慟哭を越えて、新たな大地へ
抜け道の暗闇を這い上がり、三人は再び北方の地の寒風の中に身を晒した。しかし、彼らの心には、外気の冷たさよりも遥かに深い、クロ先生の犠牲という名の氷塊が残されていた。
ケンジは地面に崩れ落ち、無言だった。彼の両手は**雷剛**の錆びた表面を強く握りしめ、その重みだけが彼を現実世界に繋ぎ止めているようだった。彼は、自身の力が師を救えず、むしろ師の犠牲の上に立っているという事実に、打ちひしがれていた。
「...いつまでも、ここに留まるわけにはいかないわ」
最初に沈黙を破ったのはリナだった。彼女の瞳は赤く充血していたが、声は硬く、任務の司令塔としての役割を強く意識していた。
「先生の命を無駄にするわけにはいかない。私たちは生き延びる。そして、夜鴉一族が求める『嵐の心臓』の真実を掴まなくては。」
タロは、脇で静かに瞑想を終え、立ち上がった。彼の表情は厳しい。「俺は...自分の無力さに吐き気がする。影守に敗れ、先生を守れなかった。だが、その屈辱は無駄にしない。リナの言う通りだ。ケンジ、お前の力は里を巻き込む。俺たちが、お前の盾となり、同時に、お前を制御する。」
タロは、もうケンジを「落ちこぼれ」とは呼ばなかった。彼の視線は、憎しみから、責任へと変わっていた。
ケンジは顔を上げ、涙を拭った。「...どこへ行くんだ?」
「北方の地には、もう用はない」リナは地図を広げた。「奴らの手がかりが示す次の目的地は、オーラ大陸最大の都市、踊り子の街よ。交易の中心地。そこで物資を調達し、奴らの組織に関する情報を探る。」
彼らの逃避行は始まった。師の喪失という重荷を背負いながら、三人は南へと向かった。
旅は過酷だった。クロ先生がいた時は、傷つきながらも指導者としての役割を果たしてくれていたが、今は三人の未熟な忍者が全てを担わなければならない。
**役割分担**は明確だった。
リナは、幻術で彼らの霊力を覆い隠し、最低限の痕跡しか残さないよう情報と隠蔽を担当した。タロは、山で狩りや植物の知識を活かし、安全な水や食料を見つける生存術と警戒を担当した。
そしてケンジ。彼は、巨大な雷剛を運び、夜の間に薪を集めるなどの力仕事と、不意の敵に対する盾の役割を担った。
夜の焚き火のそば。タロとリナが眠りについた後、ケンジは雷剛を静かに地面に突き立てた。彼は、あの時影守を弾いた感覚を再現しようと試みた。
彼は、意識的に紫電の衝動を呼び起こした。だが、力が湧き上がるたびに、クロ先生の最期の顔がフラッシュバックし、その恐怖と罪悪感が力を暴走させた。
バチバチッ!
「くそっ...!」ケンジは雷剛から手を離し、額の汗を拭った。「感情を...抑えられねえ...!」
「その感情は、消すものじゃない」タロが暗闇から声をかけた。彼は眠っていなかった。「先生は、お前の力を否定しなかった。お前の力を導いた。お前は、先生の命と引き換えに、その力を手に入れたんだ。それは怒りではなく、覚悟として使え。」
タロは、初めてケンジに、心からの助言を与えた。その言葉は、ケンジの心に深く響いた。
数日後、三人はついに、踊り子の街の門前にたどり着いた。
街は、青雲の里とは比べ物にならないほど巨大だった。色鮮やかな商人の旗、喧騒、そして数えきれない人々の霊力の流れ。この大都市は、古代の遺物と隔絶された里の間に横たわる、現代の世界だった。
「私たちは、忍者としては目立ちすぎる」リナは、彼らの里の装束を見て言った。「ここで霊力を使えば、すぐに里の追っ手か、夜鴉一族に感知される。まずは、身なりを整え、**潜伏**するわ。」
彼らは里の忍装束を脱ぎ捨て、安価な旅人の服に着替えた。ケンジは、重い雷剛を服の下に隠すことはできず、分厚い布で包み、ギターケースのような形にして背負った。
雑踏に紛れ込み、彼らは情報収集を始めた。リナは、人々の噂や、街の霊力の流れを読み取ることに長けていた。
市場の隅で、リナは声を潜めた。
「ケンジ、タロ。聞いたわ。この街の裏側で、最近、**黒い噂**が流れている。」
「黒い噂?」タロが警戒した。
「ええ。数日後、裏社会の富豪たちが集まり、古代の遺物を競売にかけるらしい。彼らが何を競売にかけるのかは不明だけど...その競売を仕切っている人物の噂があるわ。その人物は、顔に三本の鉤爪のような印をつけている、と。」
それは、遺跡でクロ先生が見つけた、夜鴉一族の紋章だった。
「夜鴉一族...」ケンジが静かに言った。彼の声には、もう悲しみだけではなかった。師の死が、彼の心に燃えるような復讐の決意を灯していた。
「私たちはこの街に潜伏し、その競売の場に侵入する。それが、奴らの組織の全貌を探る、唯一の道だわ」リナはそう告げた。
三人の若者は、師の犠牲を胸に、巨大な闇へと続く戦いに足を踏み入れた。




