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「運命」

私は、今から死ぬ。

誰がなんと言おうと、死ぬ。

ありきたりな校舎の屋上で、少し強い風を感じながら、上履きを揃えてフェンスの向こう側においた。


ひとつ、足を踏み出せばすぐにこの世からいなくなれるんだ。

いじめて来たやつらは、おそらく悲しみもしないだろう。

きっと私がいなくなっても、動揺くらいはするかもしれないが、そのうちいつもの日常へと帰ってゆく。

人間一人の命は軽いもんだ。ある日突然、ぱっと消えてなくなってしまう。

そんなものだと、思う。


ただ、その重さもわかっているつもりだ。

儚いからこそ、人は懸命にその一生を全うしようとする。なにか、ちっぽけな自分でも残せるものがあるんじゃないかって、かすかな希望を抱いて。


だけど、私にはもう残せるものも、残したいものも何も無いと思った。

この世界の中で、必死に生きていくためのパワーのようなものを失って、ただ宙ぶらりんな承認欲求だけがそこにある。

誰かに認めてほしかった。ただ、仲良く、みんなと楽しい毎日を送るはずだったんだ。

なのに、彼女達がそれを許さなかった。

いじめはずっと続いた。

朝学校に来ると、必ず「死ねよお前」、と私にだけ聞こえる声で言われ、

掃除の時間は雑巾がけを押し付けられ、教室を一人で這いつくばって雑巾をかけた。


ただの、いじめ。

ただ、私がきっと弱かっただけ。

みっともなくて、嫌われただけ。


全部、私のせいなんだ。

ただ、せめて死ぬタイミングくらい自分で決めたかった。





風が強くなってきて、身体が煽られ揺らぐ。

長く伸ばした髪も顔にへばりついてくるので、前が見えない。

もう少し、風が落ち着いたら飛び降りよう。


そう思った刹那、轟々と音を立ててここ一番の強風が吹いた。

足元がぐらつき、バランスを崩す。



「ああ…、私って、死ぬタイミングさえ自分で選べないまま死ぬんだ…」


不思議と落ちていく自分を自覚しながら、世界はゆっくりと動くように感じる。

そして、ぼんやりと焦りさえ感じないまま、世界は暗転した。


………………………………………………………………………………………………


風はやまない。

耳元でヒューヒューと音を立てている。


なぜ私はまだ、音を聞いているんだろう。

天国の風はそんなにも強いのだろうか?


さっきから「なにか」が身体を強く掴んでいる気がして、そっと目を開けてみる。

そこは見たこともない赤と黒の空。

…と、見たこともない黒髪の男。


「うわあっ…!???」


思わず声を上げて、彼にしがみついた。


「やっと起きたか」


無表情なその男は、しっかりと私を抱えたまま、ぶっきらぼうに言った。


「私、死んでない…?!」


っていうか、空、もしかして飛んでる…?

下を見る勇気はなかった。

ただ、ものすごい勢いで飛んでいるらしく、なにかバサバサと羽ばたくような音がずっと聞こえている。


えっと、男の人が私をお姫様抱っこ?してて、、それで、、なぜか私は空を飛んでいるらしい。

少し冷静になって整理してみても、ちょっと意味がわからないけど。


「お前は今、魔界にいる」

「えっ…ま、魔界…???というか、あなたは一体だ…」


「急降下する。舌を噛むからだまれ」


私の質問を遮り、ガクっと落ちる感覚。


「い、いやぁああああああ」


しがみつくのがやっとで、落ちていく夢を見たときのような地に足のつかない恐ろしい感覚に目をぎゅっとつぶった。



やがて、男はトスっという急降下した割にまったく重さのない音を立てて着地したようだ。

「もう目を開けていいぞ、着いた」


「着いたって、どこに…?」


「言っただろう?魔界だここは。魔王の城に着いたんだ。お前少しバカだな」


「バ…!!!?」


「おらよっと、自分で立て」


ドサッ


ありえない。こいつ、私を荷物みたいに転がしやがった…。

しかもバカって言った。


ていうか、魔界?????

私は生きてるのか死んでるのかもわからず、頭が混乱した。

えっと、魔界って地獄にあるんだっけ…??

