獄楽
僕は夢見る――
金と銀に輝く泉。
蓮の花が幾千と浮かび、そよぐ風は那由多の調べ。
瑠璃の鳥が幸を説き、
不浄なる者は、遥か地に帰る。
苦しみや痛みなどは無縁であり、
静寂と安らぎだけが横たわる。
ハッキリ言って、そんな場所へなど行きたくはない。
生への縋りが魅せる幻想。
まさに愚鈍なる人類の戯言。
精神患者の妄想に近しい。
それなのにもかかわらず、なにか崇高な水晶球であるかのように、
人間よりも立派な座布団に鎮座する。
僕が死するとき、ただただ眠っていたい——
清らかに眠りながら、不埒な夢を見ていたい。
どんなに恐れ慄くことであっても、夢ならば許せよう。
どんなに肝を冷やしても、夢ならば温かろう。
朧げに、清らかに、淫らに、〝無〟でありたい。
どうしても、輪廻からは逃れられぬと言うのであれば、僕は風になる――
風になって、この世界を舞う。
世界中の小麦の穂を撫でる。
トンビのために力を貸す。
吹き抜けるのを遮る不格好なビル群を、薙ぎ払う。
僕の風を前にして、飛行機など、飛べる理由がないだろう。
それが許されざるのならば、僕は山になる――
山になって、木々たちに力を授ける。
落ち葉を温め、皆の寝床とする。
決して到達できぬほど、どこまでも山頂を伸ばす。
いやに眩しく光る、不躾なパネルを引きはがす。
僕の山からは、人間などは逃げ惑うしかないだろう。
それすらも許されざるならば、僕は海になる——
海になって、この世界を支配する。
魚たちに負けじと、海流を波打たせる。
小さな貝殻ひとつひとつを、丁寧に磨き上げる。
溶けず朽ちぬゴミどもは、すべて陸地へと打ち上げる。
僕が海ならば、顔をのぞかせた者から、手当たり次第に引き込むであろう。
そして僕は大地に宿る——
大地と混ざりて星となる。
星となりて……新たなる摂理の中で弧を描き、
宇宙のデカさに吐き気をもよおす。
どこまでスケールを大きくしても、意味のないことだと察する。
よもや、銀河になると言うまいに。
そう思えばこそ、天国や極楽浄土ってやつは、
理に適っているのかもしれない。
まさか、人間ごときの魂が、自然へと昇華されるわけもなし。
安らかであり、穏やかであり、ありあまる救いがある。
苦悩もなく、苦痛もなく、透明なゲロを吐く飢餓もない。
退屈という永遠の虚無こそが、人間として生きたことへの罪に対して、
頃合いの良い罰なのかもしれない。
僕は夢見る――
生命がある証明として、濁った泉。
朽ちた者から水面に浮かび、そよぐ風は酷く鋭い。
無数の鳥がありのままの性を説き、
不浄なる者は、燃やされ、灰になる。
苦しみや痛みなどと親しげであり、
静寂と安らぎは、高級で、俗で、カルトチック。
どんなに無秩序な真実も、夢ならば許せよう。
どんなに惨たらしい運命も、夢ならば温かろう。
だから僕は目を瞑る。
眼球を熱くして、〝今〟が夢であれと祈る。
しかしそれも、もうやめよう。
天国と地獄に橋はない。
僕たちはもうすでに、振り分けられた後なのだ。
生温い甘味を食べ続けさせられる、この地獄へと。
【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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皆誰しもが考えることだと思います。
死んだとき、いったいどうなるのだろうか。
仮に生まれ変わったとして、心と記憶の継承がないならば、それに意味はあるのか?
夜寝て、これが永遠に続く……
そこに、自我を差し込める余地があるならば、まさに天国であるが、
清らかなだけ、苦しまないだけ、腹が減らないだけ……
そうやって平原を歩き続ける夢を見続けるのであれば、
いっそ〝無〟であった方が楽だろうに。
天国の在り方、地獄の在り方、一つの生命としての自分の在り方。
そんな空虚を見つめる作品です。




