狩猟日の霧
王家の狩猟会で馬具が緩み、セシルの馬が霧の谷へ向かう。レティシアは追って救うが、戻った時には彼女が馬を驚かせたという話ができていた。 朝、レティシアは侍女長マルタから予定と来客名を聞く。衣装の色一つにも政治的な意味がつき、選ばないことさえ意思表示として数えられた。
父公爵ギヨームは家名と娘の両方を守ろうとして、結局どちらにも明瞭な言葉を与えなかった。曖昧な沈黙は宮廷にとって都合のよい余白になった。
二人の母は違っても、幼いころ同じ温室へ隠れ、同じ教師から叱られた。宮廷が血筋を細かく分けても、姉妹の記憶に境目はなかった。
ノエラは晩餐で姉の話題が出ても視線を上げなかった。無関心に見えるほど静かで、その静けさを疑う者はまだいない。
翌朝、失われた記録の写しが別の役所から見つかった。誰が保管を頼んだかは記載されず、受領欄には小さな青い点だけがあった。
机には母の肖像を写した小さな額がある。レティシアは答えを求めず、明日も公爵家の娘として立つことだけを静かに決めた。
反論の機会は与えられているように見えた。ただし期限は短く、必要な資料は王宮が預かり、証人は面会を禁じられている。形式の公平と実際の公平は別だった。
レティシアは人の心を断定しなかった。利害で動く者にも恐れがあり、善意を語る者にも守りたい立場がある。単純な敵を作れば、見落とすものが増えるだけだった。
オスカーは確認できた時刻を欄外へ書いた。記憶は後から整えられるが、鐘の音と受領印は別々の場所に残る。二つが重なるまで事実とは呼ばない。
姉妹のあいだには、幼いころからの合図があった。言葉にすれば他人にも奪われるため、指先やカップの向きだけで、今は話さないという意思を確かめる。
(本文実測:715字)