ひょっとして、生前の行いが悪すぎて地獄に来ちゃった…???


「…地獄って本当にあるんだ…はは…」


「何さっきからぶつぶつ言ってる。地獄でも天国でもないぞここは。その下にある世界、それが魔界だ。少しは勉強しろ」


これだから人間は…と男もぶつぶつと言い始めた。


「え…じゃあ、私は?死んでるわけでも、生きてるわけでもないの?どういうこと???」


「いや、お前は確かに死んだ。あの屋上から落ちてな。見るに絶えず、俺が魂を拾って来ただけだ」


「拾ったって…そんな子犬みたいな…」


「ちゃんと身体も魔界仕様にして復活させといた。感謝してくれてもいいぞ」


魔界仕様ってなんじゃそりゃ…。

じゃあ私は死んで、魔界仕様とやらの身体にされて魔界で復活したってこと?

ううん…。まだ状況についていけないけど、そういうことなのかな…。


私が頭を抱えているのを見て、男はふふっと笑みを浮かべた。

そして仰々しくお辞儀をするかっこうで言った――。


「ようこそ魔界へ、人間「だった」魂ちゃん」



………………………………………………………………………………………………………………


そこからは目まぐるしかった。

なんだか不気味な黒いレンガで出来たお城のような場所に連れて行かれ、ただっぴろいが豪奢な家具の揃えられた部屋を与えられた。

すべてが黒と赤を基調とした作りで、まるで昔本で読んだドラキュラの住む城のようだ。

服は死んだ時のままだったので、新しくこれまたゴシック調のドレスと言ってもいいような、

生前の自分じゃ絶対に着ないようなデザインの服を与えられたので、とりあえず着てみた。

ビロードの生地が意外に肌にフィットする。悪くはない。


しばらくは、部屋の窓から外を見てみたり、いけてある花を眺めたりして、時間をつぶす。


「呼びにくるまでは自由だ。ゆっくりしてろ」

それだけ男は言い放ち、スタスタと城の何処かへ行ってしまった。


「…説明不足すぎませんか…?」


男をちょっとぶん殴りたいような気持ちになりつつもぐっとこらえ、

やることもないので黒いレースの天蓋付きのベッドに腰掛けた。


と、しばらくしてガチャリと音を立てて扉が開いた。

扉を開けたのは、小さなメイド服を着た目付きの悪い金髪の少女。

身構えていると、少女は部屋に入ってきて、私の前に立つ。

そして、ぐいーっと顔を近づけた。

でっかい薄い水色の瞳が私を睨めつけ、品定めするかのように上から下まで眺めた。

ふんっと鼻を鳴らし、

「あんたさぁ、可愛くないわね!」

とふてぶてしく言った。


どいつもこいつも、この魔界とやらの住人は説明もなく唐突にあれこれ言い出す…。

なんで死んでまでこんな失礼極まりないやつらの相手をしなくちゃならんのよ…。


「失礼なのはあんたでしょぉ?挨拶もろくに出来ないんだから!」


「えっ…?私の考えてること、わかるの…?」


「ふん、あたしは心が読めるんだから!当たり前でしょお」


心を読まれた。

魔界って恐ろしいな…。

いきなり部屋に入ってきて、何かと思えば乱暴な物言いで…



「失礼も何も、私はここのことなんにもわからないし、あなたは急に入ってくるし挨拶なんてする暇なかったの」


「ふうん?まぁだそんなこと言ってんの?…じきに、魔王様のお嫁さんになるくせにぃ?」


「は??????」


「だぁからぁ!あんた魔王様の嫁になんのよ!だからここにいるんじゃないのぉ」


聞いてない聞いてない聞いてない…!!!!!!

なんにも聞いてないよそんなこと!


「…嫁って…それで私を魔界に転生させたってこと…?」


「そぉーゆぅーことぉーーなんだ、わかってんじゃないの」


なんだか…すごい事になってきてしまったぞ…。


「それにしても、なぁんであんたなんかが超絶美形の完璧な魔王様の妻になんかなるのかしらぁ」

「超絶美形…」

「そ!魔王様はこの世で一番美しくて、頭も良くて、全魔族の憧れなのよっ!それをあんたみたいな小娘がかっさらうんだから意味わかんないわよねぇーー」

「小娘って」


少女にまさかの小娘と言われ、小娘はお前だろー!!と叫びながら壁を殴りたくなった。

もしかして、、この子って見た目によらず実は100歳ですーとかいうオチ???


