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第3話 肉好きの若者が、閃いて、拘る話。

「お主、なんぞ訳ありだろうとは思っとったが…何というか、変じゃな。」

「あー、えっと…。」

「さっきのレッドボアも、普通は見えんしの。」


確かに、自分でも何故見えたのかは分からない。

見えたことは事実だが、自分でもはっきり分からない事実は、怖い一面もある。


「まあ、邪悪な雰囲気を感じるわけでもなし、あまり考えすぎてもしょうがないの。」

「はい…、そう思うことにします。」


老人に「邪悪ではない」と断言されたことで、何となくではあるが安心した若者。

もちろん未だ不安が無いわけではないが、あまり拘り過ぎてもだめなのだろう。


「さて、つまり、殺さずに捕まえられないか、じゃったか?」


老人が話を戻す。


「はい。例えば先ほど仕留めたレッドボアですが、殺してしまっては血抜きが上手くいかない気がします。できれば、頭部を打突するか、電撃のような強めの刺激で気絶させて、それから血抜きをするのが良いのではないかと思います。」

「ふむ…殺さずとな?」

「はい。そして、気絶させたまま心臓に近い部分の血管を切断して、血抜きをします。やり方は私が指示できると思います。」

「つまり生きたまま血抜きということじゃな?」

「はい。」

「やはり、変な奴じゃの。」

「そう、ですか?」

「とはいえ、何やら面白いことになりそうじゃの。先ほどの丘までいくぞい。」


――――――――――――――――――――――――


食事を一区切りさせて、再び小高い丘へやってきた二人。

先ほどと同じように周囲を見渡す老人と、その老人の様子を見守る若者。


「ん、おったおった…いや、あれはキングボアじゃな」


と、老人が先ほどレッドボアを見つけた方向とは別の方向を見ながら呟く。


「レッドボアとは何か違いがあるんですか?」

と若者が尋ねると、老人は、

「討伐難易度が高い、かの。」

と答えた。


「それはつまり?」

「レッドボアよりは強いということじゃ。ランクでいったら、Bくらいかの。」


ランクとは、魔物の討伐難易度を示す目安のことで、一般的にはEからA、その上にSがあるらしい。

また個体差や環境などによって、AAなど文字を重ねて難易度が引き上げられるそうだ。


「普通に生活しておれば、C以上の魔物はめったに見れん。」

「そうなんですか…じゃあ結構珍しい魔物ですか?」

「この台地は魔物の生息具合もかなり特殊での。ここなら珍しくもないの。」


若者が、他の場所と比べて強い魔物が多いということでしょうか、と問うと老人は、

「それか、凶悪、と言い換えてもよいの。」

と答える。


老人の物騒な表現に眉間に皺を寄せる若者。


そんな若者に対して、

「まあ、儂にはEもSも一緒じゃよ。」

と笑いながら付け加えた一言は、実力に裏打ちされた気遣いなのだろうと感謝する若者だった。


「さて、ではとりあえずやってみるかの。」

というと老人は、先ほどのレッドボアの時とは少し違った動きを見せる。

両手で虚空に模様を描いているが、少し手の振り方が大きい気がする。


「先ほどの件、コツは、何かあるかの。」

若者は老人が何をしようとしているのかは分からない。

ただ、何となく、雷に似た現象を起こそうとしている気がした。


そこで若者が、

「頭部にショックを集中させるのと、衝撃が強すぎても駄目です。」

と言うと、老人は、難しい注文じゃの、と言いつつ素早く手を振り始めた。


するとキングボアの左右に丸い模様が出現する。

その模様の間に、この距離からでも見えるくらいの眩しい光が弾け飛ぶ。


そして、その光から一瞬遅れて届いた破裂音。


……。


「さて、どうなったかの?」


若者が目を凝らす。

やはり、見える。何故かは分からないが。


「キングボアが倒れていますが、死んではいないようです。」

「うまくいったようじゃな。とりあえず運ぶかの。」

「お願いします。あと、できれば急いで…。」

「ん?」

「どのくらい気絶しているか、分からないので。」

「おお。そうか。」


老人が多少慌ただしく両手を回すと、ふよふよと浮き始めるキングボアの巨体。

レッドボアより二回りは大きいであろう巨体は、レッドボアの時より更に速く、家の方向へと飛んで行った。


――――――――――――――――――――――――


「じゃあ、解体します。ますは、首のあたりを切ります。」

「ふむふむ。」


光る剣が踊る。


「細かい作業になりますが、大丈夫ですか?」

「魔導七賢筆頭の実力をなめるでないぞ。」


何やらよく分からんが大丈夫そうだ。

あと急に出てきた称号が気になる。


「じゃあ、この部分を切って、逆さにつるしてください。」

「うむ。こうじゃな。」


キングボアの体躯がビクンビクンと跳ねるように痙攣し、血が滴る。

しかしそれも束の間、やがてキングボアの動きが止まる。


「では、ここから真っすぐ下に切って、皮を剥ぐ準備をします。足は表面に沿って丸く切って…、いや、切り落としていいです。」

「ん?こんな感じかの?」

「はい。皮は、使えますか?」

「キングボアの皮は鎧や小手なんぞに加工するから使い道はあるの。」

「わかりました。では皮は保管で。」

「次はどうするのじゃ?」

「では…。」


若者の指示を聞きながら、老人が解体を進める。

おしりの部分を除去しつつ、内臓を取り出し、頭を落とす。


「水かぬるま湯で血や汚れを流したいのですが…。」

「ではこれを使ってみるのじゃ。」


老人はどこからともなく小さな金属製の棒を取り出した。


「ここを持って適当に念じれば、棒の先から水がでるからの。まあやってみい。」


適当に念じるって…、と思いつつやってみる。


ブブブブブシュ―。


ぉおう、とわずかにのけ反る若者。

凄い勢いで棒から水が出ている。

そして気をそらすと勝手に止まる。


「そこそこ便利な魔道具じゃが、勢いがありすぎるのが微妙じゃな。」

「調整は?」

「できん。」


なるほど、使い道が難しい。

とはいえ、今回に限ってこの勢いは悪くない。


そして剥皮。

背骨に沿って真っ二つに背割り。


もう一度水を出して全体を洗う。


枝肉になった全体を見渡し、特段の瑕疵もなく綺麗な状態にほっとする若者。


「うーむ。手間がかかっとるな。」

「そうですか?」

「ここまで丁寧に捌くのは、普通は難しいの。特にキングボアはでかいしの。」


確かにでかい。人力だけで解体するのは相当な手間だろう。


「とはいえ、おいしく食べるためですから。」

「お主がそういうのなら、何かあるんじゃろうな。では、このまま家に持って帰って食べるかの?」

「いえ、まだ食べません。」

「ん?」


綺麗に整った枝肉を前に、若者は老人に問いかける。

「えっと、氷室はできますか?」

できれば凍らない程度の低温で保管して熟成させたい、と若者は言う。

「なかなか拘るの。」

何故、自分がそこまで拘るのか、若者自身も不思議だ。

あるのは本能、こうすれば肉はもっと美味くなる、だけである。


「で、どのくらい保管するのじゃ?」

「2週間、いえ、1ヶ月ほど保管したいと思います。」

「1ヶ月?」

「はい。」

「すぐには食わんのか…。」


何やら下がり気分な老人を見て、結構期待させてしまっていたかと、謝る若者。

一部切り出して食べてもよいですよ、という若者に、老人は問題ないと笑みを返す。


「まあ特に腹が減っているわけでもなし、楽しみは取っておくかの。」

というと、若者に帰路を促す老人だった。

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