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俺たちの創世物語-ジェネシス-  作者: 白米ナオ
第四章 Be resolute……
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第四章 ②

 目を開けると、そこは最後に見た風景、つまり〝常闇の街シェイディア〟にある衣服屋の前に立っていた。

 隣にはセイン、ミカド、そしてシュンもいた。服装も前と変わらない。

「よう、一日ぶりだなシュン」

「何を言っている? 今さっきまでこの世界から出るとか言っていたじゃないか。まさか、この期に及んで冗談だというつもりじゃないだろうな?」

 今一つ話が噛み合わないので、今までの出来事を思い出す。

 以前ここに入ったときは、風景も時間も変わっていなくて……そうだ、すっかり忘れていた。

「悪い。俺たちがこの世界にいないときは、この世界の時間は止まっているんだ」

「そうなのか。お前たちにしてみれば一日ぶりでも、俺からしたらお前たちがいなくなって三秒も経っていないぞ。色々とややこしいな……」全く同感だ。

『仕方が無いだろう。もしもこの時間が止まらずに進んでいたら、お主らが次に会っていたのは現実の十六時間後、この世界では八十時間も経っているのだぞ?』

 八十時間……三日と少しってところか。そんなに長い間会わなければ、それはそれで話が合わなくなるだろう。

 ややこしさでいえば、時間が止まっている状態の比ではない。

 そんな会話をしながら街道を歩き始めた。時刻は四時くらいで、まだ日の傾きは浅い。

 だが、この街道は人が少ない気がする。この街道に来るまでは活気があったのに、一体どういうことだろうか。

 立ち止まっている俺たちに、一人の女性が話しかけてきた。

「あんたたち、この先は立ち入り禁止だよ!」

 どうやら純粋な人間のようだ。年齢は三十代から四十代の間くらい。

 後ろには小さな女の子が二人くっついて歩いている。

「どうしてですか? 俺たちさっきこの街に来たばかりなので、よく分からないのですが」

「あぁ、あんたたち旅人なのかい? だったらなおさら行っちゃダメだよ。この先は〝虫(インセクト)〟が大量に住んでいる区画だから、うっかり足を踏み入れたらどんな目に遭うか分からないよ」

「虫、ですか……たとえばどんなのがいるのですか?」

 ちなみにセインはもう震え出していて止まらない様子だから、この際放っておこう。

「そりゃもう恐ろしいものばかりさ。ムカデにゴキブリ、毒グモやカマキリ、他にも数え切れないほど沢山いるよ……命が惜しいなら近づかないほうがいいと思うね」

「でも、結局は虫じゃないですか。命の危険なんてそんなに――」

「バカ言うんじゃないよ! この街の住人は、この森に住んでいる虫に何人も殺されたんだ。わたしの主人もね、あの森に住む虫を駆除しようとして殺されたんだよ。

 ……ここに住んでいる虫は異常さ。大きさも強さも、他の地域の虫と比べものにならないんだ。だから、あんたの為に忠告しておく。絶対にこの先に行くんじゃないよ」

「……すみませんでした。気をつけます」

「それでいいのよ。分かったのならさっさと戻りなさい」

 それだけ言うと、女性は子供を連れて去っていった。

「大丈夫か、リュウ」

「あぁ、俺は大丈夫。でも……やっぱりこの世界にも不幸ってあるんだな」

 俺はこの世界が幸せで溢れているものだと思い、信じてきた。

 しかし現実はそう甘くなく、これまで見てきた人の中では幸せそうな人よりも、不幸な人のほうが多い気さえする。今まで俺が想像してきた世界では、幸せな人のほうが圧倒的に多かった。

「それはそうだ。誰かが幸せになるためには、その裏で誰かが不幸にならないといけない。

 それは自然なことであって、何もお前が責任を感じることはないはずだ」

「……俺は、俺たちの創った世界はそんな世界であってほしくない。全員幸せになれる世界を望んだんだ。

 セインも、そう思うだろ?」

「もちろん。だから、あたしがシュンと出逢ったときに話を聞いて、差別される種族がいることを知ってすごく悲しかった。

 あたしはもっとみんなが幸せで、笑顔でいられる世界を創ったんだって思っていたから……」

『我も……いくら世界を創り出せるとはいえ、その世界に住まう生き物までも支配することはかなわん。

 このような世界を望んだのは、紛れもなくこの世界の住人なのだからな』

「俺は……自分勝手だったのかな。

 世界を創れば、全て俺たちの思うとおりになると思っていた……その考えは、俺のエゴなのかな……」

 今まで頭の中で想像して創り出した世界は、全てが俺の思うままだった。しかし、〝幻界〟は結局のところ〝もう一つの現実〟なので、全て俺の思い通りになるわけではない。

 住人にも意思があり、本当の命を宿しているのだ。

 しばらくの沈黙が俺たちを包んだが、それを破ったのはセインだった。

「ねぇ。この世界は〝生命あふれる希望の世界〟なんだよね?