「うっさいなぁ、100年以上生きてるわよ!ほんと失礼な人ぉ」


「心読むのやめてってば!!」


「ほらさっさと魔王様に謁見しにいくわよ!不本意だけど、あたしが連れてこいって言われたんだから!恥かかせないでよねぇ」


少しばかりムカついているが、もうこうなると拒否権まったくない雰囲気。

言われたとおりにするしかないのか…。うう。


…………………………………………………………………………………………………………


広間を抜けて、大きくて長い階段を登り、その魔王様の謁見の間とやらに着いた。

中央に仰々しく置かれた、背の高い椅子は、銀の縁取りで、かなりお高そう。


「魔王様の~おな~り~」


なんだその殿様の登場みたいなセリフは。


少し間があり、真っ黒なマントを翻しながら魔王らしき人が現れ、銀の椅子に偉そうな態度で座った。


「えっ…あの人…私を運んでた人じゃ…」


間違いない、空を飛んで私を抱きかかえてた黒髪の男だ。

まさか、、あれが魔王だったなんて…。

というか、魔王ってあんなに若いの…?もっと角とか生えてるおじさんをイメージしてた…。


「前へ」


自分に言われているのだとわかるまで少し時間がかかったが、王座の方へとりあえず進み出る。


「チャイルから聞いているかもしれないが…、お前は俺の妻になる女だ。これからこの魔界含め、魔王である俺のことも「すべて」を知ってもらうつもりだ」


「あの…」


「なんだ?」


「お気持ちは嬉しいですが…私は、魔王…様の妻になどはなれません」


「ほお?それで?」


「私は、生前はただの人間ですし、死のうと思って死んだので…今更結婚するとかそういうの考えられませんし、あなたのことも知るつもりはありません」


そうだ。

私は死のうと思ってた。

なのに勝手に転生させられて、しかもおまけに勝手に!魔王の妻にさせられるなんてごめんだ。

第一、恋愛とかする気持ちになんかなれない。

自分は、愛される資格も、愛す資格もないのだから。


手を握りしめ、歯を食いしばる。

そう、私はなんの価値もない、ただの人間だったもの。

今となっては、魂さえ(いじ)られて、何になったかもわからない。

どこにもいない、ただの抜け殻だ。


魔王は、しばらく何かを考えている様子だったが、立ち上がる。

叱責される…。そう思って目をつぶった瞬間、降りてきた言葉は。


「確かに!お前の言う通り、むしろ死を望んで、すべてを諦めて一度死んだ!だが、それがなんだと言うんだ?」


魔王がこちらへ静かに近づいてきた。

そして、長い指で私の顎をくいっと上に向けさせる。

ニィ…と尖った牙をのぞかせながら不敵な笑みを浮かべると、言い放つ。


「だから生きる喜びってやつを、これからゆっくり…じっくりと教えてやる。身体にも、心にもな」


カッと頬が熱くなる。

生きてもいない、死んでもいない、そんな私が、赤面している。

生きる喜び…?魔王が、そんなセリフを言うだなんて…。


「そんな…私は…」

「ここに来た時点で、もうお前の運命は決まっている。そのために俺が転生させたのだから」


もう覚悟を決めろ。と彼は言った。

まだ熱い頬に手を当てながら、このなんとも言えない妖しい笑みを浮かべる彼を、私は直視出来ずに、ただただ戸惑うことしか出来なかった。

一体、これからどうなってしまうのだろう。

本当に妻にされるのだと思うけれど、、まさかこの人を私は愛することになるのだろうか…。

それとも、ただの飾りの妻のように、仮面夫婦になるのだろうか。

わからない。

わからないけれど…彼はおそらく本気なのだ。


…従うしかない。


そう思った。

そう思わざるを得ないほどの謎めいた説得力が、彼にはあった。

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