第Ⅷ話 抜刀高校
「おそらく先程見えたと思うが、あれは市街地線を想定した戦闘訓練です。我々は訓練用に回されたルノー乙型を運用しています」
驚いた。既に戦車を使い熟している。パトリオットはまともに保有してすらいないというのに、秋の歌女子から購入しざわざわ訓練まで行うとは…。
「実戦でも乙型を使ってるんですか?」
そう聞いたのは加藤。あまり深い関わりがないからよくわからん同学年の子だったが、どうやら戦闘に興味があるようだ。
「いや。実戦では八九式を主に使ってる」
「はち…きゅー?」
「イ号戦車と言えばわかるかな?」
「あー。あの台形みたいな」
「そう。イ号の強力な機動性はルノー乙型を完全に上回った。君らも使っているであろうM1917よりも断然上だ。今、あのイ号は最先端だよ」
八九式中戦車。イ号と呼ばれたあの戦車は世界的のディーゼル車である。主砲は57ミリ砲。特徴的なのはその機動性で、ルノーシリーズを上回ること、そしてどんな悪路でも走れてしまうこと。武装や機動性を見て、完璧な歩兵支援車両だと言える。しかし、イ号にも欠点がある。それが、搭乗ハッチが前面にあること。そこは柔く、弱点が丸出しなのだ。
そのまま外に向かうと、道路を八九式とヴィッカース・クロスレイ装甲車が通り過ぎて行った。
「…ヴィッカース・クロスレイ…?」
疑問だ。なぜ聖ジェームズ学園の装甲車がいる。…まさか…。
「購入した。聖ジェームズではあまり使われていないが警備用として使われている。今じゃ聖ジェームズより我々の方が多く所有している。既に主力機だ」
余談だが、聖ジェームズ学園は大量の領土を持っている。かつてパトリオットも聖ジェームズの分校だった。今から数十年前の第1期生徒会が発足した後、独立運動を開始。そのまま聖ジェームズと交戦となり独立を勝ち取ったのだ。
倉庫に案内されると、そこには先程のイ号やヴィッカース・クロスレイ、ルノー乙型の他、オースチン装甲車、マークⅣ戦車、試製一号重戦車、九四式トラックなどが展示されていた。こんなにも近代化が進んでいるのか。だが、ほとんどが他校からの購入品だ。あのイ号が登場したというのなら、他校からの購入は少なくなる。情報が必要になってくるわけだ。
「…あの、これⅠ号戦車ですよね?」
会長が質問した。
「そうですよ。ですが旗袍製ですのでゼーレヴェの物ではありませんよ。戦場から持ち帰ってきたんです」
Ⅰ号戦車。ゼーレヴェ高校がⅡ号戦車を配備する前に主力となっていた機体だ。豆戦車というカテゴリに入る。だが、そんな可愛らしいカテゴリなくせに凶暴で、悪路も軽々と乗り越え、機動性は圧倒的に高く、MG13機関銃を搭載している。装甲は薄いが、その機動性は非常に恐るべきもの。後にこれはミニマウスと呼ばれるようになる。
因むが、旗袍高校とは現在、抜刀は敵対かつ戦闘状態。パトリオットの写真部が撮影をしているが、非常に激戦だという。彼ら旗袍も武器を他校に頼っているようで、おそらくこれは裏でゼーレヴェから購入したものだろう。
「いだっ」
「あぁごめんなさい!」
俺の背中にぶつかってきたのは抜刀の生徒…。でも見覚えのある顔だ。副会長の千歳さんだった。
「ちょっと千歳〜」
「申し訳ない、よそ見をしていた…。怪我は大丈夫だろうか?」
「いえいえ!千歳副会長もお怪我はありませんか?」
しゃがんで身長を合わせたその時だった。千歳副会長が耳打ちをした。
「長居は危険だ」
そう喋った。
「え?」
「ん?どうした?」
「い、いえ」
「千歳。あまり無礼な態度は取らないでよ」
「分かってる。失礼するよ」
長居は危険。俺は伊藤会長が説明を再開した時にバレないよう会長へ伝えた。
「高峰君、ありがとう」
会長は少し目を鋭くしていた。抜刀の生徒がたまに俺達のことを見ていたからだ。そして、伊藤会長を警戒している。側からは緊張していたり、他校の生徒が訪問しているため噂をしているだけかと思うだろうが違う。俺も会長の目を見て察した。同時に村瀬先輩もだ。
「よし。次は射撃訓練場に」
「伊藤会長。誠に申し訳ないのですが、この後我々は文化祭の準備があるので、お暇させていただきます」
「そうでしたか!それはそれは、私が一方的に話してしまってすみません」
「いえいえ!我々もただ質問するだけですみませんでした…」
こうして俺達は去った。
駅で電車を待ちながら、会長は言い放つ。
「危なかったね。ありがとう高峰君」
「いえ。抜刀の副会長が何も言わなかったらどうなっていたことか…」
「どゆこと?」
加藤の頭にハテナが浮かぶ。
「抜刀の生徒会、私達に情報を喋らせる気だった。きっとM1軽戦車とM1ガーランドのことを聞きたかったのかな。それに周りの生徒は何人か監視役。怪しい動きがないか見られてた」
旗袍と交戦してから抜刀は変わってしまった。少し前から軍拡をしていたが、ここまでのものとは…。
「…とりあえず、これは定例会で話そう」