第21話 肉好きの若者が、黒竜の王女にかましちゃう話。
さて、若者が老人の適当な一言を盛大に勘違いしたところで、本番である。
なお場所は、引き続き裏庭だが、同席しているのは老人とデロイとアイナスだけである。
では審判はだれが務めるのか。
「まあ、儂じゃろ。」
ということで、老人が審判である。
いろいろと勘違いしている最中の若者から少々離れた位置に、竜の姿のアールスラーメが鎮座している。
ものすごい覇気が漲っているのがありありと分かる。
まるで揺らめくオーラが見えるかのようだ。
一方、二人からさらに離れた位置に、老人、デロイ、アイナスがいる。
そしてブレダン伯爵やその他の関係者は、結局、裏庭が見える部屋からの観戦という形に落ち着いたようだ。
「ニックさん、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。それにしても、お二方は、随分仲が良くなったのですね。」
「あ、僕とアルですか?」
すでに愛称呼びになっている…。
「何というか、話が合うんですよね!」
どのあたりの話なのか、聞かなくても何となく分かる若者。少なくとも自分が参加するような話題ではなさそうだ。
すると老人が、若者とアールスラーメの双方に声をかける。
「改めてルールを確認する。物理的及び魔導的な攻撃は禁止。要は気合で相手をビビらせろ、ということじゃな。大丈夫かの?」
アールスラーメ「うん、大丈夫。」
若者「はい。大丈夫です。」
アイナス「ニックさん、ここは見せ所ですよ!アルをボッコボコにして鼻っ柱をへし折ってギッタンギッタンにして、ペシャンコにして…」「アイナス静かにせい。」「あの、アイナスさんそろそろ…。」
釘を刺されたアイナスは喋りはしなくなったものの、何だか当事者よりも興奮している気がする。
ただ、自分を応援をしてくれている雰囲気を感じた若者は、アイナスに笑顔を向けた。
そして、とにかくきちんと頑張らないと、老人にも申し訳ないしな…と気合を入れる。
そんな若者のところに、老人がするすると近づき、こう囁いた。
「黒竜の中でも特に若い竜は、肉も柔らかく内臓も新鮮で、皮から尻尾まで美味いんじゃ。まさに至高の味わいじゃぞ。」
え?
「良いか。余さず食べるんじゃ。」
んん?
すすっと下がる老人。
そして声をかける。
「始め!」
そして、開始の合図と同時に、アールスラーメが俗にいう「黒竜の咆哮」を若者に叩きつけようとする。
有象無象を気合だけで蹴散らす、黒竜の中でもごく一部しか使えない技である。
そんな全く手を抜く様子のなかったアールスラーメだが、叩きつけようと顎を大きく開けたまま、微動だにせず、沈黙する。
止まったままのアールスラーメ。
もともと静かな裏庭に、一段深い静寂が広がる。
次の瞬間、アールスラーメの体躯が一瞬輝く。
そして、光が収まった後には、静かに涙を流しながら立ち尽くす、若い女性がいた。




