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第19話 肉好きの若者が、黒竜の王女と出会う話。その1。

さて、竜、である。


基本的には平和的で、人間に限らず他の生き物と理由もなく敵対することはない。


とはいえ、竜である。


人間から見れば、いくら友好的とは言っても本能的に畏怖を感じることは避けようもない。

もっと言えば、普通の人間ならば相対した瞬間に意識が飛んでもやむなし、という程度の存在である。


そのため、老人たちから状況を説明された参加者の面々は、自らの屋敷へ戻るか、用事が残っている人はブレダン家の屋敷の一角に移動してもらうこととなった。


なお会場となった裏庭が見える部屋へ案内されたようで、何人かがこちらを覗いている様子が伺える。それなりに離れた距離の部屋であるため、畏怖よりも好奇心が勝っているのだろう。


参加者の誘導が終わると、会場にいるのは、老人と若者、アイナス、ブレダン伯爵と使用人5名。この5名は先ほど選抜された調理補助者である。ちなみに使用人の誰が残るのか、については、圧倒的多数決で補助者5名が選ばれている。


その5名とブレダン伯爵の計6名は、だれが見ても緊張度が降り切れているかのようにガチガチだが、これから黒竜が2頭やってきます、と事情を聞かされた人間の反応としてはごくごく一般的。

むしろ気絶しないだけでも立派であって、ニコニコしているアイナスのような反応の方がよほど珍しい。


その件の竜2頭は、若者が思ったよりもゆっくりと近づいてきている。


「いきなり飛んでくると皆驚くからの。」


敢えてゆっくり近づいている、ということなのだろう。


「本気で飛べばあの距離でも一瞬じゃぞ。」

「そうなんですね。」「負けませんけどね!」

「負けな…そうなんですね。」「そうですよ!」


微妙なアイナスの発言に微妙な反応を示しつつ、少しづつ大きくなる竜の姿に視線を向け続ける若者。

段々と大きくなる2頭の竜。

そして見えてくる、黒光りする巨体。


「凄い…。」


美しく光る漆黒の巨体に、若者が感嘆する。


すると老人が、「島に居る竜の中でも大きいほうじゃ。」と答える。


島とは、先ほどの話にあった大陸の東、『竜の城』と呼ばれている島の事だろう。

大きさと立場には何か関係があるのだろうか。


「マルス翁、大きいということは竜の中でも偉い方なんですか?」

「ん、まあの。」


やはり…と自分の想像が的中した若者の前に、ついに2頭の黒竜が到着した。


1頭は全身から威厳を放つ巨体の黒竜だが、もう1頭は、一回りか、もう少し小柄な黒竜だった。「それでも大きいな。」と若者は思ったが、隣のアイナスは、「なんかもう1頭はこじんまりしてますね!」と全く遠慮のない感想を漏らしている。


