第16話 肉好きの若者が、アイナス家を訪れる話。その3。
その後、屋敷の応接間に通された老人と若者は、改めてアイナスの挨拶を受けていた。
「師匠、ニック先輩、今日は遠いところからありがとうございます。」
というアイナスは、先日見た格好とは全く別の、首元と袖口に細かいレースを施した白色のブラウスと、多少動きやすさを重視したのか膝丈のフレアスカートである。
「流石に今日の格好じゃと、男の子には見えまい。」
と、ちょっと意地悪な口調の老人に対して、まあ…と恐縮気味の若者だが、それよりも気になることがあったので聞いてみた。
「あの、アイナスさん、先輩というのは…?」
「よくよく考えたら師匠の一番弟子であるニック先輩を「さん」付けでは失礼だと!先輩と呼ぶのはむしろ当然…あ、もしかしてあれですか。先輩ではなくて別の呼び方がよかったとか?」
「いや、普通に「さん」付けで問題ないのですが。」
できれば普通に呼んでくれるのが一番、と思う若者の言葉を聞いているのかいないのか、アイナスは、「いや待てよ、師匠の一番弟子ということは、この国、いやこの大陸、この世界でも最重要人物の一人では…。」
と何やら一人で考え中である。
「大変失礼しました。では、これからはニック先生と呼ばせていただきますね!」
と、ペコリと頭を下げるアイナス。
いやそうではなくて…、という若者の言葉をやはり聞いていないのか、「僕のことは、「アイナス」でも「イーナ」でも、好きにお呼びください!」とニッコニコである。
「まあ、アイナスよ。その話はまた後ででよいじゃろ。」
という老人の言葉が無理やり場面を変えようとするが、問題解決はしてないな…と思う若者。
とはいえこのまま話を続けてもしょうがない。
「じゃあこの話はまたということで、これからどのような予定なのですか。」
と若者が聞くと、アイナスは、立食形式の簡単な昼食パーティを庭で行うことを述べた。
そこで、例の揚げ物を披露してほしい、ブレダン家が懇意にしている人たちも少数だが呼んでいるので、一緒に食べていただく予定です、とのこと。
肉を美味しく食べてくれる人が多いのは大歓迎な若者に異論はない。
老人も特に問題はなさそうである。
というかアイナスの家族だけではないことを予想していたようだ。
「それから、後で父が挨拶に来ます。」
「ん、まあ別にわざわざ来んでもええがの。」
「まあ、折角来ていただいたので。」
などとアイナスは言っているが、実際のところ、七賢筆頭である老人はどこに行っても国賓に近い扱いを受ける存在である。
度々訪れているアイナス家の関係者は、老人の寛容さとアイナス自体の性格も相まって、比較的気さくなやり取りをしているが、それでも失礼の無いように最大限の配慮はしているのだ。
ただし、いつもと違うのは若者の存在である。
これまで、老人がどれだけ乞われても絶対に引き受けなかった「弟子」が、今回同行しているとあって屋敷の中はいつもよりも数段緊張感が高まっている。
見た目が年若い青年であっても、あのマルスマーダの弟子。
どんな実力を持っているのか検討もつかない。
そもそも見た目通りの年齢なのかも分からない。
万が一怒らせてしまったら、物理的にも世間的にも家ごと無くなってしまうかもしれない。
まさに戦々恐々、裏事情は実はとても大変なことになっているのだ。
その後、少し会話を交わしたアイナスは、自分もちょっと手伝いに行きます…とペコッと頭を下げると、サッと部屋を出て行ってしまった。
なお出際に、若者の「本当にさん付けでよいですから」という声かけに対して「わっかりましたー」と返事があったが、本当に分かってもらえたかどうかは未知数である。
そんな様子のアイナスを見た老人が、相変わらず慌ただしい…と呟くと、若者は「我々は準備を手伝わなくて大丈夫でしょうか?」と問いかける。
すると老人は、「あまり勝手に動くとかえって周りが混乱するものよ。」
のんびり構えとったらええ、といって、長椅子に深く座り直した。
それを聞いた若者は、「確かに、自分が下手に動いたらかえって迷惑だろう」と思い返すと、荷物の中身を確認しながら、事前に想定していた段取りや準備した材料などについて思考を巡らしていった。