第11話 肉好きの若者が、ゴニアを綺麗に捌く話。
若者が最初にゴニアを見たときに思ったことは、皮をどうするか、である。
肉については血抜きをすればよさそうだが、皮を美味しく食べるためには結構な手間がかかりそうだ。
とはいえ妥協はしたくない。
ということで若者が老人に相談した結果が、これである。
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澄み切った空に浮かぶゴニアの巨体。
その巨体を丸ごと包み込むような大きな水球。
その水球がかなりの速度でグルグルと回っている。
なお、内臓は先に取り出して氷の檻の中である。
「回る速さはこんなもんかの?」
「はい。それと水の温度をもう少し上げてください。」
「ふむ。」
グルグルと回る水球、もとい温水球。
その球の中では、ゴニアの羽や体に付着した汚れなどが分離し、球の外へどんどん弾き出される。
若者が、ゴニアも回した方がよいかも…と思い、老人に聞いてみると、
「中で回す...問題ないの。」
と言うので、温水球とは逆回転でゴニアも回してもらう。
「もう少し速くしてもらってもよいですか。」
「こうかの。」
「ええと、もう少し…はい、それで。このままもう少し洗えば、大丈夫そうです。ありがとうございます。」
「なかなか拘るの。まあ、分かっておったが。」
実際のところ、ゴニアほどの巨体を空中に固定する技、温水球の温度と回転速度の調節、球体内の羽や汚れの排出、これらを同時に行うことは、魔導が広く浸透するこの世界でも絶技と言えるものである。
「ここまで手間をかけるとなると、なかなか大変じゃな。」
「申し訳ありません…大丈夫ですか?」
「儂としてはどうってこともないがの。一般的には、かなり手間じゃの。」
「そうなんですね…ありがとうございます。」
手間のかかる作業と言われて恐縮しつつも、美味しく食べるためならと全く自重せず支持を出す若者。
パラ揚げの衝撃よもう一度、と全力でゴニアの下準備をこなす老人。
見る人が見れば感動で涙を流すほどの絶技ではあったが、やっていることは鳥の肉の下準備、観客は疲れた表情の馬が一頭のみであった。
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「そろそろですね。」
「うむ。」
その後、しばし温水球による洗浄工程を続けると、球の回転が徐々に遅くなる。
そして、温水球がいつの間にか綺麗に消え去ると、そこには白く輝くゴニア肉が浮かんでいた。
ふよふよと二人の方に近づいてくるゴニア肉。
近くで見ると、やはり大きい。
「うーむ。流石にこの状態のゴニアは見たことがないの。」
と老人がフムフムという感じで呟く。
かたや若者は、「落とし切れていない羽や汚れがあるかもしれませんので、ちょっと確かめてみます。」といってゴニア肉をくまなく確認し始めた。
「ところで内臓はどうするんかの。」
と老人が聞くと、
若者はゴニアを見ながら、
「いずれ使いますが、今は氷漬けで大丈夫です。アイナスさんの家に持っていくことも考えますが、呼ばれる時期が早いと準備が間に合わないかもしれませんし、どういう方法で下ごしらえをしたりするかをもう少し試してみないといけませんので。ああ、でもあれですね、どんな感じの味と食感か気にはなりますよね。分かります。帰ったら急いで試してみますが、今はそのまま持ち帰りましょう。それでいいですか?」
と答えた。
老人は、まあ、何でもよいわ…。と呆れ半分で答えるのだった。
なお帰宅前。
「ところで、馬は、また街に返すのですか?」
「ん?ああ、そのつもりじゃが…。」
「家で飼ったりできませんか。」
「井戸はあるが、餌を集めるのに多少手間じゃぞ?」
「何とかしますので、考えてもらえませんでしょうか。」
「まあ帰ったら考えるかの。…美味いのかの?」
「それほど美味しくは…いやいや、ではなくて何というか、同士というか。」
「なんじゃそれは。」
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家に帰ると、扉に貼り紙があった。
どうやらアイナスが貼っていったようだ。
「また、あ奴は…。」
「何が書いてあるんでしょうか。」
「大方何時頃に来てくださいとかじゃろう。」
老人は、他人はほぼ来ないとはいえ、物騒だからやめろと何度も言っとるのだが…と言いながらベリベリと紙を剥がす。
「それで何と?」
「3日後でどうですか…じゃと。」
「今日のゴニアも間に合いそうですし、私は大丈夫ですよ。」
「あまり先伸ばしする必要もなかろう。それにしても3日後とは…また無茶を言いおったな、あ奴は。」
「何となく自分もそう感じますが…アイナスさんのご指名ですし、マルス翁も大丈夫ということで良いですか?」
「うむ。」
具体的な日付が決まり、色々と準備をせねばと意気込む若者。
先程のゴニア肉の準備を間に合わせなければ…とやる気に満ちている。
その様子を見ていた老人は、ふと思いついたように、
「ん、そういえば…その日は何やら別の用事があったような…。まあええわい。」
と呟いた。
なお、馬はその間、家の周りをグルグルと回りながら、草を食べたり井戸をのぞいたり、会話が終わるのを待つかのようにのんびり過ごしていた。