第二章 ④
あたしたちは、その後シュンからこの世界について色々なことを聞けた。
まずはこの世界の仕組み。この世界では〝想像力〟が全てだと言うことはミカドから聞いていたけど、それはこの世界の住人にも共通して言えることらしい。
あたしたちと違うのは、この世界に存在しないものは想像しても創り出せないということ。もう一つ、この世界のあらゆる生命は、死んだら世界の中央にある想創光の塊――名称は〝創世塔〟と言うらしい――に想創光となって同化するらしい。
その後は輪廻して生まれ変わることが出来るとか、世界が終わるまで魂が世界を支え続けるとか、色々な説があるらしいが、どれも定かではない。
次に世界の国々。この世界は最初に空から見たとおり、天動説を元に創られている。その中でもこの世界には大陸が二つある。
一つがあたしたちの立っている大陸、通称〝グランドヴェース〟である。こちらの特徴は、大陸の人口の約8割が〝ピュア・ヒューマン〟意外の種族だということ。そして、大陸内の面積の大半が自然と共存していること。
すなわち、たとえ生物が住んでいても自然の恩恵を受けながら、自然のバランスを壊さずに住んでいるということだ。なので、こちらの大陸は自然環境が豊富で、南は氷雪地帯、北は砂漠及び火山帯と、地域によって環境がはっきり区別されている。
もう一つは、人口比がグランドヴェースと全く逆、つまりピュア・ヒューマンが8割以上を占めている大陸、通称〝ニュートピア〟だ。こちらの特徴は、ピュア・ヒューマンの知恵により、貿易や機械が盛んらしい。
その分自然はグランドヴェースよりも格段に少なく、彼ら自身で森を伐採して土地を広げているらしい。そのため、森に住んでいた動物たちや他の種族が追われ、絶滅の危機に瀕しているとのこと。
「俺も奴らに追われて、ニュートピアから逃げ出して来たんだ」
「可哀想に……辛かったでしょう」
「まぁ、お前らピュア・ヒューマンに慰められてもちっとも嬉しくはないけどな」
「つか、さっきから言っているそれ、一体何なんだ?」
「あれ? まだ言ってなかったか……」
次に種族の話。この世界には数え切れないほどの種族がいて、大まかに分けると〝ピュア・ヒューマン〟、〝ビースト〟、〝フェアリー〟、〝ミックス〟に分けられるらしい。
〝ピュア・ヒューマン〟――すなわち〝純粋な人間〟――は、単一の種族としてはこの世界で最も多い種族で、知恵に富んでいるが運動能力値は低い。これは現実の人間とほとんど一緒の能力らしい。彼らも想像によって物体を想像できるが、その能力も他の種族より低いので、機械を己の手で創り出しているらしい。想像の世界において、最も現実的な種族と言える。
〝ビースト〟――すなわち〝獣〟――は、この世界で無数に存在し、犬や猫、ゾウやライオンなど様々だ。彼らは身体能力に長けているが、知恵はあまり持たない。野性の本能で動くので、想像の能力値は基本的に低い。
〝フェアリー〟――すなわち〝妖精〟――は、この世界において最も神秘的な存在である。種類も豊富で、基本的には自然をつかさどる妖精がほとんどだが、この種族には天使や悪魔なども含まれている。現実で言う〝想像上の生物〟はほとんどここに分類されるらしい。想像の能力値は種族の中で一番高く、超常現象を駆使する。しかし体力は低く、肉弾戦になると他の種族には全く歯が立たない。
