追跡者の正体と、風の刃
天翔の聖地の山を降りる彼らの逃避行は、決して楽ではなかった。ケンジの体から漏れ出す紫電の霊力は、周囲の雪や岩を焦がし、彼らの存在を隠しきれない目印となっていた。
「見つけたわ...追跡者の霊力は、やはり青雲の里の系統に属する。五大一族の一つ、**風の一族**よ!」リナが、額の汗を拭いながら警告した。
タロは驚愕した。「風の一族だと?奴らは、里の秩序を重んじることで知られている...なぜ俺たちを追う?夜鴉一族とは無関係なのか?」
「無関係ではないわ。ヤテンの儀式失敗による大規模な霊力暴発を、奴らは感知したのよ」リナは険しい顔で言った。「奴らにとって、ケンジの力は、秩序を乱す災厄。夜鴉一族が欲したのに対し、風の一族は、排除を望んでいる!」
その時、山腹を吹き降ろす風が、突然殺意を帯びた。
ヒュオオオオオオ!!
目に見えない風の刃が、樹木を紙のように切り裂きながら、彼らを襲った。
「伏せろ!」タロが叫び、体を張ってケンジを庇う。
地面に伏せた彼らの頭上を、風の刃が通過し、背後の巨大な岩壁に深く鋭い亀裂を残した。
追跡者が、山道を隔てた岩棚の上に姿を現した。彼は、青雲の里の正式な装束に、風の一族の紋章である緑の羽飾りをつけている。その男の目は冷酷で、一切の情けを含んでいない。
「私は、風の一族の風魔・リュウ。お前たち、秩序を乱す者どもを捕縛する」風魔リュウは、印を結ぶことなく、ただ手を振るだけで、風の霊力を操った。
「風遁・迅刃乱舞!」
数十本の鋭利な風の刃が、彼らに向かって一斉に襲いかかる。
「タロ、リナ、防御と撹乱だ!」ケンジは叫んだ。
タロは、手のひらに炎を凝縮させ、それを円形に展開した。炎は風を打ち消す代わりに、熱の歪みを作り出し、風の刃の軌道を僅かに狂わせた。
リナは、瞬時に幻術を起動。周囲の景色を歪ませ、彼らの正確な位置を見失わせるよう、風魔リュウの視界を攪乱した。
「ケンジ!近づきすぎるな!奴の風遁はお前の近接体術のカウンターだ!」タロが警告する。
ケンジは、自分の力の制約に苛立った。最大出力の紫電を使えば、この風の刃など一瞬で吹き飛ばせる。しかし、その暴発は、風の一族だけでなく、周囲の村々にも被害を及ぼし、クロ先生の犠牲を無駄にする。
「くそっ...最小限だ!」
ケンジは、雷剛を地面に突き立て、琥珀の勾玉に意識を集中させた。彼は、紫電の衝動を地面の奥深くに流し込み、微細な地震波を引き起こした。
ズン...
地面がわずかに揺れた。風魔リュウの足元が、一瞬、不安定になる。風遁術は、安定した足場あってこその技術だ。
「この力は...!土遁ではない...!嵐の心臓...」リュウは驚愕し、防御のために風の霊力に集中した。
その隙に、リナが最後の手段に出た。
「今よ!ケンジ、全霊力で霧を作り出せ!」
「何だと!?」
「いいからやれ!私の幻術と合わせるのよ!」
ケンジは迷いながらも、リナを信じた。彼は、体内の紫電を最小限の出力で、周囲の霊力に流し込んだ。雷の熱が、タロの火遁による残熱と合わさり、大量の雪煙と蒸気を瞬時に発生させた。
モクモクモク!
広大な霊力を持った白い霧が、峡谷を埋め尽くした。
リナは、その霧の中に、数百のケンジ、タロ、リナの幻影を作り出した。そして、本物の三人は、タロが事前に用意していた、垂直な崖を降りるためのワイヤーを使って、一気に**沿岸**へと続く垂直の崖を降下した。
「逃がすか!」風魔リュウは、幻術を打ち破ろうと、風の霊力を最大化した。しかし、リナの霊力が霧と融合しているため、幻術が深く、簡単に破れない。
三人は、崖を滑り降り、なんとか海岸沿いの岩場にたどり着いた。
「ハァ...ハァ...やったな...」タロが肩で息をする。
彼らの目の前には、広大な海が広がっていた。そして、その海を越えた先に、彼らの新たな希望、**昇月国**がある。
「これで、一時的に追跡を振り切れる」リナは言った。「風の一族は、海での戦闘を得意としない。そして、昇月国は中立国。彼らが手を出すのは難しい。」
ケンジは、海風に吹かれながら、紫電の脈動を抑え込んだ。夜鴉一族は、彼の力を欲した。風の一族は、彼の力を排除しようとした。
「世界全体が...俺を怪物と見ているのか」ケンジは、荒れる海に向かって呟いた。
「そうだ」タロが隣に立ち、海を見つめた。「だが、怪物には、怪物なりの戦い方がある。この海を越えれば、誰も知らない新たな地。そこで、お前は、その力を制御する方法を見つけるんだ。」
三人は、昇月国を目指し、海辺の小さな漁村で船を探し始めた。
彼らの旅は、陸地での追跡劇から、波瀾に富んだ海上での逃避行へと形を変えた。