 だったら……あたしたちがこれからその世界を創っていけばいいんだと思う。それが、この世界を創り出したあたしたちの責任なんじゃないかな?」

 そうか……そういう考え方もあるかもしれない。

 一度起きてしまった出来事はやり直せないけれど、これから変えていくことはできる。

「そう、だな。俺たちにはこの世界を変えられるだけの力がある。

 今のところ、この街だけ見た感じは幸せな人もいるけど、虫で困っている人もいる。だったら、この街の虫をなんとかしてやればこの街も安泰だな。

 よし! そうと決まれば聞き込みしよう!」

 そんな俺を見ていたみんなが、口々に言う。

「なんというか……リュウは結構突っ走るところがあるな」

「あはは、そうかもね。でも……それがリュウのいいところなんだよ」

『全く……我らの意見も聞かんか! お主一人で進めおってからに』

 しまった、また俺の悪い癖だ……頭をボリボリ掻きながらみんなに尋ねる。

「悪い。俺の目的はさっき言ったとおりだけど、この街だけで終わらせる気はない。

 ……俺は世界中を廻って住民を幸せにしたいと思う。多分ものすごく長い旅になるし、みんなを危険な目に遭わせるかもしれないけど、構わないか?」

 俺の問いかけに、セインもシュンもミカドも(?)大きく頷いた。

「ありがとう。じゃあまずは……何をすればいいかな?」

「リュウってば、しっかりしてよね~。

 あたしはさっきの人に詳しく話を聞いたほうがいいと思うな。それから虫に会って……」

 その先を言う前に、また震え始めた……。

「虫に会って、可能なら説得する。ダメだったら……そのとき次第だな。

 虫も例外ではないから、出来れば戦闘は避ける。もし戦闘しても、絶対に殺さない。これでいいかな?」

「そうだな。セインには厳しいかもしれないが、頑張ってもらおう」

『我は皆の言うとおりについて行くだけよ』なんつーか、それは無責任だろ。

 みんなの意見が揃ったところで、行動に移すことにした。

 まずはセインが言ったとおり、この街の現状を知る必要がある。商店街は活気があるけど、その先の道はまったくといっていいほど人がいない。これはやはり虫のせいだろうか……。