「じゃああなたは〝獣〟に分類されるの?」
「最後まで話を聞け。俺はそれら三種族のどれでもない」
以上三つの種族を挙げたけど、中には異種族間で子を宿したり、想像力で変異したりしてしまうケースがあるらしい。
それが第四の種族、〝ミックス〟――すなわち〝雑種〟――だ。これは種族ごとの固定名詞がほとんど無く、その種族が発生したときに気まぐれでつけられるらしい。能力は全体的に高く、種族ごとの長所を同時に持てるので、ある意味種族の中では強いのだ。しかし、この種族は他の三種族には差別されるらしく、基本的に孤独だという。
「だから……あなたは〝純粋な人間〟をそれほど嫌っているのね」
「そうだ。俺は〝純粋な人間〟と〝獣〟の桃猫族との間に生まれたんだ。その後は親に捨てられ、他の種族からは差別されて、一人で生きてきたんだ」
「そんな……そんなの酷すぎるよ」
「そう言ってくれたのはお前が初めてだ。俺はこんな外見だから周りから避けられて、泣き言一つ言えなかった。お前は〝純粋な人間〟の中でもいい奴だな」
「待て、お前最初に会ったときはその〝純粋な人間〟の姿だったはずじゃ?」
「アレは俺の〝バース・トライブ〟である〝キャットマン〟の固有〝スキル〟で、〝メタモルフォーゼ〟という想創だ」
「……いきなり分からん用語が出まくったから一個ずつ教えてくれ」
「そうか……分かった」
まずは〝バース・トライブ〟。これは言葉の通り〝生誕種族〟の事で、生まれてきたときの種族のことを指す。
これに対して、元の種族から進化して新たに生まれた種族のことを、〝グロウ・トライブ〟――すなわち〝成長種族〟――と呼ぶ。成長種族のほとんどが単なる進化で終わるが、稀に別種族の力をもつ雑種が誕生することがある。これを俗に〝グロウ・ミックス〟と呼ぶが、生誕種族がミックスの種族を蔑視して、俗に〝バース・ミックス〟と呼ぶ。
「だからお前は……他の種族に嫌われているのか?」
「そうだ。俺は望んでもいないのにこのような形に生まれ、意味も無く差別され、純粋な人間に対する憎しみは募る一方だった。
だからこそ、俺はお前たちが来たときに、もしも本物の純粋な人間だったら殺そうと思ったんだ。それで気持ちが晴れると思ったら……このザマだ。俺はどうしたらいいんだ……」
「だったら簡単だよ。あたしたちと仲間になればいいんだよ~」
「お前、本気で言っているのか? さっきまでお前たちを殺そうとしていた俺を、そんなに易々と信じられるのか? もしかしたら裏切るかも――」
「だからどうしたッ!」
リュウが叫んだ。あたしだって気持ちは同じだ。
「さっきまでの話とお前の表情を見れば分かる。お前はいい奴だ」
「そうだよ……今までずっと寂しかったんでしょ? だったら、あたしたちが最初の友達って事で、いいよね?」
「お前ら……本気なのか?」
「「もちろん」」
「……うおぉぉぉぉぉっ! こんなに、他人の心が、暖かいなんて、知らなかったァ!」
シュンは今までの辛さを全て流し出すように滂沱した。それを見たあたしも少し涙してしまった。やっぱり、あたしは涙もろいのかな?
隣にいるリュウもまた、温かい目で見ていた。もしかしたらリュウも泣きたいのかな?