すると、大きな方の黒竜が、普通に話を始めた。


「久しいな、マルスマーダ。」


あ、そのまましゃべるんだ、と密かに思う若者。

見た目の雰囲気と比べると多少違和感がある。


「そうじゃな。何時ぶりじゃったかの。」

「そんなことを言って、お前今日のことは忘れとっただろ。」

「ん?まあ、この場所で会うのも良いかと思っての。」


老人の何やら言い訳がましい台詞と、素直に謝ればよいものを…と苦笑するような雰囲気の黒竜の大きい方。


ちなみに先ほど老人の「そういえば今日だったな」的な呟きを聞いている若者も、恐らく老人が忘れていたのだろうと薄々思っている。


とはいえ、実際には黒竜(大)もそこまで怒っているわけではなさそうで、軽口の一つなのだろう。


「して、何か相談事と言っとったが…どうするかの。」

「うむ?」

「このまま話を続けてもよいものかと思っての。」


老人にとっての黒竜(大)は久々に会った友人であり、そこまで気を使わなくてもよい存在である。

また、この庭もそこまで邪魔が入るとは考えにくい。ただ、この開放的な庭で立ち話でよいのか、と多少気になっているようだ。


「まあ、問題ないだろう。」

「そうかの?」

「聞かれて困るものはおるのか?」

「まあ、大丈夫じゃろ。」


大丈夫じゃろ?と周りを見渡す老人。


若者は多少所在なさげではあるが、普段通り。

アイナスも同じく、ニコニコと普段通り。

ブレダン伯爵一行はものすごい勢いでこくこくと首を上下に振っている。


「まあ、お主がそういうなら別によいがの。ただ紹介はしておこうかの。」

「おお、そうだな。」

「こっちがデロイで、儂の古い友人じゃ。竜族の中では…一応、王様かの?」

「一応ではなく、ちゃんと王だ。それと、娘のアールスラーメだ。」

「はい。初めまして。」


アールスラーメと紹介された小さいほうの黒竜が、軽く体を沈める。

上品なお辞儀のような感じだと若者は思った。

王の娘ということは、王女というではないだろうか。

落ち着いて佇んでいる様子は確かに王女様っぽい印象である。


「こっちは、これがアイナス。魔導七賢の一人で儂の教え子かの。」

「こんにちは!」

「それから、弟子のニック。」

「はい、初めましてニックです。」


軽く頭を下げてお辞儀をするニック。

頭を上げると、不意にアールスラーメと目が合った気がした。


「ん?弟子をとったのか?お前が?」

「じゃの。」

「なんと、それはまた…。」


弟子という言葉に少々反応を示したデロイ。

だが、それ以上は特に話を続けることもなく、さて紹介も済んだし早速だが…と老人に向かって声をかけ、相談事と言っていた話を続ける。


ああでこうで、と話すデロイと、ふむふむと聞く老人。

どうやら竜の城で何かしら異変と言えるような出来事があったようだ。


特に会話に参加するわけでもないその他の面々のうち、アイナス一行は「おっきい竜ですよねえ」「急に暴れたりはしないよな?な?」「大丈夫まだ生きてる…」「何も聞こえない何も聞いていない…」「給金は上げるからあと少しだけ耐えてくれ…」といった感じで話をしている。


そして若者は、先ほど不意に目があったアールスラーメに、思い切って声をかけてみた。


「アールスラーメさんは、やはり王女という立場になる方なんですか?」

「うん。そう。」

「お父様とマルス翁の話に入らなくてもよかったのですか?」

「私はあの話にはあまり関係ないから。あと…。」

「はい。」

「別に敬語とかじゃなくていい。マルスマーダ様の弟子ならなおさら。」


と、アールスラーメに提案された若者。

ただ、敬語自体が性格的なものがあることは自覚しているため、「少しづつ慣れていきますので…」と説明すると、アールスラーメも別に無理は言わない、と理解を示した。


「つまり、一度見にこい、ということじゃな。」

「そうだな。そうしてくれると助かる。」

「何時ごろ行くかのう…。」

「そこはお主の見立てで構わん。」

「分かった。多分じゃが…恐らくその穴は、開いた時点で目的はほぼ達成されているじゃろう。」

「…何か、動きがあるのか?」

「確実にある。ただ、尻尾はなかなか出さんの。」

「ふむ。私もちょっと調べてみるか…。」

「そうしてくれると助かるの。」


会話を続ける老人とデロイ。

するとアイナスが、「なんか大事な話のようなんですけど…、ここで話してよかった内容ですか?」と、思ったことをそのまま口に出す。


対してデロイが、「今の話は島にいる竜たちもほぼ全員知っとるしな。それに何かあっても真正面から叩き潰せばよいことよ。」と、剛毅なのか大雑把なのかよく分からない返しをする。


「では何故2頭で来たのじゃ?」

と老人。


それは若者も思った。


物騒そうな話だが、老人との相談ならデロイだけでよかったのではないだろうか。


ただ、流石に次の話は老人も多少面食らったようだ。



「いや、単にアルの伴侶探しをしていただけのことよ。」

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