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第2話 肉好きの若者が、老人と狩りをする話。

老人の家を出て、先ほど歩いてきた草原とは反対の方向にしばし歩くと、小高い丘に出た。

周囲を見渡すと、森に囲まれているように見える。


「というか、ここだけ森が無い…のか?」

若者が呟くと、老人は、

「家を建てるときにこの辺の森を拓いたからの。」

と答えた。


「つまり、この一帯は森だったということですか?」

「じゃの。」


丘の周りに広がる草原。

流れる小川。


広い。


「森を拓くのは大変だったのでは…とか思っとるかの?」

「はい。」

「まあ、儂じゃからな。それほど難しいものでもないの。」


昼間も暗いような森の中じゃと気分も暗くなりそうだったからの、と老人は笑うが、この広さを拓く作業を、さも片手間のように語るほどの力の持ち主なのだろうと若者は感嘆した。


「それから一応注意しとくが、儂からあまり離れん方がよいぞ。いろんなものがおるのでな。」

笑顔のままで注意する老人。


「はい。分かっているつもりです。」

真剣な表情で返す若者。もちろん一人でウロウロするつもりはない。


そんな話をしながら、ゆっくりと辺りを見渡した老人は、ある一点を見据えると「お、いたの。」と呟く。


「何か、見えましたか?」

「あれじゃよ。見えるかの。」


老人が指さす方向を凝視したが、若者にはただの森にしか見えない。


「森しか見えません。」

「あそこにレッドボアが1匹でうろうろしとる。今夜の食事はあいつの肉じゃな。まあまあ美味い。」


そんな会話の中、若者は、何故か「肉」という単語に心が揺さぶられるのを感じた。

そして、突然体の奥から力が湧いてくるような、妙な感覚に気付いた。


「ん?どうした。」


若者の微妙な変化を察知したように老人が言うと、若者は、「いや、何か妙な感覚が…」と答えつつ、急に生じた視界の変化に戸惑う。


さっきまで全く見えなかったのに、今はレッドボアがうろうろしている様子が鮮明に見える。


「急に見えるようになりました。」

「レッドボアがかの。」

「はい。急に。」


急に、というところを重ねて強調した若者は、続けて言う。


「何故かはわかりませんが…」


すると老人は、

「お主も何やら事情を抱えておるようじゃの。とはいえ、今は獲物を捕まえるのが先じゃ。見ておれ。」

というと、右手で虚空に模様を描く。


その模様の中心から一筋の光がレッドボアのいる方向に駆け抜ける。

そしてレッドボアがこちらを向いた瞬間、眉間に光が刺さる。


左手で似たような模様を描くと、おそらく絶命したであろうレッドボアが宙に浮かび、こちらへ向かってくる。


視認すら難しいような場所にいる獲物を、いとも簡単に仕留める様子を見て、若者は息をのむ。

少なくともこの老人の実力が生半可ではないのは明らかだ。


「すごい…。」


ただ、さっきから微妙な違和感を感じている。

何かはわからないが、何か重要なことを忘れているような感覚だ。

「どうせ2人しか食べないのじゃから、これで十分じゃろ。帰るぞい。」

と老人はさっさと丘を降りていく。

そして、遠くから向かってきたレッドボアが、二人の上を通り過ぎて家の方角に飛び去って行く。


一連の様子を見守っていた若者は、先ほどの僅かな違和感の正体が分からず戸惑っていたものの、はっと我に返ると、老人の後をついていく。


そして、出会った時の気安い対応は、老人の実力の裏返しか…と、何となく合点がいったのだった。


――――――――――――――――――――――――


家に戻った老人は、どうやら解体の経験もあるようで、宙に浮かせたままのレッドボアを庭の一角で手早く捌き始めた。


まず、左手を軽く振り、地面を陥没させて大きめの穴を作りながら、右手で淡く光る透明な刃を数本作り出す。


「魔導光臨奥義『光の剣』、じゃよ。最大で200mまで伸びる。」


あまり伸ばすと、敵も味方も斬り飛ばすので注意せんといかんがの、ハッハッハ、と笑う老人。

明らかに物騒過ぎる話題に顔が引きつる若者。


そんな若者には目もくれず、指先をちょいちょいと動かしながら、老人はレッドボアの頭を落とす。

首を下にすると血が滴ってくる。

手足の先も落とし、尻側から皮を剥ぐと、腹を裂いて内臓を穴に落とす。


その後は背中や太腿などの部分を少し大きめのブロック状に切り分け、どこからともなく飛んできた板の上に置く。


「今日の分はこのくらいかの。残りは氷漬けじゃ。」

というと、宙に浮いたままの肉塊が一瞬で氷に包まれる。


「後は適当に切って、焼いて食べようぞ。」

そういうと、老人は浮かせた板を引っ張るように手招きをしながら家に入っていく。


一連の解体作業を見ていた若者も老人の後を追う。


ただその脳裏には、先ほどから感じた違和感を拭えない。

とはいえ何に対する違和感なのかが分からない。

分からない以上はどうしようもない。


「ほれ、行くぞい。」

「あ、はい。」


実は空腹だったことに気付いた若者は、気持ちを切り替えて台所に向かった。




台所では、老人が肉をさらに小さめのブロックに切り分けていた。


「何か手伝いますか。」

「切った肉を串に刺して、棚にある粉を肉に振りかけるんじゃ。」

「わかりました。」


言われたとおりに肉を串に刺して粉を振りかける。


「この粉は?」

「香草や岩塩、香辛料なんぞを混ぜたものじゃ。この家で肉の味付けは大抵こいつじゃよ。」

「そうなんですね。」


そして若者がどこで焼くのですか?と老人に尋ねると、老人は、

「まあ、普通は台所で火を起こして焼くところじゃがの。」

と言いつつ、老人は準備が出来たらこっちに持って来いとテーブルの方に歩いていく。


テーブルには、これもどこから出てきたのか数種の野菜を盛った皿が2枚置いてある。

「野菜は下の街で買っておいたものじゃ。まあ流石に肉ばかりでも味気ないのでな。」

というと、老人はテーブルの真ん中に向かって手をかざす。


すると、テーブルが一瞬震え、中心部がくぼんでその中に炎が立ち上る。


「うわっ!」


と若者が怯んで声を出すが、老人は平然としている。


「肉を焼くために調節しとるからの。熱くはあるまい。」


「え?」



若者が改めて炎の様子を確かめる。

手を近づけてみると、確かに熱くない。

どう見てもただの炎にしか見えないが…、と若者が唸っていると、

「肉は焼けるんじゃよ。」

と老人は串に刺した肉を炎に近づける。


ジュウジュウと音を立てて肉が焼ける様子を見て、若者は流石に訳が分からなくなる。


「なかなか便利じゃろ。ほれ。お主も焼いて食うてみい。遠慮するな。」


老人は、程よく肉を焼きながら、ほいほいと食べ始める。

おっかなびっくり若者も肉を焼いてみると、熱くないのに確かに肉が焼ける。

妙な感覚に違和感を感じつつ、とりあえずこんなもんかと焼いた肉を口にいれる。


先ほど振った調味料であろう、少々の塩味と鼻に抜ける香り。

肉自体も噛み応えがあり、なかなかに美味い。


美味いが…。


「ん、どうした?」


う~ん…と、微妙に首をひねる若者に、老人は声をかける。


瞬間、若者の脳裏に何かが閃く。


「あの、すいません。」

「ん、なんじゃ?」

「ちょっとお願いしたいことがあるのですが…。」


というと、若者はその閃きの内容を老人に伝えるのだった。

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