 元来た道を戻ると、商店街に出た。程無くして先程の女性を見つけることが出来た。

 どうやら買い物に出たときに俺たちを見つけて、忠告してくれたらしい。セインが大きな声で女性を呼び止める。

「すみませーん!」

女性はこちらに気が付き、立ち止まって振り向いた。

「おや、さっきの旅人さんじゃないか。わたしにいったい何の用だい?」

「えーと……その、先程は忠告してくれてありがとうございました。

 でも、あたしたちはこの街の事、虫による被害を知りたいんです。もしよろしければ……」

 それを聞いた女性は少しだけ顔を険しくした。しかし溜め息をつくと、静かに話し出す。

「あんたたちが何をしたくて、この街の事を知りたいのかは分からない。

 でも、それくらいなら教えてあげられる。ここで立ち話もなんだから、わたしの家に来なさい」

「あっ、ありがとうございます!」

 セインがぺこりとお辞儀をすると、俺たちも習ってお辞儀をした。

 その後は女性の家に向かった。俺は女性の買い物袋を持ち、セインは女の子の手を引き、シュンはもう一人の女の子を肩車していた。なんだか妙に絵になるなぁ……。

 そんな道中で、空から小さな音が聞こえた。ブーンという昆虫の翅が羽ばたく音だ。

 それが聞こえた瞬間、商店街にいる人たちが一斉に建物の中に避難する。

「いけない! 早く建物の中に逃げるんだよ!」

 女性が叫ぶと、俺たちは急いで女性と子供たちを建物に避難させた。そうしている間に翅の羽ばたく音がどんどん近くなってくる……次の瞬間、商店街に砂嵐が吹き荒れた。

 一部の建物が風によって屋根を飛ばされる。俺たちはじっと様子を見た。

 空から舞い降りてきたのは、カブトムシだった。しかしそれは手のひらサイズの昆虫ではなく、俺の体の三倍以上は大きかった。

 あれはもう、昆虫というよりモンスターだろう。

 カブトムシが着地した途端、ズーンと地鳴りが起きた。カブトムシはのそのそと歩き、近くにあった土製の建物を爪で一薙ぎした。建物はあっという間に崩れるが、幸い中に人はいなかった。

「これで説明が省けたかい?

 そう、この街はあのような巨大な昆虫が度々飛んできては、建物を壊したり食料を持っていったり、はたまた住民を襲ったりするんだ。これらの被害を見かねたわたしの旦那は、駆除しようとして殺されたの。

 ……わたしが言えるのはこれだけだよ。他には何もないだろう?」

「はい……つらいことを思い出させてすみませんでした。じゃあ俺たちは行きます」

「ちょっと! 行くって……まさか戦う気じゃないだろうね?」

「もちろんです。とりあえず説得して、ダメだったらそのときは……まぁなんとかします。

 では、俺たちはこれで失礼します」

 呆気にとられている女性を尻目に、俺たちはカブトムシの下へ向かう。砂塵で少し視界が悪いが、すぐにカブトムシの目の前に着いた。

 俺が代表して話しかける。

「おい、この街の人たちが困っているんだ。止めてくれないか?」

 正直なところ、カブトムシ相手に俺の言葉が通じるのか不安だった。しかし俺の心配をよそに、カブトムシは威張った口調で俺に話しかける。

「あぁ? 何で純粋な人間が目の前にいるんだ? もしかして自殺志願者か?」

 完全に馬鹿にした口調だった。こいつの脳内ヒエラルキーにおいて、純粋な人間は昆虫よりも低い位置にあるらしい。

「別にそういうことではない。ただ、止めてくれるように説得しに来ただけだ」

「説得だと? 笑わせるわ! そういうのは、俺たちに力で勝ってから言うことだぞ?

 貴様らのような軟弱な奴らに何を言われても、貸す耳なんて俺にはねぇなぁ!」

「だったら言い方を変える。

 ……死にたくなかったらさっさと帰れ、このクソ虫が!」

 うわぁ……日頃の俺ではありえない口調で罵ってしまった。

 後ろで聞いていたシュンが目を丸くしている。セインは……足ガクガクだけどなんとか立っている。頑張れ。

 俺の言葉を聞いたカブトムシはあからさまに不機嫌そうで、後ろ足で地面を掻いてイライラ感を顕にしている。そして、俺たちに対して最期通告を出した。

「……死にたいのなら、望みどおり殺してくれるわぁ!」

 カブトムシは頭の大きな角を一度右に振りかざし、一気に横薙ぎにした。角は寸分違わず、俺のいる場所へ向かう。

 普通の人間ならば、当たれば吹き飛ばされる威力だ。

「想創。〝速度上昇〟」

 小さく呟くと、体を想創光が包む。それは一瞬にして消え、俺に高速の機動力を与える。

 角が俺の体に当たる直前、俺は小さくジャンプして角をかわした。そして更に呟く。

「想創。〝木刀〟」

 今度は想創光が左手元に集まり、一瞬で消える。すると、そこには一握りの木刀があった。

 俺もこの動作に慣れてきたのか、今までよりも想創光が現れて消えるまでの時間が短い。

 短い滞空時間を終えて着地すると、すぐさま大地を蹴って相手の巨大な角目掛けて突進し、上段から木刀を気合と共に振り下ろす。

「セィヤァァァッ!」

 〝速度上昇〟によって加速された俺の腕が木刀を走らせ、角を根元からへし折る。……否、断ち切る。

 木刀のはずなのに、切断面に余分な打撃の痕が一切無かった。この間わずか三秒。

 切断された角は近くの小さな小屋に突き刺さり、想創光に包まれるとひび割れ、弾けながら遠くへと飛んでいった。

 一瞬の出来事に、カブトムシも何が起きたか分からない様子だった。しばらく固まり、自分の自慢の角が無いことに気づいて俺に尋ねる。

「……俺の角切ったの、お前?」

「あぁ。さっさと帰らないと次は脳天カチ割るぞ?

