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第22話 アールスラーメ

アールスラーメは、幼い頃から、鍛えることが好きだった。


鍛えれば鍛えるほどよく動く体。

自分が強くなっていくことが実感できる喜び。


夢中になった。


そのことに後悔は無いし、むしろ誇らしいと思っている。


ただ、父さんから、

「伴侶となるべき竜をそろそろ見つけねばいかんな。」

と言われた時、その時はあまり深く考えなかったが、あとでその真意が理解できた。


あまり鍛えすぎると、相手を見つけるのが大変になる。

正確にいえば、大変になる立場。


親として不安があること自体は伝わった。

それでも、鍛え続けることに躊躇いはなかった。


何故か。


幼い頃に、父さんとマルスマーダ様が戦っているところを見た。

もちろん本気の戦いではない。

それでも、凄い、と思った。

父さんもだが、マルスマーダ様が。


今の自分では勝てない、と思った。

将来の自分ではどうなのだろう、と思った。


もともと、竜と言う種族は、争いごとを好まない平和的な種族だが、心の奥に眠る強者への憧れも当然ある。


強者への憧れ。

高い高い目標。

マルスマーダ様、そのままお強いままで、待っていてください。

きっと自分も、その高みまで上がってみせます。


アールスラーメが若者との手合わせを了承したのは、別に若者がどうということでは無かった。

何やら不思議な雰囲気を持っているな、とは思ったが。


それよりも、今の自分の強さをマルスマーダ様に見てもらえる。

それが嬉しかった。


自分の全力を見てください。マルスマーダ様。

そして、始まりの合図と同時に吼え「ようとする」アールスラーメ。


…が、逡巡。


何故?


ただの人間に全力を叩きつけるのに気後れしたから?


そうではない。


危険を察知したのだ。


いや、「危険」なんてそんな生易しいものではない。


一瞬でバラバラにされ、竜族にとって命よりも大事な「竜核」も砕け散り、肉も皮も骨も内臓も、丸ごと食らいつくされる感覚。


初めての感覚。

これは、何だ。

後悔?


違う。これは…。






『  絶  望  』






何ということだ。

自分は最初から勘違いをしていた。

自分を見せる良い機会だの、そんなことじゃないのだ。




これは、ただの「食事」だったのだ。




弱い肉は、強者に食べられる。


この世で最も原始的で美しい摂理。



…。



美しい。



そして…。



……。



――――――――――――――――――――――――



恐らくアールスラーメであろう女性が、静かに涙を流しながら立ち尽くしていた。

そして多少困惑気味の若者を尻目に、一人の男性が近づく。


どうやらデロイのようだ。


微動だにせず立ち尽くすアールスラーメの頭に、ポン、と手を置くデロイ。


「アル、大丈夫だ。生きとる。」

「あ…。」


全身の力が抜けて崩れ落ちるアールスラーメを、デロイは優しく受け止める。


「すまんが、屋敷のどこか一室をお借りできないだろうか。」


とデロイが言うと、アイナスが、準備してきます!といって屋敷の方へ走っていった。


すると若者が「デロイさんと、アールスラーメさん、ですよね?」と声をかける。


「そうだが、知らなかったか?」

「人の姿に変われるということですよね?知らなかったです。」

「能力的にはよく知られているのだよ。」

「まあ、ホイホイ変わるようなもんでもないかもの。」

「お前にはちょっと聞きたいことがある。」

「なんじゃ?」

「この若者、何なんだ?」

「ん?だから言っただろう。儂の弟子じゃ。」

「そうではない。」


若者とデロイの会話のはずだったが、いつの間にか老人とデロイの話になっていた。

ただ、今一番気になるのはアールスラーメのことだ。


どこか怪我などはしていないだろうか。

「ん?アルの事なら大丈夫だ。気絶しているだけだからな。」

とデロイが言うが、若者は流石に気が気ではない。

恐らく自分のせいなので、なおさらである。


まあ勝負じゃからしょうがないじゃろ、と言う老人に対しては、お前はもう少し反省しろと切れ気味なデロイだったが。


その後、戻ってきたアイナスと、ブレダン伯爵以下数名の案内で、一行は屋敷の中へと移動していった。

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