【第4話:無垢の脱皮】
10歳から15歳へ。
タルトの背は伸び、少女特有の幼い丸みは、少しずつ削ぎ落とされた洗練へと変わりつつあった。
アロウの気まぐれな支配と、ソウの静謐な指導。相反する二つの力によって、彼女は公爵邸という檻の中で、一輪の美しい花へと育て上げられていく。
その日も、本来はサシャに課されるはずだった「護身術」の時間は、主役不在のまま始まっていた。
「サシャ様はまた、お庭の奥へ隠れてしまわれたようですね」
中庭の片隅、ソウは困ったように微笑みながらも、手にした木剣をタルトへ向けた。
「ではタルト様、今日も代わりにお付き合いいただけますか? 万が一の時、あなた自身の身を護るのは、知識ではなくこの体の使い方です」
「はい、ソウ先生」
タルトは真剣な面持ちで構える。
ソウはタルトの背後に回り、その細い腰を大きな手で支え、腕の角度を修正した。
「……腰を落として。力ではなく、重心を意識するのです」
師弟としての、正しい接触。
だが、ソウの指先には、数年前にはなかった「女性」の柔らかな輪郭が、確かな重みとして伝わっていた。
ソウは、自分の掌に吸い付くようなタルトの肌の熱に、一瞬だけ呼吸を忘れる。
その光景を、北塔の窓から見下ろしている男がいた。
アロウだ。
「………目障りだ」
アロウは手元の資料を机に叩きつけた。
ソウがタルトの腰に手を添えるたび、その指先が彼女の肌に触れるたび、胸の奥が焼けるように熱くなる。
かつて恋人に裏切られた時のような、剥き出しの憎悪とも違う。ただ、自分の平穏な「何でも屋」が、俺の「何でも屋が…」他人の手によって形を変えられていくような、正体の知れない不快感。
(なぜソウは、あんなに馴れ馴れしく触れている? 護身術に、あれほどの密着が必要なのか?)
アロウには、自分のこの「輪郭を持たない苛立ち。」が何なのか、まだ理解できていなかった。自分はただ、裏切らない「人形」を監視しているだけだと思い込もうとする。
だが、その視線は吸い寄せられるように、下の二人を追い続けてしまう。
やがて稽古が終わり、ソウがタルトにタオルを差し出した。
「お疲れ様でした、タルト様」
タルトは「ありがとうございます」と微笑み、首筋に流れる汗を拭う。
少し乱れた髪、上気した頬、そして拭われたタオルから覗く、瑞々しく匂い立つようなうなじの白さ。
その瞬間。
ソウも、そして上から見下ろしていたアロウも、心臓を直接掴まれたような衝撃に打たれた。
(……大人っぽく、見える)
ソウは、目の前のタルトが「教育すべき子供」から、いつの間にか「目を逸らせない一人の女」へと変貌している事実に、戦慄を覚えた。
そしてアロウは、窓の縁を指が白くなるほど強く握りしめていた。
自分の知っているタルトは、泥まみれで縋り付いてきたあの子供だったはずだ。それがなぜ、これほどまでに毒々しいほどの美しさを放ち始めているのか。
アロウの胸に渦巻く「胸をかき乱す不協和音」とした正体不明の感情は、より深く、鋭い針となって彼の心に突き刺さった。