シュンが泣き止むのを待って、話を元に戻した。
「すまなかった。本当にこんないい奴らに巡り合えるとは思わなかったから……改めて自己紹介しよう。俺はシュン、種族は雑種の〝猫人(キャットマン)〟だ。以後よろしく頼む」
「あたしはセイン。種族はまだ分からないけど、これからもよろしくね」
「俺はリュウ。俺も種族は分からないが、仲間としてこれからよろしく」
『ちなみに我はミカドだ。よもや我を忘れていたわけではあるまいな?』悪い……素で忘れていたよ。
「さて、自己紹介も済んだ所で、最後に想像の種類について……と言いたいところだが、これは実戦で解説したほうがよさそうだ。そこに隠れている奴、出て来いよ」
何のことだろう? あたしとリュウが顔を見合わせていると、桜の木の裏から黒いコートを着てフードを目深にかぶった人物が姿を表した。
「ふむ……ボクの〝透明化(インビジブル)〟を見破るとは、流石だね。〝俊足〟のシュン」
なにこの人? それに〝俊足〟のシュンって……。
「言っておくが、俺はフダツキだ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
まさか、とは思ったけどやっぱり何かやらかしちゃったのか。もしこの人に何か迷惑をかけたのなら、追われても仕方ないような……。
「一体、何の罪で?」
「〝生きている〟ことさ」
意味が分からなかった。生きていることが罪? ふざけているとしか思えなかったけど、先程の話を掘り返せば、彼はいろんな種族から差別されている。
まさか、それだけで……。
「話は終わりかい? ……なら用はさっさと済ませよう」
すると黒コートの男はフードを取った。顔立ちは幼いが、目は何かを楽しむかのようにぎらついている。耳は尖っていて、髪は赤色。
「お前……〝火蜥蜴(サラマンダー)〟か?」
「そうさ。ボクは〝妖精〟の中でも火炎魔術に長けている種族、〝火蜥蜴〟だ。ついでに言えば、君のような異端者を狩って日々生活している賞金稼ぎでもある。まぁ、君のような雑種野郎に覚えられてもちっとも嬉しくないけどね」
直感が告げた。彼は悪いやつだ、と。恐らく、こいつはあたしたちの敵。
そんなことを考えていると、彼は桜の木の枝の一つにジャンプして乗った。同時に事務的口調で告げる。
「そういうわけだから、その雑種をこちらに渡してくれないかな? もし逆らうのなら……君たちにも容赦なく攻撃するからね」
つまり、彼は本気でシュンを殺す気なのだ。そんなこと、させない。
「無理な相談ね。あたしたちと彼は友達だもの……手出しはさせない」
「という訳だ。ここは手を引いてくれないか? こいつは言い出したら聞かないぞ?」
「ははははっ! 笑わせる。そんな生まれたことが罪である〝バース・ミックス〟と友達だって? ……ならばお前らも罪人だ!」
この言葉を聞いたとき、あたしは激しい憤りを覚えた。彼はあの黒コートの火蜥蜴と比べても、変わるところなんて外見くらいしかない。心は同じ生物だというのに、どうして分かり合えないの?
それを言葉にしようとしたとき、黒コートの火蜥蜴が目を閉じた。あれは……何かを想像している。多分、こちらに攻撃を仕掛けるのだろう。
「想創。〝火炎連弾(フレア・ドライブ)〟」
黒コートの火蜥蜴が呟く。すると、彼の周りに三個の想創光が発生し、それが掻き消える。
次の瞬間、大きな火炎弾があたしたち目掛けて飛んできた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「あちぃっ!」
思い思いの悲鳴をあげながらも辛うじて避ける。
「……説明を続けるぞ。あのような超常現象を起こすことを俗に〝魔術|(魔術)〟と呼ぶ。これは妖精が得意な部類の想像だ。
他には……お前、さっき何も無い所から〝木刀〟を出したよな? あのように物質を発生させる想像を俗に〝物理(フィジカル)〟と呼ぶ。
ついでに言えば、さっきの戦いでお前が咄嗟に使った〝速度上昇〟、あのように使用者の能力を引き上げる想像を俗に〝能力(スキル)〟と呼ぶんだ。この三つは基本の想像だから覚えておけ。……説明終わり、行くぞ!」
そう叫んだシュンはリュウが見当たらないことに気づく。なんと、さっきの火炎弾をもろに受けて倒れていた。
「おい! 大丈夫か?」
「なぁ……さっきから気になってたんだけどさ、成長種族って純粋な人間でも、想像さえすれば出来るのか?」
「はぁ? バカ言え! それを行うのにどれだけの想像力が必要なのか分かっているのか?
