表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

仲間に囮にされて死にかけた俺を救ったのは、知らない孤独な冒険者だった

作者: アポロ
掲載日:2026/04/20

 ――ああ、終わるんだな。


 空が、やけに遠く見えた。

 視界の端が黒く滲み、世界の輪郭がゆっくりと崩れていく。

 胸の奥が冷えていくのが分かった。

 血が流れすぎて、もう温度を感じない。


 腹を裂かれた傷口から、赤いものが土に吸い込まれていく。

 温かいはずなのに、身体はどんどん冷えていく。

 まるで、自分という存在が地面に溶けていくようだった。


 リースは仲間に裏切られた。

 囮にされ、見捨てられた。


 その事実を、驚くほど静かに受け止めている自分がいた。


 「……俺は……こんなもんか」


 声にならない声が喉で震えた。


 生まれてから、誰にも期待されなかった。

 勉強も運動も、人より劣っていた。

何をしても笑われ、何をしても認められなかった。


あの日、木剣の振り方を間違えて、皆の前で転んだことがあった。

土に顔を打ちつけて、口の中が血の味でいっぱいになった。


「ほらな、やっぱり無理だって」


笑い声が広がる中で、誰かが言った。


「剣より鍬のほうが似合ってるぞ」


 その言葉に、何も言い返せなかった。

 悔しいはずなのに、ただ頷くことしかできなかった。


 「お前には無理だよ」

 「どうせ続かない」

 「できもしないこと言うなよ」


 そんな言葉ばかりを浴びて育った。


 だからこそ、変わりたかった。

 自分を変えたかった。


 冒険者になりたいと言った時、

 村の誰もが笑った。


 「お前が?」

 「冗談だろ」

 「死ぬだけだぞ」


 反対された。

 馬鹿にされた。

 それでも意地になった。


 ――俺だって、何かになれるはずだ。


 その思いだけで村を出た。


 だが現実は、残酷だった。


 一人では依頼をこなせない。

 魔物を前にすると足が震える。

 剣を握る手は汗で滑り、魔法はまともに発動しない。


 生活はすぐに行き詰まり、

 街で雑用をして食いつなぐ日々が続いた。


 それでも、諦めたくなかった。


 そんな時だった。

 声をかけられたのは。


 「荷物持ちが欲しいんだ。来ないか?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。


 分かっていた。

 自分が戦力ではないことくらい。


 それでも──

 仲間ができたことが嬉しかった。


最初の夜、焚き火を囲んで干し肉を分け合った。


「ほら、お前の分だ」


 そう言って無造作に投げられたそれを、リースは少し慌てて受け取った。


 名前を呼ばれたわけでもない。

 特別な言葉があったわけでもない。


 それでも――


 自分の分がある、というだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 偽りでも、居場所ができたことが嬉しかった。


