第五章: 聖なるクエスト(前編)
パーティを解散したあと、ギルドでは俺がゴブリンを倒せなかったために他のパーティメンバーが再起不能になったという噂が流れたようで、どこかのパーティに加入しようとしても冷たく断られるだけだった。
ギルドの受付のお姉さんはどこか他に受け入れてくれるパーティを探しましょうかと言ってくれたが、イアンの調子も悪くなるばかりなので単発のソロの依頼ばかり請け負うようになった。
結構多いのが害獣駆除である。
例えばホーンラビットは草食の一見かわいいうさぎちゃんなんだけれど、増殖すると畑の作物を荒らすことがある。村人が駆除しようとすると、ホーンラビットは一直線に駆けて額に生えた角を村人に突き刺そうとするわけである。それで大怪我をしたくない村人は冒険者に駆除を依頼することになる。
他にボア達も畑を荒らす害獣として有名である。
ホーンラビットの角や毛皮は高価に売れるし、ボア達の肉は美味なので買い手は多い。なのでクエスト自体の報酬は少なくても実質の収入は多いのである。
害獣駆除の他には下水道の魔獣退治がある。王都には下水道が完備しているのだけれど、不心得者が秘密に飼っていた魔獣を飼いきれなくなったということで下水道に捨てることがある。そういう魔獣が下水道で繁殖して問題になることがある。他にも非合法組織が下水道に逃げ込んでアジトを作ることがある。
大規模なものには王都の騎士団が対応することもあるが、一般には下水の嫌な臭いの中で戦うことには人気は低く、依頼が出ても多くの人が選ばないため残りやすい案件になっていることが多い。
そういう単発案件をソロでこなしてゆくことにしたのである。
また、ヘンリーさんからはランディに家庭教師をつけているので学園入学に向けて一緒に学んだらどうかという誘いが来ている。週に二日ほど基礎的な学習をやることになった。
ヘンリーさんの家から馬車が迎えに来ると、俺を乗せて行ってくれる。ヘンリーさんの家ではランディと一緒に家庭教師の授業を受けた。
内容は国の歴史や算術、ダンスやマナーの講習もある。時には魔法の授業もあった。
この国では聖女様のように聖魔法を使う人と普通の魔法を使う人たちがいる。普通の魔法には風地火水と白黒雷植物の8種類があるそうである。
その他に騎士達などは無属性の魔法として身体強化魔法を使うことが一般的であるようだ。
こういう授業を何時間か受けてそのあとはお茶会になることが多い。
なんでも貴族の社交は夜会とお茶会であって、夜会はダンスの技能が重要だし、お茶会では会話技能が重要になるそうである。
参加者は俺とランディと妹のパトリシアであることが多く、時々はご夫人が入ることもある。
話題は俺の冒険譚のこともあるが、最近街で話題になっていることを話題にすることや家庭教師の先生がお題を残して帰ることもある。
お茶菓子も紅茶も本当のお茶会の時のようにそれなりに高級なものが選ばれているので勉強の後の楽しみになった。
俺のために一室が与えられ、そこで泊まることもあった。お茶会で話が弾んだ時には夕食に誘われてそのまま勉強して一泊した後朝に帰るというパターンである。
なんだかヘンリーさんに取り込まれつつあるという気もするが、やっぱりヘンリーさんからは自分で跡を継いで辺境伯領を回復するのは嫌みたいということはひしひしと伝わってくる。むしろ息子のランディの方が俺と協力して辺境伯領を回復するために剣術を頑張ると言ってくれる。
俺から見たらランディの剣の腕はまだまだだが、剣術の先生は褒めて伸ばす方針らしく、しばしば彼を褒めるので彼は気をよくしている。
俺も本気で国王から辺境領回復せよと言われた時にランディが協力してくれることは心強いので程々に褒めることにしている。
♢♢♢
その年の冬、イアンは帰らぬ人になった。
孤児院で小さなお葬式をして彼を墓に埋葬した。
ヘンリーさんの他に国王の名代が来たことには驚いた。
勇者パーティのケビンはダンジョンに挑戦中ということで来られなかったが、アリシアがきてくれて聖歌を歌ってくれたので小さいながらも良いお葬式を出せたと思う。
お葬式から数日後、アリシアに呼び出された。
