「結婚式」
…血が出てる…このカラス。
かわいそうに…、どこかで怪我したのかな…
お母さん、ごめんこの子怪我してて、治るまでだから…
良かった…もう大丈夫だね!
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「もう…大丈夫…」
目が覚めると、そこは家ではなかった。
一人きりで、広いダブルベッド、天蓋付きだ。
そっか…、私は今、魔界に…いるんだっけ…。
不意に、カンカンカーーーーンとけたたましい音がどこからか聞こえてきた。
私の部屋の前でその音はぴたりと止まる。
起き上がり、大きなドアを開けると、ひょこっと現れたこの間の金髪の目付きの悪い少女が、手にフライパンとおたまを持ち立っていた。
どうやらそれを城中でずっと叩いて鳴らしていたらしい。
「あんたさぁ~~寝坊助にもほどがあるんじゃなぁ~い?もう魔王様起きて朝食も終わったわよ~」
そういえば、昨日あんまり食べてなかったんだった…。
ぐぅ~と見計らったかのようにお腹の音が。
「ほぉらぁ~ご飯いくわよ~」
背中をぐいぐい押され、なすがままにはたまた広くてがらんとした部屋に連れて行かれる。
ここは一応食事を摂る部屋らしく、よく映画や漫画に出てくるようなながーいテーブルが置かれ、
無数の椅子が並んでいた。
銀色のキャンドルが輝き、銀の食器に反射する。
きっと、普通ならため息が出るほど贅沢なんだと思う。
ただ、素直に喜んだり出来ないのは、今日が魔王との結婚式だからだ。
どんな式なんだろう、親族もいないし、普通の結婚式とはきっと違う。
少しだけ、緊張してきた。
食事をしながらも、金髪の少女は早く食べろとせっついてくる。
早く食べすぎてせっかくの豪華な朝食は、味も何もしたもんじゃない…。
まぁいっか…。どうせこれから毎日ここで過ごすんだし。
もう諦めの境地だ。
だって、拒否したところで行く宛もない。
人生2周目は、とんでもない状況からはじまったけど、もうどうだっていい。
なるようにしかならないし、いじめ続けられたあの人間界での日々よりはもしかするとマシかも…?
そんなことをぼんやりと考えていたら、金髪の少女、名前はええっと、チャイルだっけ。
彼女がぐいぐい押してきて、今度は着替えだと言う。
「魔王様の結婚式なんだから、それはそれはゴーーーージャスなドレスを着ないと駄目なのよ!あんたわかってんのぉ?」
だそうだ。
テキパキとドレスを着せるチャイル。
無の表情のまま、着せられてる私。
「っていうか…、チャイルさん、この城の使用人ってあなた一人しかいないの?」
何気なく聞いてみた。
チャイルは手を動かしながら、あーと言って
「何人もいるわよぉ?この間謁見の間にいっぱいいたでしょ~あれ全部使用人よ」
「え、あれ全部…?」
なんだかそういえば沢山スーツみたいなの着た人がぞろぞろ居たけど…
「えっと、じゃああの人達は全員魔族、ってやつなの…?」
はぁ~~~~っと盛大なため息が聞こえた。
「あったりまえでしょ~?ここは魔界よ?しっかりしてよねぇ花嫁さん」
もう質問はなし。といい、チャイルは不機嫌そうに準備を続けた。
派手めな化粧を施された自分の顔は、学生だった時とは違って垢抜けた感じがする。
ドレスなんて、はじめてだし。髪をこんなに高く結い上げたこともなかった。
花嫁さん。
その言葉が、現実味を帯びてきた気がした。
魔王の花嫁というのはどんなに考えても普通の夫婦のような生活をするとは思えないけど…
意外とあったかいカテイ…だったりする…?
いやいやいや。絶対ないでしょ。魔王とあったかい家庭とが全く結びつかない。
駄目だ、想像するだけネガティブなイメージがどんどん膨らむ。
とにかく、無でいよう。何も考えない。
なるようになる。うん、そうだ。なるようになる。よね?
支度が終わり、もういつでも式を挙げられる準備が整った。
いよいよだ。
控えの間から、会場の方が少しだけ見えるので、待機している間はチラチラとカーテンの間からこっそりと、参列者達を観察してみた。
イメージ通り、角が生えた者もいれば、尻尾が生えているものもいる。
羽が生えている者、牙が生えているもの、耳の長い者。まあファンタジーによくある魔族の風貌だ。
しかし、それと同じくらいに人間そのものの風貌の者たちも多かった。
魔族と一括りに言っても、人間と変わらぬ見た目の者もいっぱいいるんだな…と、少しだけ安心した。
確かにチャイルさんも、そこまで人間と変わらなかったな…。
ざわざわと辺りが騒がしくなってきた。
い、いよいよ、はじまる。結婚式。
胸が少しドキドキして、チャイルから教え込まれた段取りを必死に思い出す。
チャイルからは、「失敗はぁ~許されないわよ?」と言われている。
うわ、あの人だ。
魔王様が来たら、次は私がここから歩いていって、なにかの儀式をする。と聞いた。
儀式ってなんだろう…。
疑問はたくさんあったが、それを振り払い足を進める。
主役の二人が揃い、
「それでは、儀式を始める…!」
司会進行の鷹の頭をした魔族がよく通る声で言った。
「魔王様、これを」
その鷹の男から、魔王はなにか短剣のような鋭いものを受け取っている。
「花嫁、入刀…!」
は、花嫁入刀???????
ちょっとまって、何かのギャグでしょうか。
「おらじっとしろ、間違えて動脈切っちまう」
手をむんずと強く掴まれ、その短剣を手のひらに押し当てられる。
やだやだやだ、痛いのやだ…!!!
必死で抵抗しようとしてみたがまるで無駄。
刃が立たないっていうか、刃を立てられてる。
「なにこれ、聞いてないこんなの聞いてないーーーーーわーーん」
子どもみたいに半泣き状態で、嫌がる私の手のひらに刃を押し当てる。
結婚指輪交換とかじゃなくて、血痕指輪交換なのか、そうなのか魔界。
「あーーーもうらちがあかねぇ!」
魔王がしびれを切らして、短剣を投げ捨てた。
そして、何を思ったか手のひらにガブリと噛みつく。
「いっ…!!!!!?????」
鋭い牙のようになっている犬歯を、手のひらにプツっと突き立てて、みるみる血が出てくる。
それをジュルジュルと音を立てて、魔王が吸い取っている。
血痕式…
なのね…
痛みと、血を抜かれていく感覚でフラフラし、ついに目の前が真っ暗になった…。
なにか聞こえた気がするが、もう何もわからない…。
とんでもない式はそうして唐突に始まり、唐突に終わった。