……俺だって、差別に耐えかねて他の種族に乗り換えようと試したことはある。でもな、並大抵の想像じゃ出来やしないんだ。なに、試せば分かるさ」
「分かった。じゃあ俺も雑種になる。……セイン。お前もいけるか?」
「もちろん! すっごいの生み出してやるんだから!」
あたしにもリュウが何をしたいのかは分かった。ここで雑種になることで、シュンの仲間意識を芽生えさせようという魂胆だろう。
多分、あたしたちの想像力なら出来る。だって、この世界を生み出したのは、他でもないあたしたちだから。
リュウは目を瞑った。おそらく、今自分がなりたいものを想像しているのだろう。あたしもそれにならって目を瞑り、考える。でも簡単には浮かばない……。
「おやおや、何をするかと思えば……君たちのような純粋な人間に何が出来るのかな?」
黒コートの火蜥蜴はそう言うと、次の攻撃を仕掛けようと想像を始めた。
「チッ、どうなっても知らないからな!」
シュンはあたしたちに向かって叫ぶと、こちらも攻撃体勢に入った。相手を威嚇するかのようにグルルと唸る。
「想創! 〝速度上昇〟!」
シュンの体を想創光が包み、そして掻き消える。
「うおらぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びながら火蜥蜴に向かって跳び、爪を振り上げる。そして、目にも止まらぬ早さで火蜥蜴を切り裂く、と思った。
「想創。〝陽炎(ヒート・ヘイズ)〟」
ぼそっ、と呟いた火蜥蜴の体が想創光に包まれ、掻き消える。そこには以前と変わらぬ姿の火蜥蜴が二体いた。
「何っ?」
片方の爪しか振り上げていなかったシュンは相手が増えたことに驚き、そのまま軌道上にいた〝幻〟の火蜥蜴を切り裂いた。
手応えのない幻を切り裂いた爪は見事に空振りし、かなり大きな隙を生む。火蜥蜴にとって、その時間だけで次の攻撃に移るには十分だった。
「想創。〝炎の渦(フレイム・ボーテクス)〟」
そう呟くと、シュンの周りの空間が想創光で満たされる。それが消えた瞬間、彼の周りは炎で包まれた。
「うわぁぁぁぁっ!」
空中で身動きがとれないシュンは避けることも出来ず、苦痛の悲鳴をあげながら炎を浴び続けた。
五秒くらい炎に包まれたシュンはそのまま地上に落ちた。彼の体や衣服が所々焦げていて、とても痛々しい。
火蜥蜴が笑いながらあたしたちに告げる。
「へぇ……これだけ仲間が傷つけられても怒りさえしないのか。お前らもなかなか冷酷な心の持ち主だね。
それともボクに狩られるのを恐れて他人の振りかい? 今更シラを切っても遅いけどね。ははははっ!」
そんなんじゃない。あたしはすごく怒っているし、多分リュウはあたしよりも猛烈に憤っているだろう。でも、ここで冷静に想像できなければ、あいつを倒せない。
その言葉を聞いたリュウは、静かにシュンに告げた。
「大体のイメージは出来た。すぐに助けてやるからおとなしく待ってろよ……お前、そこまで言うからには覚悟出来ているんだろうな?」
たまに思うけど、リュウは時々目がすごく怖くなる。いつもの性格からは想像できないくらい、本当は情に厚く、怒るとすごく熱くなる、いわば〝漢〟なのだ。
そんなところも、彼の魅力なのだとあたしは思う。
リュウは火蜥蜴を一瞥すると、今まで聞いたことのないくらい大声で叫んだ。
「想創! 〝成長種族(グロウ・トライブ)〟ッ!」
すると、彼の体が今までにないほど密度の高い想創光に包まれた。いつもなら白くなっても体は見えるのに、今は目を閉じないと耐えられないくらい眩しい。
