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第25話 肉好きの若者が、再び肉を振舞う話。

アールスラーメは、一人静かに部屋で過ごしている。

このまましばらく部屋で休んでいたい気もするが、父さん達に余計な心配をかけてしまうかもしれない。

恐らく運んでくれたのは父さんだと思うし、マルスマーダ様にも色々聞きたいことがある。


何となく顔を合わせにくいけど…無事であることはきちんと伝えなければならないだろう。



と、気持ちが固まったアールスラーメは、「行くか…」と、ベッドから起き上がり、軽く身だしなみを確認してから、部屋を後にする。


部屋の外で待機していた使用人の案内で、皆のいる部屋まで少しだけ歩く。

部屋の前で立ち止まる。

使用人を制してから、気息を整えるとドアを開ける。


そして、ドアを開けて中の様子を確かめたアールスラーメが見たものは、口いっぱいに何かを頬張るデロイだった。


――――――――――――――――――――――――


「それで、これは何?」


当然の疑問だ、とアールスラーメは思う。

別に自分の心配をして大人しくしていろとは言わないが、流石にちょっと予想外の光景だったからだ。


「食事中じゃの。」

「美味しいですよ!」


もぐもぐ。


「あ、アールスラーメさんも一緒にいかがですか?」


もぐもぐ。


ちなみにブレダン伯爵も同席しているが、服装がまるで激しい乱闘の後かのように乱れている。



「えと、もう体の方は大丈夫なんですか?」

と若者が聞くと、アールスラーメは、


「ええ。心配かけてごめんなさい。」

と答えるものの、表情は相変わらず不審げのままだ。


もぐもぐ。


咀嚼し終わったデロイも、おお目が覚めたか!良かったな、と声をかけるものの、視線は机の上の何かに注がれたまま。

アールスラーメの「状況の説明を求めるわ」という発言は至極全うである。

そして、それに答えるのは、どうやら自分しかいなさそうだと思う若者。


そこで、

「アールスラーメさんを別室に運んだあと、デロイさんから今日のパーティの様子を聞かれたんです。」

と、経緯の説明を始めるのだった。



若者曰く。

今日のパーティの目的について改めてデロイから聞かれ、老人とアイナスと若者が「「揚げ物祭りです」」「ん?祭り?」と答え、実は少しゴニ揚げが残ってまして…という若者の発言が続き、ブレダン伯爵の耳に入り、屋敷内で一悶着あり、まだお披露目していなかった生食用のゴニアの肝の話になり、さらに一悶着あって、結果として、現在この部屋にいる面々で分けあって食べることになった。


「という感じですが…。」

と若者が説明している間にも、揚げ物と肝が次々と消化されていく。


「まあ、大体分かったわ。」

と言いつつも、相変わらず微妙な雰囲気を漂わすアールスラーメ。


それに対してアイナスが、

「あ、もしかして自分の分とか心配してます?大丈夫です、ちゃんとありますよ!」

と高らかに宣言する。


それに続くように、デロイ。

「アル、これは食べないと一生後悔するかもしれんぞ。」


さらに老人。

「まあ、無理に食わんともよいがの。それなら儂が代わりに…。」


そして色々と空気を読んで、ただし食事は止めないブレダン伯爵。


最後に若者。

「どうでしょう、アールスラーメさんも一緒に座って食べませんか。無理にとは言いませんが。」

「いえ、折角だからいただくわ。」

多少混乱はしたものの、皆がそこまで言うのであれば、流石のアールスラーメも興味はある。

空いていたデロイの隣に座り、若者から皿を受け取って、食べ始める。


「ありがとう。」

というアールスラーメに対して、既に食べ終わっている面々から様々な感情が乗った視線が遠慮なく飛ぶ。


なお取り分けられた量については、パーティ不参加ということを考慮して、デロイとアールスラーメは他の人より若干多い。


そこまで凝視したら食べ辛くなりますよ…と思う若者だが、当のアールスラーメはそんなことはお構いなしの落ち着いた雰囲気であり、そこはやはり王女様なのだな、と感心する。


