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あなたに読まれたい  作者: 三軒長屋 与太郎


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19/29

煙草とコーヒー、そして開廷


 「理解しがたいな……」

喫茶店の隅、いつものテーブルで独り零す。

思い出したかのように煙草に火をつけ、肺を蝕み、

煙の先を見つめるようにゆっくりと吐き出す。

薄暗い店内に、さらに靄がかかる。

俺の心は、少しだけ晴れる。


いつもなら向かいに君が座っているのだが、今日は空席。

一緒に住んでいるのだから、寝坊ってわけではあるまい。

一緒に住んで……〝いた〟のか……。

4年と11ヶ月——

なんとなくキリが良い5年を目前に、

君は俺の下を去った。


思えばこんな記念日なんてものを……

なんの参考資料にもならない数字を律儀に覚えているのも、

4年11ヶ月という〝時〟の重さなのかもしれないな。

その証拠に、俺はまだ今の現状を理解できていない。

〝君が去った〟……とは、いったいなんだ?

それがひとつの別れであることは分かるが、

重要参考人の君が居ないからして、判決しかねる。


おもむろにコーヒーを一口すする。

甘味はすぐ喉の奥へと消え、苦みだけが舌にしがみ付く。

下げていた目線を持ち上げて、店の入り口を見る。

街の朝に似合う気怠さだけが転がっている。

カチャンと置いたカップの中で、コーヒーが揺れる。

俺の心も、ひとつ波打つ。


俺は司法に携わる。

人間が人間を量り、裁きを下す。

我ながら理に適わぬ仕事だと思ってはいるが、

これでもなかなかに誇りを持っている。

いかにしても脳みそに入りきらないこの世界の法を、

毎日毎日読みふける。

1ページ捲るごとに、神に近づいた気さえする。


人は、他人ひとに理解して欲しい一方で、

理解されたくない願望を持つ。

自分を見つめて欲しいと願う一方で、確たる自我は隠したい。

君が居なくなった理由も、

きっとその辺の歪みからであろう。

俺が君を見つめなかったからなのか、

君が俺の自我を、覗いてしまったからなのか。


視界を遮る煙に向かって、細く長い息を吐く。

換気の悪い店内に溜まった煙草の煙が、

慌てるように四方に逃げ惑う。

まさか、君の顔でもかたどろうとするのか……。

これはファンタジー小説ではないからして、そんな非現実は起こり得ず、

煙はただ、無意味に同じ場所を巡る。


今ここに判事は不在。

原告も被告も曖昧。

それでも、俺は俺自身に判決を下さなければなるまい。

自分が司法の一部を受け持っている以上、

善悪の判断を保留にはできかねる。


俺は目を瞑る。

証言台に立つ。

裁判の開廷をせんする。


主文——

俺ってやつは、仕事に追われ、

また、それを言い訳のほことして相手女性の心に突き刺し、

生活を捨てて飛び出すほどに、深く傷付けてしまったようだ。

今となっては、重症でないことを祈ることしか出来ない。

それに、涙の一滴も流れない現状から察するに、

情状酌量の余地もない。

よって、俺の罪は重いであろう。


今から俺は刑に処され、

この喫茶店を出る頃には懲役だ。

この荒んだ心の改善更生に従事しなければならない。

反省の意思はある。

明確な計画や意図がなかった証拠も提出する。

今こんなにも煙草が不味く、コーヒーが苦く、

息をするのが苦しいのだから。

頼むから、極刑だけは、よしてくれ。


判決——

「まずは素直に謝ろう」

俺は重たい鞄を持ち上げて、喫茶店を後にする。

自分の愚かさを認めて、真摯に話し合いの場を設けてもらおう。

俺が判事でもそうするさ。

男と女のすれ違いなど、執行猶予が妥当だ。


もしも君に許されないのであれば、

その時は潔く、刑に服すとしよう。

息苦しい牢獄で、

孤独にせ、にがみを噛みしめ、

俺への罰が、刑期満了を迎えるまで——



お読みいただき、ありがとうございました。

誤字・脱字に関すること、細やかな評価や感想をいただけますと、励みになります。


【※この先は、作者による作品解説です。

自己解析・自己考察を含みます。

読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】












この物語の核は、司法でも、男女でもなく、

『理解して欲しい気持ち』と『理解されたくない気持ち』の矛盾です。

作中でも触れていますが、人は皆、『自分を見つめて欲しい欲求』と、『自分だけで保持し続けたい自我という願望』を、秘めていると思うのです。

前者はまさしく承認欲求に近しく、後者を言い換えるなら、プライドや意地、独創性の確保と言えるでしょうか。


小説に例えてみても、作者自身、汲み取って欲しい空気間や意図は明確に提示しながら、奥まった自我は後書きにすら記さないものです。

今作の核を、煙草やコーヒー、裁きや失恋で隠すように——


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