無表情に見つめて
俺が恵と出逢ったのは、
明大前の居酒屋だったか。
当時……いや、根本は今も変わらんが、
俺の七歳年下。
恵は当時18歳。
まだ上京したての、ほんの子供だった。
出身は、富山だったか。
正直、俺は恵のことをあまり覚えていない。
そもそもに、知らなかったのかもしれない。
恵が好きな食べ物や、恵が当時好きだったキャラクター……
今こうして思い返してみても、何ひとつ浮かんでこない。
夢破れたばかりの俺と、
今から夢に向かおうとする恵。
そんな、歪な愛憎が、
あの時の二人を繋げていたのかもしれない。
恵は、俺のことを謎の言語で呼んだ。
「ぽよ」だったか、「るんるん」だったか……
そんな感じの記号。
外ではしっかりとさん付けで呼んでくれていたから、
俺も特段気にはしなかった。
連れの女に話した時は、しっかりと気持ち悪がられたけどな。
年齢そのまんま、まだあどけない顔つきに、
その幼さに不釣り合いな大きな胸を揺らす。
俺よりも年上のおじ様方に言い寄られ、
よく泣きついて来たのは覚えている。
せっかくの宝も、
使い方を知らず、遊び方も知らず、
夜が更ける度に、ひとつひとつ丁寧に教えたことも覚えている。
今となっては、とんでもない化け物を作ってしまった気もする。
そんなこと、今の俺には関係ないのだけれど。
俺と恵の関係は、とうの昔に終焉している。
理由は端的だ。
俺が、明大前を離れたから。
それでも、20歳になった恵は、少々大人になっていた。
きっと、おじさんに言い寄られても、一人で対処できるだろ。
あの時の君に、もう俺は必要なかったんだ。
俺も、君が必要ではなかったし。
それでは何故、今更になって、
俺の夢枕に現れる。
よもや、死んだわけでもあるまいに……
それすら、確認のしようもないのだが。
恵は、俺の夢に現れては、
怒るでも、涙するでも、
叫ぶでも、抱きしめるでもなく、
ただただ無表情で、俺を見つめる。
確かに、あの街は楽しかったよ。
何もないところが良かったんだ。
やりたいことを見失い、燃え尽き、
何もなくなった当時の俺みたいで、
ひどく落ち着いたんだ。
あの街だからこそ、
俺も、恵も、輝けたんだ。
幻想だよ。
微温くて、湿っぽい幻だったんだ。
それでも頑なに、より明確に、
俺の夢枕に現れる。
よもや、後悔などと言うまいに……
それすら、確認のしようもないのだが。
恵は、俺の夢に現れては、
叱るでも、慰めるでも、
蔑むでも、助けるでもなく、
ただただ無表情で、俺を見つめる。
分かっているさ、何もかも。
今の俺が、あの時と似ているんだろう。
やりたいことだけをやって来た。
生きたいように、生きてきた。
皆が当たり前に熟している辛抱や、
社会の中での葛藤ってやつから逃げてきた。
好きなものも、嫌いなものも、
なりふり構わず捨ててきた。
それだから、今の俺には何も無い。
今の俺の周りには誰も居ない。
俺を愛する俺自身しか、残っちゃいない。
分かっているさ、何もかも。
だからひとつ、頼みがある。
もし恵が、俺のことを恨んでいないならば、
俺のことを許してくれるのならば、
もう少しの間、
俺の夢枕に立ち続けておくれ。
その無表情な顔で、
俺を見つめ続けておくれ。
今や、記憶の中にしか存在しない君を、
ほんの僅かでも微笑ませられるように、
俺はもう一度、新たな夢を、愛してみるよ。
【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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えっと……実際に夢枕に立たれたので、なんだか気持ち悪くなって書きました。
作品に昇華することで、肩が軽くなるかなと。
それでもこの作品は、過去を憂い、また、欲しがってしまう……一度売った本やゲームを、再度中古で買ってしまう。
そんな、人間の愚かでどうしようもない部分を、表現できたかなと思います。
結局は、過去を忘れ去ってしまうほどに、今が楽しくあり続けなければならないのだと、今作を書いてみて、そう思いました。




