優しさ
危なすぎる結婚式で倒れてから数時間後――
夜中になって、私は目を覚ました。
隣で、かすかな寝息が聴こえる。
…寝息?
「う、わ」
隣に魔王が寝ていた。
えっと、まだ色々大丈夫かな??
うん、ちゃんと服着てる、大丈夫だよね。
「うう…ん」
魔王が寝返りを打って、目を覚ました。
「なんだ、起きたのか…ふああ…」
たいして驚いた様子もなく、魔王があくびをする。
呑気すぎる。私はこんなにも色々と不安なのに。
「安心しろ…別に何もしちゃいない。そこまで俺が飢えていると思うか…?」
あー、なるほど、魔王はモテモテですものね!
私なんか居たところで、手を出す価値もないっていうか、間に合ってますもんね!!
魔王のデリカシーのない発言で一気に自虐的になり、勝手に意識してしまった自分にちょっとムカつきながらも平静を装う。
「なんで魔王様がこんな私なんかと一緒に同じベッドで寝てるんでしょうか!」
嫌味っぽく言うと、魔王は即答。
「そりゃお前、夫婦だからだろ」
「夫婦ですね、確かに。でも、まだあなたの名前すら知らないので、夫婦といえどまだまだ他人なのでは?」
「ふーん、一理あるな…」
「俺の名前は、アバラムだ。魔王アバラム。夫婦になるために名前が必要ならば、お前の名はなんだ?」
「…アバラム…。私は…その…」
思い出せない。
口ごもっていると、魔王は数秒間こちらをじーっと見つめたのちこう言った。
「名前、教えたくないのなら俺がつけてやる。そうだなぁ…、可愛い名がいいな!」
「リリア、なんてどうだ?いい名前だろう!」
なんだか楽しそうに、彼は私に名前をつける。
魔王が考える可愛い名前…ってどんなのかとヒヤヒヤしたけど、割となじむかも…?
「リリア…私は、じゃあ、とりあえずリリアなのね。わかりました」
「飲み込みが早いな。気に入ったようでなによりだ」
じゃ、おやすみ。と言って魔王はまた横になり、寝息を立て始める。
どこか掴みどころのないやつだ、と思う。
そして意外に、意外になんだけど、少し話しやすい…かも。
私の前で無防備に寝てしまうし、魔王ってこんなんだったっけ…。
「…」
私も寝よう。もう色々ありすぎて疲れちゃった。
この魔王とやらは、私にそういう気は起こさないみたいだし。
「…へんなやつ…」
私はつぶやきながらいつのまにか眠りに落ちた。
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あれから1週間――
カンカンカーンといういつものうるさいチャイルのフライパンとおたまの目覚ましにも大分慣れてきた。
魔王、もといアバラムは相変わらず私と同じベッドで寝ている…
…寝ているのだが!!
まだ一度もアレな事がない。
え、これって普通?あの人ってもしかしてそういうの興味ない人なの??
それとももしかして外にハーレムとか作っていて、間に合ってます的なことなの?
魔王ならありえる…。
「…いや、そりゃーそうだよね!夫婦って言ってもさ、この間知り合ったばっかりだし、まだお友達ですらないし!なんたってあれ魔王だし!」
ちょっとだけ寂しい気もするが、何を期待するでもない。
別に恋愛して結婚したわけじゃないし。
友達…とかでもないし。
「なんなんだろう、この関係」
一緒のベッドで寝る人?添い寝担当私??
「私って…アバラムのおもちゃなのかな…」
混乱して、なんだか頭痛もする。
ここでも私、どうでもいい存在なのかな…。
そんな考えに支配されそうになる。
異世界、というか魔界に連れてこられ、突然の結婚。
「お前は俺の妻になる女だ。これからこの魔界含め、魔王である俺のことも「すべて」を知ってもらうつもりだ」
すべて…魔界のすべてってなんだろう。
魔王の妻なのだから、これから英才教育でもはじまるのだろうか。
勉強…やだなぁ。
そんな事を考えながら、今日も妙にゴシックな黒いワンピースで階下へ降りていく。
「おいリリア、遅かったな。食事冷めちまったぞ」
「うん…ごめんなさい、ちょっと頭が痛くて」
「大丈夫か…?ちょっと待ってろ」
頭痛薬でも探してくれるのかな?っていうか、ここは魔界だった…頭痛薬とかないよね…。
こちらに歩いてきたアバラムが、彼を見上げる私の額に手をそっと当てた。
「うーん、熱はないようだが…、頭痛に効く薬草があったはずだ。今持ってこさせる」
ドキ…
心臓がなぜか急に跳ねた。
なんか、急にそんなふうに優しくされるとは思っていなくて…少し涙が出そうになる。
人間界では、いじめられて、死んで、最期まで誰も分かってくれなかった。
親にだって、そんなの気にしすぎと言われた。
それなのに、アバラムは頭痛がすると言っただけで、こうして薬を用意してくれて。
「…なんなの…」
アバラムがわからない。
なんで見ず知らずの私を花嫁にして、こうして優しくしてくれるのか。
なにか理由はあるはずだけど、私にはわからない。
肝心なところをアバラムはまだ話してくれていない。
だけど、なんて言って聞き出せばいいのかもわからないよ。
ただ…、その久々に感じる優しさに、私は立ち尽くすばかりだった。