リュウは自分で光を掻き消す。そこにはあたしの知るリュウはいなかった。
彼の身長は変わっていないけど、体全体が青緑の鱗に覆われ、手足は前二本、後ろ一本の鉤爪状になっている。頭は口から鼻にかけて前に突き出し、長めの髭を生やし、口からは大きな牙が顔を出している。耳は頭の上にニ個あり、両耳の間から角と鬣が生えている。それは体の後ろに続き、腰より下目にある尻尾まで続いていた。
全体的な姿はまさしく〝龍〟だった。
服装はこの世界に来たとき同様学制服だったけど、それでもすさまじい威圧感がある。
「そんな……嘘だろ」
シュンが小さく漏らす。これは彼にとっても想定外の出来事だったのだろう。それは黒コートの火蜥蜴も同じだったらしい。
「まさか……〝成長種族〟? しかも希少種の〝龍人(ドラゴノイド)〟じゃないかっ!」
火蜥蜴は唖然とした表情で叫ぶ。
「……ありえない、龍人は生誕種族でしか確認されていないはずだぞ! それすらも確認されているのは今までで二桁にも及ばないというのに!」
二人の驚きの原因は大部分がこちらにあるらしい。知らなかったとはいえ希少種になるなんて、リュウもなかなか派手なことをするなぁ……。
「……行くぞ」
呟いた時には既に黒コートの火蜥蜴の目の前まで跳び、彼を木刀で桜の木からたたき落としていた。あまりに速すぎて、動作の一切が全く見えない。〝速度上昇〟を使っていないのに……。
「ごふっ」
鈍い音を立てながら落ちた黒コートの火蜥蜴は、地面に大きな穴を穿った。今の一撃でかなりのダメージを与えたはずだ。
しばらくすると立ち上がり、憤怒の表情で黒コートを脱ぎ捨てた。
「くそっ……強いね。だけど、さっき開眼したばかりの力でボクの本気を倒せるとは思っていないよね? ……想創。〝成長種族〟」
すると先程と同じくらいの想創光が火蜥蜴の体を包んだ。なんと彼も成長種族を使えるらしい。
想創光を掻き消すと、そこには巨大な蜥蜴がいた。その大きさに、あたしとリュウは思わず一歩引き下がってしまう。
「ふふふ。ボクは火蜥蜴の中でも唯一〝蜥蜴人(リザードマン)〟になれるのさ。これが正統派の成長種族ってもんだろう?」
「……何が正統派だ。お前も雑種に変わりは無いじゃないか」
「何……だと。ボクを雑種と一緒にするなぁっ!
ボクはボク自身で望んでこの体を手に入れたんだ! そんな生まれから差別されるべき生物と、一緒にするなぁぁぁ!」
彼にとって〝グロウ・ミックス〟と〝バース・ミックス〟は異なるものらしい。成り行きの違いだけで差別されるなんて……そんなの、間違っている。
「はぁ……とりあえず、この木が邪魔だね……想創。〝火の息(フレイム・ブレス)〟」
桜の木に頭を向けた蜥蜴は、大きく息を吸い込む。その間、口の中を想創光が包み、そして消える。息を一気に吐き出すと、炎が勢いよく桜の木を包み込む。
「それはっ、ダメ――」
あたしが叫んだ時にはもう遅く、桜の木が一瞬にして焼け落ちた。残ったのは一本の巨大な木炭とススだけだった。
「どうだ? ボクの炎の威力はさっきまでとは比べものにならないだろう」
「あなた……よくも、桜の木を……」
この木は初めてこの地に降り立った時に見た桜で、今でも心に残っている風景なのだ。それを、この男は一瞬にして奪い去った。
差別も許せないけど、自然を大切に出来ないこの男の無神経さもあたしをかなり憤らせた。
「許さない……想創。〝成長種族〟」
あたしは想像した。この男を許さない、燃え盛る憤りの心。そのイメージはあたしの姿を炎で包み込み、変形させ、一つの形を紡ぎだす。
