第10話 肉好きの若者が、新たな食材を探す話。
アイナスは、来たその日に、「絶対に約束ですよー!」と叫びながら帰っていた。
そしてその二日後、老人と若者は、とある場所にいた。
「この辺りじゃな。」
老人の家から、徒歩であれば恐らく3日はかかるであろう、大きな湖のほとりである。
澄み切った水と清涼な空気が心地よい場所であるが、若者は若干疲れ気味である。
そして、同じく若干疲れ気味な馬が1頭、湖の水をガブガブと飲んでいる。
ここまでどうやって来たのか、話は数刻前に遡る。
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一昨日の夜、アイナスが帰途に着いた後の老人の家で、老人と若者は今後の予定を話し合った。
「で、アイナスの家には何時行くんかの。」
「アイナスさんにお任せしていますが、向こうも準備が必要では…1,2カ月先くらいでしょうか?」
「いや、あ奴の性格じゃと、明日とか明後日とか言いそうじゃの。」
「それは流石に無いですよ…、無いですよね?」
「いや、ありうるの。」
「ええ…。」
若者は、折角アイナスに呼ばれて肉料理を振舞うのであれば、先日披露したパラ揚げとは別に、もう一つくらい別の何かを準備してあげたいと密かに思っていた。
そのため、あまり早く呼ばれてしまうと準備する時間が無くなってしまう。
若者が老人にその事を相談すると、
「では、すぐにでも調達に行かんとの。」
と老人が返した。
「何か食材の心当たりはありますか。」
「そうじゃのう…同じような鳥型の魔物がおるから、狙ってみてもいいかもしれんの。」
「どういう魔物でしょうか?」
「パラロリラより二回りくらいでかい、ゴニアという奴じゃ。」
老人曰く、家から少し離れたところに、そのゴニアが多く住み着いている場所があるらしい。
パラロリラとは違ってかなり積極的な性格なので狩りはそれほど難しくない、ということだ。
「では、明日にでも早速行きますか?」
「いや、ちょっとだけ準備が必要じゃから、明後日にしようぞ。」
「準備というと…何か必要なものがあるんですか。」
「うむ。こればっかりは麓の街から仕入れてこんといかんのでな。」
老人をもってして準備が必要ということは、実は難敵なのだろうか…と若者が考えていると、老人は「こっちに近づいてくれれば簡単なんでの。そのための準備じゃ。」と、多少含みのある言い方で若者に答えた。
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麓の街から老人が仕入れてきたのは、1頭の馬である。
ちなみに老人の家から湖までは、二人で馬に乗ったうえで、馬ごと空を飛んできた。
もはや景色を見る余裕すらないような速さで飛んできたが、どういう仕組みか風の流れもほとんど感じず、飛行自体は快適だった、と思う。
降り立った直後は、若者も馬もふらふらしていたが。
「お前も急なことで大変だったな…」と若者が馬に声をかけると、馬は小さく「ヒヒン…」と鳴くと、若者の胸に鼻の先を摺り寄せ、そして湖の方にゆっくりと歩いて行った。
「ここまでくれば、あとはまあ待つだけじゃの。」
「本当にくるんですか?」
「まあのんびり待っとるがよいの。」
老人の話だと、ゴニアは自分の餌となりそうな動物や魔物が近くにいると、まっしぐらに向かってくるらしい。
つまり、言い方は悪いが馬は囮である。
一方、餌と無関係なものや、明らかに上位の存在には絶対に近寄らないらしい。
そうすると、老人が近くにいたら絶対に寄ってこないのでは…と思った若者に対して、老人は「儂はしばらく気配を殺す。万が一何かが襲ってきても大丈夫じゃから安心してのんびり休んでよいぞ。」と言うと、本当に見えなくなった。
「あの、近くにいるんですよね?」
「うむ。すぐ近くにおるぞ。」
「全くわかりません。」
「まあ、そのくらいせんとゴニアは近寄ってこんからの。」
どういう原理で見えなくなっているのか見当もつかない若者だが、老人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろうと、じゃあちょっとだけ休ませていただきます、と馬が水を飲んでいる辺りに向かった歩き出した。