とはいえ感心しているだけではいけないと、手渡した料理の説明を始める。


「今お渡ししたのは、ゴニアのモモ部分を一口大に切り分けて、油で揚げたものです。冷えていますが、事前に食べた際に冷えている方が圧倒的に美味しかったのでこの状態で出しています。皮をつけたまま揚げているのは、皮の裏側の脂が旨味を出すのと、脂がしつこくないので揚げ物との相性もよかったからですが、食感という点でも美味しさを感じられると思います。それからもう一つは、ゴニアの肝ですが、生食が出来るということで予め切り分けて持ってきていたものです。独特の食感が歯に心地よいのと、素材自体の旨味を生かすために味付けは塩と数種類の香草だけです。ただ、生食自体が苦手という方もいるかもしれないと思い、今出しているのは軽く煙で燻したものです。興味があれば生のままの肝も味見程度で少しだけですが準備していますので、遠慮なくおっしゃってください。」


若者の長い説明を、ふんふんと飽きもせずに聞くアールスラーメ。

なお、他の面々は既に一回聞いているので興味はなさそうだ。


ただ、「ところで揚げるとか、燻すとか、どういうことなの?」と聞き返したことに対しては、「え、聞き返すの!?」と、話が長くなる燃料を敢えて投下したことに驚愕の表情を浮かべている。


「揚げるというのは、生のまま、それか粉を塗して高温の油で茹でることです。燻すというのは、箱の中に木片を入れて火をつけて、その箱の中に燻したいものを入れておくんです。今回はマルス翁の家で保管されていたシルバーエッジという木を細かく砕いて使っています。」


その時、ふーん…というアールスラーメとは対照的に、ブレダン伯爵一行が「え!?」と驚き、中には吹き出すものもいる。


マルス翁が良いというので使わせてもらいましたが…と若者が言うと、面々の視線が老人へ突き刺さる。

「まあ、美味しければよいのではないかの。」

と老人は言うが、どちらかというと周りの人たちの反応の方が正しい。


シルバーエッジとは、世界各地に生息している樹人族の中でも、滅多に人前に姿を現さない種族の一つである。


「意思のある木」である樹人族は、基本的には友好的な種族である。

特に樹木に関する知識は非常に豊富であり、きちんと意思疎通して取引が出来れば貴重な素材や情報が手に入る可能性があるが、一つ一つの思考が長く、意思疎通のやり取り自体に相当の時間がかかるのが難点といえば難点である。


さらにシルバーエッジのような一部の樹人族は、自身が貴重な魔導素材となることから、何とかして入手しようと強引に事を進める人間との間で、争いごとになることも多かった。その結果、人目を避けて暮らすようになり、滅多に見かけない種族となってしまっている。


老人は「ちょっとお高い燻製かの」と気楽に吹聴しているが、一般的な感覚としては、燻製用のチップに使います、と聞いた瞬間に卒倒する程度の代物である。


「いやー、とっても珍しいものを食べた気がしますね!」

と軽い感じで話すアイナスも、どちらかといえば老人の感覚に近い思考のようだ。


アールスラーメも仄かに薫る肝をマイペースでコリコリと食べ続けており、こちらも、どちらかと言うと老人側のようだ。


その後、しばらく食べ続けていたアールスラーメは「これは、確かに美味しい」と、感想を漏らす。

食べ進めるうちに段々と表情が緩んでくるアールスラーメを見て、若者も「美味しいと言っていただいて、嬉しいです」と返す。


ふんわりと笑うアールスラーメ。

笑みを返す若者。



二人の視線が交錯する。



「何かニックさんとアルの雰囲気が…」と、不機嫌さを隠さないアイナス。

「意識して当然だろう」と、何やら分かっていますよ感を出すデロイ。

何も乗っていない皿を見つめてしょんぼりする老人。

絶妙の塩加減で味わったゴニアの燻製肝の価値に、引き続き戦慄し続けているブレダン伯爵一行。


各自の思いがごちゃごちゃになっている状況を打破しようとしたわけではないだろうが、デロイが、「さて、食べ終わったら話の続きをしようか。いいかな、アル。」と、話しかける。


するとアールスラーメは、無言でこくりとうなずく。

そして、慌てずにゆっくりと味わいながら一つずつ食べていく。


食べる時も落ち着いていて綺麗だな、と思う若者であった。

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