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第23話 肉好きの若者が、少々反省する話。

始まる前、若者は、目の前で覇気を漲らせるアールスラーメを見て、デロイを見て、老人を見た。

ついでに、両手をぶんぶん振り回して、はしゃぐアイナスも見ておいた。


さて、このアールスラーメとの手合わせ、若者にとって勝ち負けへのこだわりは全く無い。

そもそも勝ち負けを論ずるものでもないと思っていた。


老人の弟子という立場に恥じないように全力で頑張ります、と意気込んだところで、やれることと言ったら、アールスラーメのやることをしっかりと見て、頑張って耐えることぐらいだ。


それでもいいと思っていた。

そのはずだったのだが。


老人から「竜は美味い、残さず食え」と聞かされた瞬間、只ならぬ雰囲気を纏う目の前の黒竜を、つい、金色に輝く極上の肉のように見てしまった。


つい、『そういう目線』で見てしまったのだ。


本気で食べようと思ったわけではない。


が、


「え!やっぱり美味しいの!?どんな感じ?焼くの?焼くの?あんまり中まで火が通らないくらいでいいのかな?焼く前にぬるま湯にしばらく浸した方がいいとか?実は凍らせてから一気に焼いたほうがいいとか!?尻尾の付け根が歯ごたえ十分で美味そうって尻尾?スープ?煮込みかな?どうかな?!」


と、そういう思いが溢れてしまったのは自分の責任だ。



結果、彼女は何故か人間の女性に変化し、棒立ちのまま涙を流し、気絶した。




一応、自分の能力については、多少なりとも老人と分析をしていた若者である。




なるほど。




と思った。




なるほど、と思って老人にちょっと一言…と思って後ろを振り向くと、まあこんなもんじゃろ、という表情の老人。

アイナスはぶんぶんキラッキラしてこちらを見ている。


うーん…と、一瞬考えた若者は、とりあえずここで自分が騒いでもしょうがないことだけは理解した。

そうすると、気になるのはアールスラーメの容態である。

食べるということは殺してしまうということだ。

見た感じでは特段怪我はないようだが、どんな影響があるか分からない。


デロイと思われる男性が崩れ落ちるアールスラーメを優しく受け止めた後、一行はそのまま屋敷に移動することになった。

その移動中、アールスラーメを抱えるデロイにちらちらと視線を向ける若者。

そこまで怒っている様子ではなさそうだが、実際、自分の娘が酷い目に合わされて怒らない親がいるだろうか?と気が気でなかった。


そんな若者の思いを知ってか知らずか、「ニックさん、いえ、ニック師匠の完全勝利ですね!」と朗らかに話しかけてくるアイナスが、今この瞬間に関してはありがたいと思う一方、師匠呼びだけは頑なに拒否するのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


気絶したアールスラーメは、屋敷の一室で休ませることになった。


部屋にアールスラーメを運び込んだデロイは、ひとしきりアールスラーメの様子を見て容態が安定していることを確認すると、部屋の隅に待機していた使用人に会釈をしてから部屋を後にした。


「とんでもない奴を抱えているな…。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いやー、ニックさん、完全勝利でしたね!流石ですね!」

「えと、そもそも勝ち負けはそこまで重要ではないと思ってて…。」

「次は自分とやりましょう!今すぐでもいいですよ!」


出来ればもう少し静かに…と思う若者、とアイナス、と老人がいる部屋。

一方ブレダン家の関係者は、要人対応に特化した熟練の使用人2人が部屋の隅に控え、あとはブレダン伯爵が一応同席している。

ただ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのブレダン伯爵も、この場に限っては極限まで気配を消そうと頑張っている。


ワイワイと騒がし気な雰囲気が続く中、ドアが開いてデロイが入ってきた。

そして、待たせたな、といって老人の向かいの長椅子に座るデロイ。

老人の右側、デロイから見て左側に、若者とアイナスが座っている。

厳密には、若者が座っていて、アイナスは飛び跳ねている。


「あの、アールスラーメさんは、大丈夫でしたか?」

と若者が話しかけると、デロイは「うむ。すぐに目を覚ますだろう。」と返した。


それを聞いてほっとする若者。

「大事な娘さんを酷い目に合わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。」と頭を下げる。


すると、

「いや、お互いが納得して立ち合ったのだ。謝ることはない。」

と、デロイは若者に頭を上げるように促す。


そんな、安心半分、謝罪半分な若者を横目に、デロイは老人に話しかける。

「なあマルスよ、お前、分かっとったな。」

「ん?まあな。どうじゃ。」

「いや、何というか…。」「え、何でしょう?」

「実際のところ、儂も深くは分かっとらん。が、聖魔棄陣は効かんかったの。」

「!?」「本当ですか、凄い!」

「まあ、そこらの黒竜相手なら全く相手にならんじゃろうと思っとったが。」

「そこらのって…アルより強い奴を探す方が難しいぞ。」「まさに伝説のドラゴンスレイヤーですね!」

「そうか…直接殴り合わないルールにしたのは…。」

「大事な娘じゃろうしな。」「可愛い娘さんですもんね、大事ですよね。」

「ありがたいが、腑に落ちん。」「普通に戦っただけですから何にも問題無しですよ!」

「お主は知っといた方が良いと思っての。」


若者は特に口を挟むこともなく会話を聞いていた。

アイナスは口を挟むことが仕事と言わんばかりの態度だ。


「で、これからどうするんじゃ。」


と老人は改めてデロイに話しかける。


「そうだな。もう少ししたらアルが起きてくるだろうから、詳しい話はそれからとしよう。ただ…。」

「なんじゃ?」

「一つ確認したいことがある。」


というと、デロイは若者に、こう言うのだった。




「ニック、すまんがちょっと服を脱いでくれんか。」

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