 あの日の自分は、愚かだったのかもしれない。

 でも、あの時の自分を責めることはできなかった。


 そして今、ここにいる。


 囮にされ、見捨てられ、

 魔物に囲まれ、

 死が迫っている。


 「……俺のせいだ……全部……」


 偽りの仲間にすがった自分が悪い。

 期待してしまった自分が悪い。


 死んでも、誰も悲しまない。

 誰も気づかない。

 誰も覚えていない。


 「……もう……いいか……」


――どうせ、誰も来ない。


 そう思ったはずなのに。


 心のどこかで、ほんの少しだけ期待している自分がいた。


 そんな自分が、ひどく惨めで――腹立たしかった。


 そう思った瞬間、

 ふと、母親の顔が浮かんだ。


 母親は、いつも優しかった。


 どんなに出来が悪くても励ましてくれた。

 冒険者になりたいと言った時も、

 ただ一人だけ、笑って言ってくれた。


 「いいよ。やってごらん。

  いつでも帰っておいで」


 その言葉が、胸を締めつけた。


 「……母さん……」


 声にならない声が漏れた。


 死にたくない。

 まだ死ねない。

 帰りたい。

 母さんのところに。


 「……帰りたい……」


 その瞬間だった。


 草をかき分ける音がした。


 「……誰か……いるのか……?」


 聞き慣れない声。

 だが、敵意はなかった。


 足音が近づく。

 影がこちらへ駆け寄ってくる。


 「……おい……! 大丈夫か……!」


 その顔を見た瞬間、

 涙が溢れた。


 見知らぬ男だった。

 だが、その目は自分と同じだった。


 孤独を知っている目だった。


 男は息を切らしながら、こちらへ膝をついた。


 「……ひどい傷だな。よく、生きてた」


 その声は荒れていたが、優しかった。

 リースは唇を震わせながら、かすれた声を絞り出す。


 「……どうして……助けるんだ……

  俺なんか……放っておけば……」


 男は一瞬だけ目を伏せ、そして静かに言った。


 「……昔、俺も同じ目にあった。

  仲間に裏切られて……囮にされて……

  死にかけてた時……誰も来なかった」


 その言葉は、血よりも深く胸に染みた。


 男は続ける。


 「だから……お前を見捨てたくなかった。

  俺がされて嫌だったことを……

  誰かに押しつけたくなかった」


 リースの視界が滲む。

 涙なのか、血なのか、もう分からなかった。


 「……俺なんか……助けても……」


 「お前が“なんか”かどうかなんて、関係ない」


 男はリースの腕を肩に回し、ゆっくりと立ち上がる。


 「生きたいんだろ。

  だったら……生きろ。

  俺が連れていく」


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。


 男はリースを背負い、森の中を走り出した。

 魔物の咆哮が背後から響く。

 枝が折れ、地面が揺れる。


 「……っ、くそ……追ってきやがる……!」


 男の息は荒い。

 足取りは重い。

 それでも止まらない。


 リースは背中に揺られながら、

 朦朧とした意識の中で思った。


 ――どうして、この人はここまでしてくれるんだ。


 自分は誰にも期待されなかった。

 誰にも必要とされなかった。

 誰にも受け入れられなかった。


 なのに。


 「……なんで……俺なんか……」


 弱々しい声が漏れる。


 男は走りながら答えた。


 「俺も……誰かに助けてほしかったからだよ。

  あの時……誰かが来てくれたら……

  俺の人生は……少しは違ったかもしれない」


 その声は震えていた。

 痛みを抱えた者の声だった。


 「だから……お前だけは……見捨てない」


 リースの胸に、熱いものが込み上げた。


 ――俺は……一人じゃなかったんだ。


 森を抜けた頃には、空が赤く染まり始めていた。

 男は膝をつき、荒い息を吐く。


 「……はぁ……はぁ……

  ここまで来れば……追ってこない……」


 リースはかすれた声で言った。


 「……ありがとう……

  本当に……ありがとう……」


 男は照れくさそうに笑った。


 「礼なんていらないさ。

  俺は……ただ、昔の自分を助けたかっただけだ」


 その言葉に、リースの胸が締めつけられた。


 「……帰れよ。

  お前には……帰る場所があるんだろ?」


 リースは目を見開いた。


 男は静かに続ける。


 「さっき……うわ言みたいに言ってた。

  “家に帰りたい”って」


 リースの喉が震えた。


 「……帰りたい……

  母さんに……会いたい……」


 男は優しく頷いた。


 「なら、生きろ。

  生きて……帰れ」


 その言葉は、

 リースの人生で初めて“自分のために向けられた言葉”だった。

 男に支えられながら、リースはゆっくりと歩いた。

 足は震え、視界は揺れ、呼吸は浅い。

 それでも──もう倒れなかった。


 「……この道を抜ければ、村が見えるはずだ」


 男がそう言う声は、疲れ切っていた。

 だが、その背中は揺るがなかった。


 リースは、ふと呟いた。


 「……ありがとう……

  本当に……ありがとう……」


 男は少しだけ笑った。


 「礼なんていらないさ。

  俺は……ただ、昔の俺を助けたかっただけだ」


 その言葉が、胸に深く刺さった。


 森を抜けた瞬間、懐かしい土の匂いがした。

 遠くに、小さな畑と、低い屋根の家が見える。


 リースの足が止まった。


 「……あれが……俺の家だ……」


 声が震えた。

 涙が勝手に溢れた。


 男は静かに頷いた。


 「行けよ。

  お前の帰る場所だ」


 リースは一歩、また一歩と進む。

 足は重いのに、心は軽かった。


 家の前で、母親が畑の道具を片付けていた。

 夕陽が差し込み、彼女の背中を金色に染めている。


 「……母さん……」


 その声は、風に溶けるほど小さかった。

 だが、母親は振り返った。


 目を見開き、道具を落とし、

 震える手で口元を押さえた。


 「……え……?

  ……リース……?」


 リースは笑おうとしたが、

 涙が先にこぼれた。


 「……ただいま……母さん……」


 母親は駆け寄り、

 倒れそうな主人公を抱きしめた。


 「おかえり……!

  生きて……生きて帰ってきてくれて……

  ありがとう……!」


 リースは母親の肩に顔を埋め、

 子どものように泣いた。


 「……帰りたかった……

  ずっと……帰りたかったんだ……」


 母親は何度も頷きながら、

 背中を優しく撫で続けた。


 ふと、リースは振り返った。

 助けてくれた男が、少し離れた場所で立っていた。


 夕陽に照らされたその姿は、

 どこか寂しげで、どこか誇らしげだった。


 リースは涙を拭い、声を張った。


 「……ありがとう……!

  あなたが……助けてくれたから……

  俺は……帰ってこられた……!」


 男は小さく手を振った。


 「よかったな。

  お前には……帰る場所がある」


 リースは胸が締めつけられた。


 「あなたは……?

  あなたは……どこへ帰るんだ……?」


 男は少しだけ笑った。

 その笑顔は、どこか痛かった。


 「俺は……まだ探してる。

  いつか……見つかるといいんだけどな」


 そう言って、男は背を向けた。

 夕陽の中へ、静かに歩き出す。


 リースはその背中を見つめながら、

 胸の奥でそっと呟いた。


 ――あなたも、いつか帰れますように。


 その夜、リースは家の布団で眠った。

 痛みはまだ残っていたが、

 心は不思議なほど静かだった。


 孤独だった人生。

 誰にも期待されなかった日々。

 裏切られ、捨てられ、死にかけた。


 それでも──


 自分を助けてくれた人がいた。

 帰る場所があった。

 自分を待ってくれる人がいた。


 たったそれだけで、

 世界は少しだけ優しく見えた。


 リースは目を閉じ、

 静かに息を吐いた。


 「……生きてて……よかった……」


 その言葉は、

 誰に向けたものでもなかった。


 ただ、自分自身への

 小さな、小さな救いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