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あなたに読まれたい  作者: 三軒長屋 与太郎


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しずかへ


 君が私の所へ来た時は、ほんの小さな黒い塊でした。

生物であるかどうかも怪しいほどに、蠢く影のようでした。

それでも、自分が猫であることを必死にアピールするように、常に鳴き続けていました。

そんな君に困り果てた私は、ささやかな願いを込めて、《しずか》と名付けたのです。


 私の店の客の連れのそのまた連れ。

私と君を繋げたのは、そんな細い細い糸でした。

元々、私は無類の猫好きではありましたが、

自分自身の勝手気ままな性格を鑑みて、猫は飼わないでいました。

それでも気持ちの中に、

(もしも、私の近くで黒猫を保護する場面に遭遇したら……)

そう、決めていたのです。

そんな小さな小さな穴に、君は逃げ込んで来たのです。


 君は遊ぶのが好きで、でも酷く臆病でした。

それなのに君は、私が家に連れてくる色々な女にも、健気な愛想を振りまいていました。

私よりも女に懐き、嫉妬してしまう時もありました。

そんな時、私は、君から女を取り上げ、ベッドへと逃げるのでした。

私と女が不埒な行為に勤しんでいる間、

君は普段、家に転がっていない金具付きの下着にじゃれて遊んでいましたね。

今思うとあれは、君なりの嫉妬だったのでしょうか。


 ひとつの事実として、君が懐いた女は、みんな良い女性でした。

付き合ったり、今も繋がっていたり。

逆に、君がそこまで懐かなかった女は、大抵がその日限りの関係でした。

それも、君が伝えてくれていたのかも知れませんね。

そんなこともあってか、今までで君がもっとも懐かなかった人間、

……火災報知機の点検に来た、お兄さん。

実はあいつは、とんでもない凶悪犯であったのではないかと疑っています。

ただの匂いだと言われればそれまでですが、

それほどに、私は君の“人を見る目”を信頼しています。

だからこそ気になるのです。

君の目に、私という人間は、どう映っていたのかが。


 最後の日も、君はいつも通り、私のお腹で目覚めました。

いつものようにご飯を食べて、いつものようにお水を飲んで、

いつものように、着替える私を邪魔していました。

そしてやっぱりいつものように、玄関まで見送ってくれました。

いつものように、いつものように。


 夕方……電話……。

当時同棲していた女からの着信。

君が息をしていないとの報告。

電話先の愛する女の涙より、ただただ、君だけが心配でした。

でも、それと同時に、もう叶わないことも理解しました。

女が言った「もう、硬い」という言葉が、今でも耳にへばりついています。


 仕事を切り上げ、私が家に着いた時、

君は綺麗に眠っていました。

いつものように……いつものように……。

どんなにそれを願っても、いつもとは違う君の体温が、

それが途方もない別れであることを知らせていました。


 火葬場から帰ってきた君は、初めて出会った時と同じように、小さくなっていました。

生物であるかどうかも怪しいほどに、四角い箱でした。

そして決して、鳴きませんでした。

静かであれと願ってしまった、私への罪だと思いました。

君がうるさいことこそが、私の幸せであったのだと、

その時になってやっと、この鈍感な心に刻まれたのです。


 君にとって私は、良い飼い主だったのでしょうか。

君の猫としての一生を、楽しませることが出来たのでしょうか。

決して返答が返ってくることのない問いが、

私の中で黒い影となって、無邪気に走り回っています。


 しずかへ

身勝手な人間からの感謝を込めて、

君と共に過ごした時間は一生消えぬ思い出です。

ありがとう。

またどこかで会えたなら、その時は、思う存分、鳴いて下さい。


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