名を借りた令嬢
セシル自身もまた、誰かが用意した証言と衣装の中に閉じ込められているとレティシアは気づく。敵か味方かを一語で決められない。 朝、レティシアは侍女長マルタから予定と来客名を聞く。衣装の色一つにも政治的な意味がつき、選ばないことさえ意思表示として数えられた。
王太子アドリアンは乱暴な声を出さない。心配している、誤解を解きたい、と穏やかに告げながら、レティシアが断れる道だけを一つずつ閉じていく。
公開の場で反論すれば威圧、退けば罪の自認、沈黙すれば侮辱とされる。レティシアに残された選択肢は、どれも同じ記録へつながっていた。
王宮の記録は整いすぎていた。空白がなく、訂正もなく、関係者全員が同じ順序を語る。人が実際に動いた記録にはない滑らかさだった。
街角ですれ違った配達人は、公爵家の馬車を一度も見ていないと証言した。それは正しく、だからこそ誰の用件を運んだかまでは分からなかった。
窓の外で王都の鐘が鳴った。姉妹は同じ屋根の下にいるのに、それぞれが伏せたものについて、一度も問いを交わさなかった。
王都の新聞はまだ王家の名を出さず、「ある高位令嬢」とだけ書いた。名を伏せても誰を指すかは明らかで、曖昧さだけが責任を負わずに残った。
反論の機会は与えられているように見えた。ただし期限は短く、必要な資料は王宮が預かり、証人は面会を禁じられている。形式の公平と実際の公平は別だった。
レティシアは人の心を断定しなかった。利害で動く者にも恐れがあり、善意を語る者にも守りたい立場がある。単純な敵を作れば、見落とすものが増えるだけだった。
オスカーは確認できた時刻を欄外へ書いた。記憶は後から整えられるが、鐘の音と受領印は別々の場所に残る。二つが重なるまで事実とは呼ばない。
(本文実測:724字)