ちなみに、老人がいる方向に物を投げたら当たるんですか?と若者が聞くと、老人は、当たらん、と答えた。
その答えを聞いて、困惑しきりの若者であった。
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若者は、やや大きめの石を見つけて椅子代わりに座り、同じように隣で休む馬を撫でていた。
穏やかな陽気。清廉な雰囲気。今日出会ったばかりにも関わらず人懐っこい馬。
とても魔物が出てくるような雰囲気とは思えない。
「単に湖畔に遊びに来ただけのような過ごし方になってる。」と若者が呟くと、馬も小さく嘶きながら若者に顔を寄せる。
この馬は、狩りが終わったら街に返すのだろうか、と若者が考えていると、どこからともなく老人の声が聞こえた。
「来たの。西じゃ。」
若者も西に視線を向けると、遠くの方から何かが近づいてくる。
「見えるかの。ゴニアじゃ。」
「はい。見えます。」
かなりの巨体だ。
そして、速い。
「ここいらはゴニアが多い。餌になりそうな動物や魔物は、こんな見晴らしのいい湖になんぞ絶対に近づかん。」
食べてくれと言っているようなものじゃからの、と老人。
「逆に囮とか罠とか、そうは考えないんでしょうか。」
「そんな大層な頭はもっとらん。」
「ええ…。」
「強さはそれなりじゃが、その性格のせいで討伐難易度は低いの。」
何度やっても簡単に囮作戦に引っかかるため、難易度が低いとのことだが、大前提として確かな実力が必要なのは言うまでもない。
「ランク的にはどうなんでしょうか。」
「んー、まあこの状況ならせいぜいBかの。」
「なるほど。」
ちなみに若者は全く気にしていないが、一般的にはゴニアの突進は、ゴニア特有の黄金に光る羽とその速度から『稲妻の槍』と言われて恐れられている。
確かな実力どころか、相当な実力者でも避ける状況である。
だが、ここにいる二人と一頭に慌てる様子は無い。
「来たの。」
かなりの速さで突っ込んでくるゴニア。
達観したかのように全く動じない馬。
無事に戻ったらいっぱい可愛がってあげようと心に誓う若者。
その横で、両手をゆっくりと回し始める老人。
すると、何故かゴニアの速度が急激に落ち始める。
「どういう風に仕留めたらええかの。」
「えっと…。」
先日捌いたパラロリラは、肉以外は食用に向かないようで、簡単な血抜きの後にすぐにばらしても問題なかった。
しかし、このゴニアは、どうやら皮も肉も、内臓の一部もかなり上質な食材のようだ。
「この大きさの鳥を、きれいに毛抜きする…とりあえず動かないように固定はできますか?」
「こうかの?」
急激に減速しながら真っすぐ向かってきたゴニアが、目の前まで来た瞬間、ピタッと空中に止まる。
微かに震える様子から、拘束から逃れようとしているのが分かるが、どうやら無駄な足掻きのようだ。
そして、巨体を空中で静止させる絶技には全く触れずに淡々と支持を出す若者。
「そのまま首を下にして、えと…首の根本あたりを切ります。」
「首でよいのじゃな?この辺かの?」
「はい…いやもう少し上です。」
老人のおかげでかなりの巨体ではあるが血抜きは順調である。
ただ、その後の工程で若者はちょっと悩んでいる。
「ところで、羽や足などは価値的にはどうなんでしょう?」
「ほとんど使われないの。羽を飾りに使う程度かの。」
生きているときは綺麗な黄金の羽じゃが、抜けた瞬間に色が抜けて黒ずんでしまっての、せいぜい一部の飾り程度にしか使えないんじゃよ、という老人。
「では今回は捨ててしまっても大丈夫でしょうか。」
「まあ問題ないの。」
分かりました、と若者が言うと、続けて老人にとあるお願いをする。
「これなら皮から内臓まできれいに捌ききれるのではないかと思いまして。」
「まあやってみるがの…お主やはり変わり者じゃの。」
「美味しく食べるためですので。」
そして老人は、空に浮かぶ血抜き済みゴニアに両手を向けると、何かを唱え始めた。