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【常世の君の物語】No17:観浄 ~戦国時代の加賀国を舞台に繰り広げられる怪奇譚~  作者: 百字八重のブログ


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第四話:テンと一両


「なぁ、母さん、お願いだよう」

観浄は、住処へ戻るなり、母に懇願して離れないでいた。

「駄目!駄目ったら駄目!まったく、何考えているんだ、奴隷を買いたいだなんて。食い扶持が増える分、余計に金が必要になるだけだよ」

観浄の嘆願に、母は相当怒っている。

「それはほら、用心棒になるじゃない?」

観浄もすぐには引き下がらない。

「本願寺のお坊さんたちが見回りをしてくれているからそれで充分だ」

母はぴしゃりと言って娘をねめつけた。

「でもほら、今時どこも戦続きで物騒じゃない?」

「お前は余計なことは心配せずに黙って働いてりゃよろしい!」

母はそう言うと、とうとう観浄を部屋の隅にまで追いやってしまった。

その夜、観浄は、昼間会った奴隷の青年のことを夢に見た。


翌日、観浄は鳥絵の元を尋ね昨夜会った家でのことを、面白くなさそうにぼやいた。

「あはは、観浄殿も相当に頑固だな」

鳥絵はそう言うと、外へ出るべくわらじの紐をむすんだ。

二人と一匹は、今日も連れ立って歩き出す。

鳥絵はもう年なので早くは歩けない。

鳥絵の歩幅に合わせて、春の日の穏やかな日差しの中、二人はゆっくり、ゆっくりと進んでゆく。

「観浄殿、どうだ、いっそのこと、テンの下僕にならないか。下僕になれば、怪の力を貸してもらえるかもしれんぞ」

鳥絵の横を歩いていたテンの耳が、ひょこんと動いた。

「私はかまわないよ」

と、テンが言う。

「ええっ?私がテン殿の下僕?怪とはいえ、獣の下僕かぁ。抵抗があるなぁ」

そう言うと、観浄は頬をぷうとふくらませた。

「私も昔、とある人物から同じ誘いを受けてな。一時期、テンの下僕だったことがある。悪くはないぞ」

鳥絵はそう言うと、髭を手でじょりじょりとなでた。

「へぇ、じゃあ、頼んじゃおうかな」

観浄はそう言ってテンの正面にまわり、両脇に自分の両腕を差し込み、テンを宙高くまで持ち上げた。

「交渉、成立じゃな」

テンはそう言うと、観浄に抱かれながら、にゃあ、と一声鳴いた。


その日の午後、鳥絵とテンの姿は、本願寺の本堂の前にあった。

午後の勤行を終え、本堂からはわらわらと僧たちが出てくる。

その一部を脇でつかまえて、鳥絵は自慢のしゃべりで次のように語り始めた。

「お坊様方、今日は良い商いをしに参りました。ここだけ、今だけの話ですので、どうか内密に願います」

そう言って、鳥絵はテンをぐいと前に差し出した。

「これにありますのは、私が旅先で仕入れた化け猫でございます。今は猫の姿をしておりますが、これが時々人の姿になりまする。どうぞ、では、一両から」

「なんだ化け猫だと?」

屈強な僧兵に囲まれた形の鳥絵は、ともするとすぐにつぶされてしまいそうである。

「じじい、何を馬鹿なことを」

僧兵の一人が、鳥絵の胸ぐらをぐいとつかんだ。

「テン」

と、鳥絵がひとこと発した次の瞬間である。

一陣の風がテンを中心に舞ったかと思うと、くるりと宙返りをしたテンは、瞬く間に人間の姿へと転じていた。

僧兵たちは慌てて後ずさり、目を真ん丸にして「なんじゃあ!?」と叫んだ。

「うるさいのは嫌いですよ。私が化け猫のテン。以後、お見知りおきを」

尻もちをついている僧兵の耳元で、鳥絵がぼそりと、

「夜伽はお手の物でございます」

と告げた。

「よし!一両だな!すぐに用意してやる。そこで待っておれ」

僧兵は頬を上気させて叫んでいた。


こうして、鳥絵はこの日の夕方、一両を携えて観浄の住処へと戻ってきた。

驚いたのは観浄である。

「ほ、本物の一両だぁ……」

何度見ても、本物である。

「すぐにあの青年を買ってやるといい」

鳥絵にそう言われ、観浄はうなずき、その日の夜に二人は西のはずれの安宿を尋ね、言葉通り一両を男に渡し、青年を引き連れて帰ってきたのであった。

帰り道、

「ありがとう、鳥絵殿。して、テンはいったい――」

と観浄がテンの居所をたずねた。

「ああ、今頃、本願寺の僧を相手に幻術を展開しておろうよ」

そう言うと鳥絵は、かっかと空を仰いで笑った。

「悪いのう」

観浄もつられて、天を仰ぐ。


家に帰ると、母が観浄の後ろに立っている青年を見て口をあんぐりと開けた。

「なんだ、その子は」

「私が買った奴隷。というか、もう奴隷の身ではないけれど」

と、観浄は青年を振り返った。

「お金はどうしたの」

と母が詰め寄る。

「鳥絵殿と取引をしてね、安心して、怪しいことはしていないから」

怪の力を借りて置いて、「怪しいことはしていない」だって?

これは大嘘である。

「ふぅん」

母はまだ何か言いたそうである。

「食い扶持はこれから私が稼ぐからさ、お願い、置いてやって」

観浄はすがるように言う。

「ま、いいけどね。どれ、こっちにおいで、泥だらけじゃないか。まずは体を洗ってあげないと」

こうして名もなき青年は、観浄の家の一員となった。

青年はこの夜、ひとり眠れず外に出て、夜空を見上げた。

自分の来し方、行く末を思い、ふぅと、ため息をついた。

もう遠に忘れてしまった自分の名前を、ふと、思い出した。

涙がぽろぽろこぼれてきた。

そこここに桜の香りが漂う中、夜空には、真ん丸のお月様がのぼっていた。


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