 ……いや、何でこんなことをしているのかをまずは話せ。帰るのはそれからだ」

「俺が……こんなことで怯むと思ったのかぁ!」いや、あからさまに空元気だろ。

 諦めの悪いカブトムシは、今度は羽ばたいて飛んだ。俺たちを砂嵐が包み、視界を奪う。

 立ち尽くしている俺たちの頭上へと飛び上がり、そのまま翼を停止する。コイツ、俺たちを全員あの巨体で押しつぶすつもりだ。

 シュンは多分避けられるとしても……セインはそんなに速くないから避けられないだろう。

 案の定、ただでさえ目の悪いセインは砂嵐に視界を奪われ、その場から動ける状態ではなさそうだ。

「潰れやがれ!」

 頭上からカブトムシが落ちてくる。

「想創! 〝速度上昇〟!」

 シュンが叫ぶと想創光に包まれ、それが消えた瞬間猛スピードでセインを抱えてバックステップした。

 数瞬遅れて巨体が地面に落ち、巨大な穴を穿つとともに震動を起こす。

「うわっ!」

 震動に足をとられた俺をすぐさまカブトムシの爪が襲う。

「死ねぇぇぇ!」

 カキンッ! といい音を立てて辛くも木刀で弾く。しかし威力を殺しきれず、吹き飛ばされて先程の女性がいる建物に激突した。

 この世界のリアルな痛覚が背中を走り、肺の中の息が無理矢理押し出される。

「がはっ!」

 少しの間息が出来なかった。俺が地面に落ちると、カブトムシは標的を一番弱そうな相手を……つまりセインを標的に変えた。

「お前らも馬鹿だよなぁ? 逆らわなければ俺たちに殺されることも無かっただろうに……あの男は後でじっくりいたぶるとして、まずはお前だ。

 最期に言い残すことはあるか?」

「っ! ……じゃあ言わせてもらうけど、こっち来ないでぇぇっ!」

 セインは涙目になりながら大きく後すさる。

 その前にシュンが立ちはだかり、俺に向かって大声で叫んだ。

「おいリュウ! 多分手加減できないが、構わないか!」

 シュンの言わんとすることは分かった。俺はかすれた声で返事をする。

「出来れば……殺すな。俺は……こいつらと話がしたいだけだ」

「……分かった。でも、殺さない保障は出来ないぞ……想創! 〝爪強化〟!」

 シュンが体を大きく震わせる。すると、体が痩せ細り、ピンクの体毛と猫の頭が姿を現す。ものの数秒で、いつものシュンに戻った。

 そして両手に想創光が集まり、消えるとともに巨大な爪が現れた。カブトムシにも動揺の色が走る。

「なっ……お前、雑種か?」

「いかにも。リュウが頼むから殺さないが、少しばかり痛い目に遭ってもらうぞ?」

 シュンの返事を聞くと、カブトムシは足を震わせながら言い返す。

「や、やれるもんならやってみやがれ!」

「では、遠慮なく行かせてもらう」

 シュンの体が前傾姿勢になり、片足が地面を離れる。

 刹那、シュンの体はカブトムシの背後にあった。攻撃に移るまでのシュンの動きが、俺の動体視力では全く見えなかった。恐るべきスピードだ……。

 その後、少し遅れてカブトムシが動き出した。爪を振り上げて前進し――。

 ズバァン! と鋭い音を立てて巨体の右側腹部に三本の掻き傷が走った。

 振り上げた爪が下ろされるとともに、傷口から体液を漏らしつつ、巨体が大きな音を立てて倒れる。

 数秒の間静寂が周りを包んだ。そのうちに建物の中で見ていた人たちがざわつき始める。

「あれが……雑種なのか?」

「恐ろしいっ! 近づいたら殺されるぞ……」

「見ちゃダメよ! 早く奥に隠れなさい!」

 カブトムシを倒したことよりも、雑種であるシュンの存在を畏怖する声のほうが多かった。実質この街を救ったのはシュンのはずなのに、何故そこまで言われなければいけないんだ!

