夜の港で思う
港町。
漁船の灯が消えた代わりに、街灯が海面を照らす夜。
灯りはそれぞれ線となり、微細な波の輪郭を映し出す。
それ以外は暗闇。漆黒より深い。
賑やかな声はなく、海鳥も眠る。
耳をすませば、微かに波音が聞こえる気がする。
小さな波の煌めきを数え、すぐに諦める。
記憶は曖昧、感情は——
記憶の表層は、目新しいもので埋め尽くされる。
光を反射し美しくも見えるが、それは夜景の幻想。
実質は油だ……
沈むことの出来ない油膜が、海面を漂っているだけ。
使い道のない黒ずみが、さも新鮮な記憶であるかのように、
脳みそを覆い尽くしているだけだ。
人間の核たるものは感情である。
しかしそれ故に、海底に沈んでいる。
砂が舞って濁っている者もいれば、
逆に、絵本のように澄んだ者もいるだろう。
こればかりは、陸の上からじゃ分からない。
記憶は表層、感情は深層――
遠い昔の記憶を汲み上げようとしても、
海面の油が邪魔をする。
元はきれいな水であっても、
手に取る頃には黒い斑。
分離の境界が、嘘くさく虹色に光る。
感情は違う。
感情は、如何なる穢れも受け付けない。
海底にあったままで、姿を現す。
当たり前だ……
感情こそが、〝自分〟なのだから。
記憶は嘘をつく、感情は嘘をつかない——
本来であれば——
自身の感情に嘘をつくなかれ。
また、自身の感情に嘘を吐かせるなかれ。
嬉しければ笑みを咲かせ、悲しければ涙を絞り出せ。
好きなものを好いて、嫌いなものをいがめ。
憎き者に、歯を見せるべからず。
愛する者に、ハンカチを用意させるべからず。
記憶など所詮、我々の表層だ。
大いなる海のほとんどが、我々の感情だ。
恐れず潜りなさい……自身の中へと。
目を開いて見渡しなさい……自身の本質を。
薄汚れた海面に、狼狽えてはいけない。
偽りの輝きに、心を奪われてはいけない。
あなたは、あなたでなくてはならない。
記憶など信じるに値しない——
感情は常に、あなたに向かって吠えているはずだ——
私は夜の港を見渡しながら、そんなことを思う。
漁船の灯が消えた代わりに、街灯が海面を照らす夜。
灯りはそれぞれ線となり、微細な波の輪郭を映し出す。
あの街灯は自分か?
いいや、そんな訳がない……あれは〝誰か〟だ。
知りもせぬ誰かの灯りなどに、私の真意を映し出せる道理はない。
あの灯りは『社会』であり、『関係性』であり、抗いようのない『倫理』だ。
それ以外は暗闇……そこに在るのだ。
漆黒より深い……自我の咆哮に、耳を澄ますのだ。
私も、あなたも、
もっと広く、もっと深いのだ……と。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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今作は少し重たげな独白ですが、作者の伝えたいことは一貫して『自分の感情に素直であれ』です。
私たちは普段、社会の中で生きていくために、自分の感情を殺してしまう場面が多くあると思います。
だからこそ、生活しているうちに無意識に拾ってしまう記憶……例えば、テレビやネットで流れている情報や、誰かとの会話。
そういった日常が膜となって、気付けば自分が分からなくなっていくのだと思います。
私は決して「そんなもん無視して好き勝手やろうぜ!」と、言いたいわけではありません。
ただ、自分自身の感情ってのを、理解し続けてあげるってのは、とても大事だと思います。
でなければまさに、〝自分が自分でなくなってしまう〟わけですから。
作中ではこれ(生活しているうちに無意識に拾ってしまう記憶)を、『夜の港町の街灯に照らされた海面』にみたて、それ以外の暗闇こそが〝自分の本質〟であると説いています。
安易に照らされている情報ではなく、自分以外の誰かが示す指標ではなく、
現代社会の中でないがしろにしてしまいがちな〝自分〟という暗闇を、しっかりと照らして欲しいなと思うのです。




