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【常世の君の物語】No17:観浄 ~戦国時代の加賀国を舞台に繰り広げられる怪奇譚~  作者: 百字八重のブログ


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第一話:観浄


一筋の涙が、頬をついと流れた。


観浄かんじょうはそれをついとすくい上げ、太陽に照らしてみせる。

濡れた手の甲はきらきらと煌めき、まるで目の前に広がる大海原の水面のようである。


観浄はその場にすっくと立ちあがると、地面についていた衣をぱたぱたと叩き土ぼこりを落とした。

大海原の手前に広がる市を見やる。

母は今日もその中にあって客引きをしているに違いない。

今年で十六になる観浄も、最近ではそんな母の手伝いをするようになった。

母を想い、今日の売り上げを思い、観浄は町はずれの丘をくだってゆく。


ここ、加賀国にも、ようやっと春が巡ってきた。

あたたかな日差しを受けて各地の市は、いまや大賑わいである。

「おい、そこの牙儈すあい女ども」

観浄と母は、自分たちが呼び止められたのだと思い振り返った。

見ると旅人と思われる小荷物を抱えた男が一人、道の真ん中に立っていた。

「はい、私たちのことで」

観浄は母にならってで男にうやうやしく頭を下げた。

「おう、この辺りで旨い海苔を売る店を知らんか。教えてくれたら礼ははずむぞ」

男の言を聞き、母の目がぎらりと光った。

「まぁ旦那様、海苔の一番おいしいお店ときたら、市の北にあります越田屋と相場が決まってございます。ささ、こちらでございます」

母は手慣れた様子で男を案内しはじめた。

観浄は母の無言の指示により、男の小荷物を預かると、二人の後について静かにその場を後にした。


言葉の通り、この辺りの商売にしては、男の払った金は比較的多いものであった。

小屋に戻り懐に袋を開き、音をたてて銭を数える母を見やって、今日の稼ぎはまずまずであると観浄は見当をつけた。

「さ、お前の取り分だ。とっときな」

母はそう言い、びた銭5枚を、観浄に投げて寄越した。

それを受け取りながら、観浄は、「母さん、銭とは面白いのぅ」と、こぼした。

実際、面白いのだ。

誰かが母に、往来で店の紹介を頼む。

母が例によって店を選び案内する。

すると銭が手に入る。

手に入った銭で、我ら母子は衣食住を賄う。

銭は巷をぐるぐると巡っている。

まるで幼いころ寺で聞いた「輪廻」のようじゃ。

観浄はそんなことを思った。

「銭は――有難いものだけれど、恐ろしいものでもあるね」

と母は言った。

その言い方がどこか投げやりだったので、母も若い頃に色々あったのかもしれない、などと観浄は思った。


しばらく母と小屋でのんびりしていると、一人の初老の男が、一頭の馬を引き連れて店の前までやってきた。

男が言うことには、

「自分は近江から来た馬借である。この町を見て回りたいが、案内人を探している。礼ははずむのでいい店を教えて欲しい」

とのことだった。

母は、今日はもう疲れた様子だった。

仕事内容も簡単であったし、こういう場合の暗黙の了解で、母の代わりに観浄が案内することになった。

「そのお仕事、この観浄が請け負いました。して、爺様、お名前は?」

観浄は客引き用にこしらえた満面の笑みをたたえて男に尋ねた。

「ああ、私の名前は鳥絵という。羽ばたく鳥に、絵空事の絵と書く」

そう言うと、鳥絵はにっと、くしゃくしゃの笑みを返してくれた。

その笑顔が本当に素敵だったので、観浄はとっさに、この爺様、只者ではない――と感じたのだった。


引き連れていた馬を母のいる小屋につなぎ、観浄と鳥絵は、加賀の市をぶらぶらと散策することにした。

まず見えてきたのは、越前焼という焼き物がずらりと並ぶ店だった。

店先や棚には、大小の壺やかめなどが所狭しと並んでいる。

「これは圧巻」

「越前焼はな、割れにくい赤い土を使っているからな、独特のいい音がするのよ。水漏れの心配もいらねぇ、丈夫な器をご所望のお客様にはもってこいでございますよ」と、店先で客引きの若い男が呼びかけている。

鳥絵は懐から書くものを取り出すと、さらさらと何やら走り書きをし始めた。

案外、商売熱心な老人なのかもしれない。

鳥絵のそんな様子を傍目に見ながら、観浄はそんなことを思うのだった。


市は、実に様々な人でにぎわっていた。

往来では、「國嶋屋」という看板を引っさげた麴売りが威勢のいい声を張り上げており、道の反対側では枕売り、笠売り、鉢叩きなどがずらりと並んで同じように客を呼び込んでいた。

観浄にはいつもの風景であったが、鳥絵にとっては物珍しかったようで、あちこちの店や売人に声をかけては、やはり何やらさらさらと走り書きのようなものをしていた。

一通り市の案内が済んだ頃には、もう日が暮れかけており、観浄と鳥絵は、町のはずれの社の石垣に腰掛け一休みをとることにした。

「観浄、おぬし、女子にしては目端がきくな。将来は母親の後を継いで牙儈すあいになるのか」

鳥絵が、腰に提げていた竹筒を口にやりながらそんなことを言った。

「それしか生きる道を知らないからね、そうなるだろうね」

と、観浄は関心がなさそうに答えた。

「そうか。それでは、今後の商売の助けにもなるかもしれぬし、私の若かった時の話をしてやろう」

そう言うと、鳥絵は昔話を始めた。



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