 言い知れぬ憤りが俺の心を満たす。

 シュンに見つかるまいと人がいなくなっていく中、先程の女性が俺の下へと近づいて心配そうに話しかける。

「あんた、大丈夫かい? 全く……若いのに無茶しちゃいけないよ」

「心配かけてすみませんでした。あなたも……雑種にこの街を助けられたら不快ですか?」

「わたしはそんなこと、どうだっていいんだよ。

 とにかく、この街に来る虫が倒されたってだけで気分がスッキリしたさ。……ちょいと彼を呼んでくれないかい?」

 言われたとおり、俺はシュンをこちらに呼び寄せた。シュンは険しい表情を崩さない。

「……なんの用でしょうか?」

「そう硬くなりなさんな。わたしは素直に感謝しているのですよ……あの虫を駆除してくれて、本当にありがとう。

 街のみんなはああやってあんたを避けるかもしれないけど、わたしはあんたを応援するから。……辛くても、頑張って」

 シュンの目が大きく見開かれた。今まで、純粋な人間にこのような優しい言葉をかけられたことは無かったのだろうか、感極まっている様子だった。

「おにーちゃん、ありがとう!」

「ありがと~!」

 後ろにいた二人の姉妹もシュンに礼を言った。シュンはもう泣きそうだった。

「あぁ、お安い御用だ。お前たちも虫には気をつけるんだぞ?」

 顔を背けながら返事をするシュン。照れ隠しなのだろうか……不器用な奴だなぁ。

「おいリュウ、とりあえずコイツから話を聞くぞ。

 もしかしたら、他の虫とも繋がっているかもしれない……グズグズするなよ!」

 なんだかさっきと目の輝きが違う。楽しそうには見えないが、爛々と生気が宿っている。

 この目は……そう、何かを決意した時の目だ。

「はいはい、っと。……セイン! 早く起きろー!」

 シュンがあっという間に倒してしまったカブトムシを見て、さっきからずっとうずくまって震えている。いい加減慣れろよな……。

「もう来ないで……あっ、なんだぁリュウだったのかぁ。びっくりさせないでよ!」

 よく分からないまま逆ギレされた。理不尽だ……。

 セインを起こすと、俺はシュンと共に倒れたカブトムシの下へ向かった。

 今は立派な角も存在しないので、どちらかというとフンコロガシみたいな形をしている。

「おい、お前がこの街を襲う理由を教えろ。ついでに他の虫の情報もよこせ」

 しかし、カブトムシからの返事は無い。もしかして息絶えてしまったのだろうか?

 でも体が消えていないということは、少なくとも生きている。なんとかして話せないだろうか……。

 するとミカドが出てきて、セインに話しかける。

『セイン、こやつを回復してやれぃ。おそらく気絶しているだけだ』

「わかりました。……あの時と同じようにすればいいんですよね?」

『そうだ。発声のほうはお主に任せるぞ』

 あの時? 何の話をしているのだろう……それに回復って、果たしてセインにそんなことが出来るのだろうか? 疑問は深まるばかりだ。

「恐いけど、やるしかないよね! ……想創! 〝応急処置(ファースト・エイド)〟!」

 セインが高らかに叫ぶと、カブトムシの体が想創光に包まれた。

 だいぶ長いこと輝いた想創光が消えると、なんとカブトムシの腹部に出来た掻き傷が消えている。

「はぁ~、なんとか上手くいったみたいだね」

「セイン……お前、いつの間にそんな事出来るようになったんだ?」

「やっぱり覚えていないのかぁ~。……ミカドが出した試練の時に、毒に侵されたリュウを助けたのはいったい誰だと思っているのかな?」

『そう、セインは〝傷ついた人を回復させる〟という高度な技術の適正を持ち合わせていたのだ。

 あの時も想像だけでやらせてみたが、なかなか素晴らしい力を持っておる……後で彼女にしっかりお礼を言っておくがよい』

「そうだったのか……セイン、今更だけど助けてくれてありがとう」

「えへへ、どういたしまして。……リュウ、カブトムシが起きるから後はよろしく~……」

 セイン、俺の背後に隠れても大して意味は無いと思うぞ?

