〝燃えていた〟と言うべきだろうか。体中が熱く、周りにはセインにも負けない程の陽炎が揺らめいていた。
急激な変化に思わず立ち上がったところを、弾丸が俺目がけて飛んでくる。
「っ!」
回避が遅れて着弾した――はずだったが、弾丸は俺の体に触れる直前に熔け、金属が地面に滴り落ちた。弾丸は休まず飛んでくるが、どれも着弾する前に熔けてしまう。
これがセインの考えた作戦か……素晴らしい判断力と想像力だ。
セインに向けて賞賛を込めて親指を立てると、あっという間に弾幕を突っ切り、スケルトンの下へと跳躍した。
木の後ろに隠れたスケルトンはシュンに気付き、銃口を跳んでくるシュンに向けた。しかし弾丸が当たっているにもかかわらず、勢いが止まらない。
着地と同時に爪を振り上げ、頭蓋骨に思い切り突き刺した。
「ギャアアァァァァ!」
悲鳴を上げたスケルトンは、のたうち回った後に消える。数秒後、赤く燃えていた体は自然に熱を冷まし、元通りのピンク色の体になった。
「やっと、終わったな。セインには助けられてばかりだ……」
「そんなことないよ~。これでやっとシェイディアで助けられた分の借りを返せたよ……」
二人で礼を言い合っていると、遠くから大きな雷鳴が轟いた。
「何事だ?」
「リュウじゃないかな? あたしたちも手伝いに行こうよ!」
あいつ、大丈夫か……少し心配だ。
セインに言われるまま、俺はリュウの下へと向かった。
くっ……俺のところだけ、やたらと数が増えてねぇか?
さっきから木刀や鋭い爪でスケルトンをぶった斬っていたのだが、倒しても一向に数が減る気配がない。
それどころか、大まかに目算しても増えている。
「……キリがないな」
ノルマの十体は倒したはずだけれど、まだいるのだから倒さなければならない。
近くにいる接近戦型のスケルトンはだいたい倒したけど、弓や槍を持った中距離戦型のスケルトンや、銃器を持った遠距離戦型のスケルトンが、まだ二十体ほど残っている気がする。
「ま、ぼやいてもしょうがないか」
俺は余計なことを考えるのをやめ、戦いに専念することにした。
「ハァッ!」
気合の入った掛け声とともに大地を蹴り、近くにいた槍持ちのスケルトンに突撃をかけた。
スピードに反応できないスケルトンは、木刀の切っ先をかわしきれずに頭蓋骨を砕かれる。
「ガアァァァァッ!」
悲鳴を上げて崩れ落ちるスケルトンには目もくれず、次なる標的を探す。
しかし、こちらの戦闘スタイルを考慮したのか、スケルトンは俺と距離を置き始めた。代わりに銃器を持ったスケルトンが前に出てくる。
「グルオワァァァ!」
呻くような声を上げ、一斉に俺に向けて撃ってきた。
「想創。〝鋼鱗(こうりん)〟」
小さく呟くと、俺の体に想創光が集まり、そして消える。消えた瞬間に弾幕が襲い掛かるが、弾丸は俺に当たると、甲高い音を立てて地面に落ちてしまう。
「ってぇ……なんだかんだで痛いじゃないか」
俺の想像は、龍の鱗を鋼のように硬質化させること。何とか形には出来たけど、性能は完璧ではない。まぁ痛いと言っても、体全体をデコピンされるくらいの痛みなのだが。
うーん、もう少し改良が必要かもしれないな……。
どれだけ弾丸が当たっても倒れる気配のない俺を見たスケルトンは、一度射撃を止めた。
同時に、大型のバイクに跨ったスケルトンライダー(今さっき命名)が現れた。エンジンをふかしながら、静かな森に轟音を響かせる。
スケルトンライダーは俺を真っ直ぐ見据え、そして決意に満ちた声で叫ぶ。
「グギャゴゴゴォ!」
……ごめん。俺には何を言ってるのかわからないよ。
なので、せめて真剣に戦おうと俺は木刀を脇に構え、体を半身にした。そして小さく呟く。
「まったく……どこの世紀末の悪党ですか」
何故か他のスケルトンはギャラリーになっていて、静かに戦いを見守っている。
うわ~、やりづれぇ……。
いつの間にかセインとシュンもこちらに来ており、静かに戦いを見守っている。
……キミたちは俺に手を貸すべきじゃないかな?
