西の島々へ、追跡者としての覚悟
昇月国を出発してから数日。ケンジ、タロ、リナの三人は、夜鴉一族の総帥ヤテンを追って、荒れる海を西へと進んでいた。彼らが乗る船は、昇月国の漁師が譲ってくれた小さな木造船だ。
船上での雰囲気は、以前とは全く違っていた。
「私たちはもう、逃げる者ではない」タロが、夜の甲板で地図を広げながら言った。「**追跡者**だ。夜鴉一族が、我々の里にもたらした全てを、ヤテン自身に償わせる。」
ケンジは、海上で修行を続けていた。彼の体内の紫電は、今や安定し、彼の心臓の鼓動と共に静かに脈動している。彼は、**雷剛**を使って、海水からわずかに発生する霊力を捉え、それを安定した紫電に変える練習をしていた。
バチッという小さな音が、彼の掌から発せられる。それは、以前のような無差別の破壊力ではなく、意志によって統御された、純粋なエネルギーの輝きだった。
「風の一族を退けたことは大きい。だが、昇月国の修行は、あくまでも制御の基礎を固めたに過ぎない」リナは警告した。「西の島々は、手に入れた資料によると、**野生の霊力**が渦巻く地よ。昇月国の清浄さとは正反対だ。」
リナは、西の島々の伝承を説明した。そこは、古代の**自然霊や、強力な巫術**を信仰する部族が住む、未開の地。夜鴉一族の求める「古代の霊力の源」は、この地の自然霊と深く関わっている可能性が高い。
「つまり、夜鴉一族は、その荒々しい自然霊を汚染し、道具化しようとしている、ということか」タロが推測した。
「ええ。ヤテンが儀式を失敗させた今、彼は別の方法で、ケンジの血脈に匹敵する、あるいはそれを超える霊力の源を求めている。」
数週間の航海を経て、彼らはついに西の島々を視認した。
最初に感じたのは、圧倒的な自然の力だった。島々は、巨大な樹木と鬱蒼としたジャングルで覆われ、霊力は濃密で、乱雑。里の忍術で馴染んだ組織化された霊力とは全く異なり、まるで生きている怪獣のように脈打っている。
船を隠し、三人は島に上陸した。ケンジは、再び身が引き締まるのを感じた。
「気をつけろ。この島の霊力は...俺の制御された力でも、反発している」ケンジが警告した。
ジャングルを進むこと数時間。彼らは、最初の夜鴉一族の痕跡を発見した。
それは、深いジャングルの中に、粗雑に切り開かれた空間だった。そこには、里の忍術とは似つかない、禍々しい黒い封印符が貼り付けられた、朽ちかけた祭壇のようなものがあった。祭壇の周囲の樹木は、霊力を吸い取られたように黒く枯れ、地面は腐敗した泥と化している。
「汚染だ...」タロが吐き捨てるように言った。「奴らは、ここの自然霊を縛りつけようとしている。」
リナは、霊力感知を広げ、一点に集中した。「この先よ。夜鴉一族の残党と...**影守**の霊力が薄く残っている。奴らは、この地で何か大きなものを動かそうとしている。」
彼らが警戒してさらに奥地へと進むと、不意に、上空から霊力を持った蔦が、タロとリナの四肢に巻きついた。
「くっ!」
彼らの目の前に、一人の地元の部族の若者が姿を現した。彼は、木の葉を纏い、顔には自然の顔料で描かれた威嚇的な文様があり、その手に持つ杖からは、強大な自然霊の力が放出されていた。
若者は、彼らを部外者として、そして汚染の原因として憎悪に満ちた目で見つめた。
「お前たち、外から来た者たちめ!これ以上、我が島の精霊の地を汚すな!夜鴉一族と同じ、汚れた霊力の使い手め!」若者は、彼らを忍者と断定し、攻撃の姿勢を示した。
ケンジは、雷剛を抜いたが、攻撃はしなかった。この若者は、夜鴉一族の敵だ。ここで戦えば、ヤテンを追う機会を失い、この島の守護者を不必要に傷つける。
「待ってくれ!俺たちは敵じゃない!」ケンジは、静かに雷剛の刀身から、清浄な紫電の光を放った。それは、破壊の雷ではなく、鎮静と光の霊力だった。
「俺たちが追っているのは、お前たちの地を汚している夜鴉一族だ。どうか、道を示してくれ!俺たちは...この島の守護者と共に戦いたい!」
ケンジの安定した、清浄な紫電の輝きは、若者の持つ野生の霊力とは異質でありながら、どこか調和していた。若者の警戒心に、初めて戸惑いの色が浮かんだ。
新たな敵、新たな力、そして新たな協力者。ケンジたちの追跡の旅は、ここから本格的なものとなる。