 直後、カブトムシが体を起こした。己の体を見回して首を傾げ、角が無いことに驚き、俺たちを見て先程とは全く違う口調で話しかけてくる。

「なぁ……俺は今まで何をしていたんだ? さっきまでの記憶が全く無くて、気が付いたら角も無くなっていてびっくりしている所なのだが……」

「……いつ頃から記憶が無いんだ?」

「分からない。最後に覚えているのは……第九の月の秋頃だったと思う」

「……シュン、この世界の暦については全く知識が無い。教えてくれ」

「やれやれ。じゃあ簡潔に教えてやるから、セインもリュウもさっさと覚えろよ」

 シュンの話曰く、この世界は月が十二、日が四十日の四百八十日で一年とする。季節は月の中の四分の一、つまり十日ごとに四季が繰り返される。

 現在が第十一の月の九日なので、彼が記憶を失ったのはおよそ六十日前になる。

 シュンは少し考えて、先程の女性に尋ねる。

「この街に虫が押し寄せるようになったのは、だいたいいつ頃ですか?」

「あぁ……確かそいつが記憶を無くした時の少し前、第九の月の春頃だよ」

 今までの情報を元に考えられることは……ただ一つ。俺は確信を得るために尋ねた。

「なぁ、虫っていうのは元から凶暴な性格なのか?」

「まさか! 俺は多少喧嘩とかしても、誰かを襲ったりはしないぞ。

 それは他の虫も大半が一緒だと思う。ましてや純粋な人間に関わり合いを持ちたいとも思わん……」

「ありがとう。……今この街や虫たちに何が起きているのかは、だいたい想像できた」

 話を聞いていたみんなが俺に注目する。

「おそらく第九の月の春より少し前に、この近辺にいた虫に何者かがマインドコントロールの類の催眠術を仕掛けたんだろう。

 だからこのカブトムシのような凶暴な虫が現れ、この街を襲うようになった。……多分こいつの催眠が解けたのは、俺たちが少し痛めつけてしまったからだと思う。

 とどのつまり、この事件は全て何者かによって仕組まれたことなんだ」

「なるほど……それなら確かに辻褄が合う。しかし、そいつはいったい何のために?」

「それはまだ分からない。だが、俺たちが本人に直接聞けば済むことだ」

「なぁ……俺はどうすればいいんだ?」

 カブトムシが話しかけてくる。こいつにはもう少し協力してもらうか……。

「あのさぁ、お前が記憶を無くした時期は分かったから今度は場所を教えてくれないか?」

「場所は……シェイディアの北の森……そう、丁度この道を真っ直ぐ行ったところだ」

 カブトムシが指した方向は、まさしく女性が引き止めた街道だった。

「そうか……分かった。お前はもう帰ってもいいぞ」

「あぁ……どうやら記憶が無いとはいえ、俺はおまえたちに迷惑をかけたみたいだな。本当にすまなかった。

 厚かましいかもしれないが、他の虫も同じようにされているかもしれない。出来れば助けてあげてくれないか?」

「無論、そのつもりだ。こいつはあまりにお人好しだからな」

「わ、悪かったな」

「じゃあ俺は帰るとしよう。角の事は……また生えるだろうから気にしないでくれ」

「そうか、なら気にしない。じゃあな」

 カブトムシは俺たちに背を向けると、少しだけ距離を置いた。

 そして翅を羽ばたかせ、遠くの森まで飛んでいく。この世界の昆虫は気遣いも出来るんだな……。

 セインも通常どおりに戻ったところで、俺は女性に話しかける。

「というわけだから、俺たちはこの先に行くよ。……今更止めないよな?」

「あぁ、あんたたちなら心配だけれどなんとかなるさ。

 あんたたちのやりたいことが上手くいくように、あたしと娘たちで祈っているよ……ご武運を」

 女性と二人の子供たちは、俺たちに向かって片膝を付いて祈りを捧げた。

「ありがとうございます。あたしも虫に負けないように頑張ります!」

 セインは女性にぺこりとお辞儀をする。

「俺は、あなたのくれた優しい言葉を忘れない。……娘を大事にしてくれよ」

 シュンは女性に言うと、二人の女の子を抱きしめてささやく。

「もしもこの街が平和になったら、また肩車してあげるからね」

「おにーちゃん、はやくかえってきてね!」

「がんばって~!」

 シュンは二人の頭をなでると、立ち上がって今から行く道を見据えた。

「じゃあ、行くとしますか」

 俺たちは歩き出した。後ろでは俺たちが見えなくなるまで、二人の子供がずっと手を振っていた。

 もちろん俺たちも、見えなくなるまで振り返していた。


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