それは、自然を壊し、雑種の心を辱める彼を裁く鉄槌を下すための体。そう、永遠に消えることなく燃え盛る炎の天使。
あたしの視界が元に戻ったとき、あたしの体は宙に浮いていた。体を見渡すと、学生服は一切変わっていない。しかし、背中には炎で出来た三対の翼が生え、髪は深紅に染まっている。いつの間にか束ねていた髪も解けている。頭には光の輪、体の周りからは陽炎が立ち、揺らめいている。これが、あたしの想像した力。
「……〝熾天使(セラフィム)〟、だと」
またしてもシュンが小さく漏らす。これも珍しい種族なのかもしれない。
「ふ、ふざけるなぁぁぁ!」
急に蜥蜴が叫んだ。
「熾天使だと? お前らは一体何者なんだっ!」
あたしたちの変容ぶりがこの世界では異常だったらしい。どうやらあたしとリュウはとんでもない種族に成長してしまったようだ。
でも、この力があればあいつを倒せる。
「リュウ、行くよ」
「あぁ」
そう言うと、リュウは蜥蜴に向かって一瞬で木刀の一撃を入れた。体は揺れたが、木刀はその巨体に触れた瞬間、あっさり燃え落ちた。
「バカめ。木製の剣で俺の体が切れると思っているのか!」
そう叫ぶと、蜥蜴は大きな尻尾を振り回し、リュウを叩き落そうとする。しかしリュウは大きくジャンプし、それを避ける。
「かかったな。空中では身動きが取れないことくらい、先程の戦いを見ていれば分かるだろうに……想創。〝炎の息〟」
今度は一瞬だった。言葉を発してすぐに光は消え、炎を吐き出す。吐き出された炎は、猛烈な勢いでリュウに襲い掛かった。このままでは直撃だ。
しかし、リュウは真横にスライドして避けた。なんと、彼も空を飛べるのだ。
「なっ――」
蜥蜴が驚くのも束の間、リュウは思い切り蜥蜴に向かって飛び込み、鋭い爪で引っ掻いた。威力は小さいが、抉れた箇所から鮮血が噴き出す。
「ぐわぁぁぁ!」
そこからは止まらない。手だけではなく足も使ったラッシュでどんどん蜥蜴の皮膚を掻き回し、その度に血が噴き出す。蜥蜴も相当苦しそうだ。
「リュウ、そこどいて! ……想創! 〝貫く炎(ペネトレイト・フレイム)〟!」
叫んだ途端、蜥蜴の周りが想創光で包まれる。光が消えると、周りから蜥蜴に向かって鋭利な炎が突き刺さり、蜥蜴の皮膚を抉り、肉を貫いた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
再び絶叫。のた打ち回る蜥蜴の姿は、醜いとしか表現できなかった。
ここまで一方的だと、なんだか悪いことをしているみたいだ。でも、あたしはあいつを許せない。
「とどめ、お願い」
「分かった……想創! 〝龍雷爪(りゅうらいそう)〟!」
そう叫び、空に向かって手を突き上げる。突き上げた手は想創光に包まれ、そして消える。そこには電気を纏った爪があった。
その手を一度握り、そして放し、蜥蜴に向かって高速で移動。そのまま切り裂く。
鋭い爪は蜥蜴の体を捉え、深々と抉り、そのまま突き抜ける。帯電している爪をもろに受けた蜥蜴の体は一度ビクンと跳ね、そして地に臥せた。
火蜥蜴の体力が尽きたのか、彼の体が想創光に包まれる。しかしいつものように掻き消えることは無く、発光している輪郭にヒビが入り、割れて飛び散った。
これがこの世界の生物における〝死〟なのだろう……散った光は世界の中心にある〝創世塔〟に向かって飛んで行く。
ついに、倒したのだ。この憎たらしい蜥蜴を……。
蜥蜴が倒れたのを見届けると、あたしも急に疲れを感じて地面に下りる。そしてそのまま倒れ込んでしまった。