張り詰めた空気の中、そんなことを考えられるだけまだ心に余裕がある、と思う。
とにかく俺は集中した。静かに見詰め合う中……俺とスケルトンライダーは動き出した。
スケルトンライダーのバイクはうるさい音を立てながら、俺に向かって一直線に突撃してきた。手には騎乗槍試合(ジョウスト)の如く、長い槍を持っている。
この戦い、真っ向から向かわねば男じゃない!
猛スピードで突っ込んでくるバイクを静かに見つめ、脇に構えた木刀を少しだけ強く握る。
――刹那、俺は叫んだ。
「想創! 〝龍雷爪〟ッ!」
手元が想創光に包まれ、一瞬で消える。以前と同様に電気を帯びた右手で木刀を握ると、スケルトンライダーに向かって飛び出した。
槍が体を捉える寸前に、俺は槍の先を足蹴にして体から逸らし……木刀を手放して右手をスケルトンライダーの顔面に思い切り叩き込んだ。
「グルウォゥ?」
顔面に当たる寸前、スケルトンライダーから小さな声が聞こえた。
それは、〝木刀使わないの?〟と聞こえた気がした。
ギャラリーが唖然とした表情で見ている中、スケルトンライダーは顔面を陥没させたまま走り続けた。進路にあった巨木にぶつかって派手に爆発し、そして想創光とともに消える。
「……よっしゃ、勝った!」
俺が一息つくと、ギャラリーから壮大なブーイングが巻き起こった。
「な、なんだよ。文句あんのか!」
よく分からないブーイングに俺が反論すると、スケルトンどころかセインやシュンまで文句を言い始める。
「リュウ……今のはちょっと相手が可哀想だよ」
「お前……あそこは刺し違える場面のはずだろう」
「何を期待しとるんだっ! お前ら俺を殺す気かぁ!」
うーん、結構真面目に言っているところが恐ろしい。てか、ミカドはどこへ消えたんだ?
未だスケルトンがざわついている中、俺はさっさとスケルトンを倒そうと思った。
こいつら(シュンとセインも含む)に付き合っていたら、本気で命を落としかねないし。
しかし……俺はこういう乱戦時に複数の敵をまとめて倒す術を持っていない。単純に木刀や爪を振り回すだけでも倒せるかもしれないが、やはり効率が悪い。
……暴れる龍の如く、派手に吹き飛ばすか。
「セイン、シュン、少し離れてくれないか?」
俺の想像力でどこまで再現できるか分からないけど、規模が大きいと危ないので二人に安全なところまで逃げてもらった。先程の戦いの結果をまだ引きずっているのか、二人とも不満そうな顔をしていたけどこの際気にしない。
俺はイメージを固め、そして叫んだ。
「想創! 〝龍巻(たつまき)〟ッ!」
すると、すぐに想創光が集まった――スケルトンの周りに。
「グォ?」
流石に異変に気付いたのか、スケルトンが騒ぐのをやめて、自分の周りを取り囲む想創光に注目し始めた。それは他のスケルトンに伝播して、森全体が静まっていく。
嵐の前の静けさ、とはよく言ったものだ。
「だが、もう遅いぜ」
俺が静かに呟くと、想創光は光を失って吹き荒れる突風へと変化した。それは次第に威力を増し、スケルトンの群れを中心に渦巻き始める。
体の軽いスケルトンは宙を舞い始め、重量のあるスケルトンは飛ばされまいと身を小さく屈める。しかし抵抗空しく、十秒と経たないうちに全てのスケルトンが宙へと舞った。
つむじ風の遠心力にはじき出されたスケルトンは、次々に地面へと墜落し、鈍い音を立てながら頭蓋骨を地面に砕かれると、想創光に包まれ消滅していった。




