血脈の覚醒と、闇の追跡者
古代の遺跡の奥深く、ケンジの心臓は壁画の文字と同期して激しく脈打っていた。
『嵐の心臓は、物にあらず、血脈なり(ちすじなり)。』
「俺が...嵐の心臓だと?」ケンジは自分の胸元を強く握りしめた。彼の体内に流れる紫電が、その真実を肯定するように熱を放っていた。
「そんな馬鹿な...」タロは壁画を凝視し、動揺を隠せない。彼はケンジの力を嫌悪していたが、それはただの落ちこぼれの力だと思っていた。それが古代の血脈であるという事実は、彼の常識を根底から揺るがした。
「混乱するな」リナは冷静さを保ち、すぐに結論を出した。「ケンジ、あなたはターゲットよ。奴らが求めているのは、あなた自身。私たちの任務の目的が完全に変わったわ。これは調査ではない。**護送**よ。」
その瞬間、リナの霊力感知が異常を察知した。
「ケンジ、タロ、先生!隠れて!」
次の瞬間、遺跡の入り口が、黒い影の塊によって爆破された。爆発音は広間に響き渡り、空気が凍りついた。
ドォン!
黒い影の中から、一人の男が現れた。彼はカラスの仮面ではなく、まるで闇そのものを編み込んだかのような、滑らかで漆黒の装束を纏っている。彼の顔には、細い月の形の仮面がつけられ、その両手からは、濃密な影の霊力が糸のように放出されていた。
「遅かったな、愚か者どもよ」男の声は、静かだが鋭く、広間の古代の霊力を切り裂いた。「私は『夜鴉一族』の影守。貴様らの追跡はここでおしまいだ、雷神の器よ。」
影守は、ケンジを真っすぐに見ていた。
「やはり、彼らは追跡していたか...」クロ先生が苦しそうに呟いた。
「霊力波が強すぎる...あの襲撃者とは格が違う!」タロはすぐに火遁の印を結ぼうとしたが、遅かった。
影守の影の霊力は、まるで生き物のように地面を這い、まずクロ先生とリナの足首を捕らえた。
「影縛りの術」
クロ先生は松葉杖ごと身動きが取れなくなり、リナは驚きの表情を浮かべたまま、その場に縫い付けられた。
「まずは、厄介な知恵袋と師を排除する」影守は冷酷に言った。「さあ、雷神の器よ。抵抗は無意味だ。我々の血脈は、この世界が蒸気に毒される前から、雷を求めてきた。お前はただ、運命に従えば良い。」
タロは怒りに燃え、全力で炎の球を影守に向かって放った。
「火遁・灼熱弾!」
火球は影守に直撃したが、影守の装束は炎を飲み込むように一瞬でそれを吸収した。タロはよろめき、その力の圧倒的な差に絶望した。
「無駄だ。貴様の生温い火など、闇には通じない」影守はタロの霊力経路に影の糸を送り込み、彼を動けなくした。「霊力制御の天才か。惜しい。だが、ここまでだ。」
タロは屈辱に顔を歪ませた。彼は里で最高の才能を持っていたが、目の前の敵にはまるで歯が立たない。
広間には、ケンジと影守だけが残された。
「さあ、ヒムラ・ケンジ」影守は静かに言った。「貴様が抵抗すれば、この老いぼれと、優秀な友人は影に呑み込まれ、二度と光を見ないだろう。我々に協力するなら、貴様は我々の王となる。」
ケンジの視界は、怒りで赤く染まっていた。友人たちが、彼のために動けなくなっている。タロの屈辱的な表情、リナの冷静な憤り、クロ先生の諦めにも似た眼差し...。
運命に従う?王になる?ふざけるな!
「俺の血が、なんだって言うんだ!」ケンジは咆哮した。
怒りが彼の体内の紫電を再び爆発させようとした。手の甲の血管が浮き上がり、彼の肉体が悲鳴を上げる。いつものように、暴走が始まろうとしていた。
その時、ケンジの頭の中に、クロ先生の言葉が響いた。
「お前の力は、衝動だ。衝動を意識的に制御しろ。お前自身の肉体と、相棒を通して導くのだ。」
ケンジは目を閉じ、暴れ回る紫電を抑え込んだ。彼はそのエネルギーを、体外に放出しようとするのではなく、あえて筋肉と、手のひらに握りしめた**雷剛**へと集中させた。
意識的な制御。
彼は雷剛を地面に突き立て、その重い鉄棒を霊力の**避雷針**とした。
バババババチィィィ!!
以前のような無秩序な爆発ではない。雷剛を媒介に、ケンジの体から制御された一筋の紫電が地面に流れ込み、そこから衝撃波となって広間全体を駆け巡った。
「雷剛・衝破!!」
紫電の波は影そのものを打ち砕き、タロ、リナ、クロ先生を縛っていた影の糸を一瞬で断ち切った。
「な...に?」影守は驚愕の声を上げた。彼の影の術は破られただけでなく、その純粋な雷の霊力に触れ、体が痺れている。
ケンジは目を開けた。彼の目には紫の光が宿っていたが、それは制御されており、冷静な意志を持っていた。
「俺の血筋がなんだか知らねえが...俺は、俺の相棒と、俺のチームを守る。お前の王になんて、誰がなるかよ!」
影守は一歩後ずさった。彼は、ケンジの力が覚醒しただけでなく、一瞬で制御の兆しを見せたことに、戦慄を覚えた。
「成長が早すぎる...!だが、今回は見逃してやる。その血脈は、必ず我々がいただく。」
影守は霊力を収束させると、影の中に溶け込み、姿を消した。彼の目的は捕獲であり、今のケンジと戦って負傷することではないと判断したのだ。
タロは解放され、地面に座り込みながら、ケンジを見た。その視線には、もう軽蔑の色はなかった。あったのは、圧倒的な驚愕と、初めての敬意だった。
「ケンジ...お前...」
ケンジは、雷剛にもたれかかり、息を切らせていた。彼の頬を伝う汗は、紫色の光を反射している。
「逃げるぞ、みんな」リナはすぐに立ち直り、声を張り上げた。「奴らはもうすぐ戻ってくる。私たちの任務は、全力でこの場から脱出することよ!」
ケンジは、嵐の心臓を宿したまま、追跡者たちの最前線に立たされることになった。逃避行が始まった。