王都ではちょっと人気の上品なカフェで待ち合わせると、アリシアは個室を取っていてくれたらしい。
少し遅れてやってきたアリシアは個室に案内されると人気のケーキセットを二人分注文してくれた。
「どう、イアンさんのお葬式からはもう立ち直れている?」
「看病が長かったからね。覚悟はできていたよ。」
「落ち込んでいたらどうしようかと思っちゃった。」
「で、今日俺を呼び出したのは?」
「ええ。年が明けて13歳の年に聖女の最終選択が行われるの。」
「もうすぐだね。」
「でも今回はフリーダに決まりでしょう。私たちは見習いを終えて実家に帰る。」
「そうなんだ。」
「けれどもうちは口減しに出されたので帰れないのよね。」
「そんな話をしていたね。」
「そうしたらあの名前を口にするのも嫌な男爵がまたちょっかいをかけてきたの。」
「ああ、あの◯リ男爵か。」
「神官達も実家に帰れないのなら後妻に収まるのもどうかって言うんだけど絶対嫌よ!」
「気持ちはわかるけれど実際、実家に帰れないのならどうするつもりだい?」
「冒険者になる。」
「は?」
「冒険僧侶になれば白魔術師として冒険できる。」
「あまり見ないけれどね。」
「そう言ったら神官がクエストを出してきて、そのクエストを達成すれば神殿も私が冒険僧侶になることを認めてくれるんだって。」
「それで俺にその話をしたのは?」
「ええ。私の護衛騎士としてパーティを組んで一緒にクエストに来てほしいの。」
「そ、そんなこと言っても俺ってソロだから。」
「だめ?」
「あ、いやそんなことないけど。」
しまった、つい言質を与えてしまった。
「うふふ、じゃあ決まりね。今からギルドに行って冒険者の登録をしに行きましょう。」
ケーキセットを食べた俺たちはギルドに行って登録することになってしまった。
よく見るとローブの下にはすでに鎧を着込んでいる。
「あの、今日すぐにはクエストには行かないよ。まず準備をしないと。」
「ええ。まずは形から入らなきゃと思って。」
アリシアはちょっと顔を赤らめて俯き加減になった。
(この子、わかっているのだろうか。)
冒険者ギルドの人員は紳士ばかりではない。美人のお嬢さんがふらふら行くところではないのである。
嫌な予感を胸にギルドへの道を辿る。
アリシアは機嫌良さそうである。
ギルドホールのドアを開けると既に冒険を終えた、もしくは単に暇そうなオッサンどもがクダを巻いている。
俺とアリシアを見てヒソヒソと「あのチビが美人のお姉さんを連れてきているぞ。」とか囁きあっている。
無視して受付のお姉さんの方に行こうと歩いていると、いきなり一人の巨漢が通せんぼをするように足を出してきた。
「ああ、ジャン、その隣のお嬢さんはなんだ。」
「は?お前には関係ないだろう。そこを通せよ。」
その男は俺を無視してアリシアに「私はC級の白銀のザンダーというものです。こんな薬草採集パーティのチビなんぞ役に立ちませんよ。ぜひうちのパーティに入りませんか?」と言う。
アリシアは明らかにツンとそっぽを向いて知らん顔をしている。
無視されたことに腹を立てたザンダーは俺に向かって「おいチビ、お前も弱虫の自分と違ってザンダー様こそが頼りになる男だから彼女にこっちのパーティに入るように言え!」と怒鳴ってくる。
「はあ?何を訳わからないこと言ってんですか。酔っ払っているでしょう。もう通りますよ。」
俺はもうザンダーを無視して奥に進むことにした。
無視されたザンダーはいきなり獲物の大斧を抜き放ち、「こんなに馬鹿にされて黙ってられるかってんだ!この斧で手足をぶった斬ってやる!」と大声で怒鳴り始めた。
「はあ?ギルド内での喧嘩は御法度でしょう?」
俺はアリシアを連れて被害に遭わないようさっさと離れて距離を取る。
チラと見ると他の白銀パーティのメンバーがザンダーを羽交締めにして抑えている。
奥の受付のスペースにいるお姉さんはちょっと引き攣った顔をしている。
騒ぎを聞きつけたのか、奥からは副ギルド長が走ってきた。
「一体どうしたんだ。」
ザンダーは「この弱っちいチビを切り刻んでやるんだ!何が悪い!」と喚いている。
副ギルド長はニヤッと一瞬悪い笑みを浮かべた後、ザンダーに言った。
「わかった。それなら君をジャンのC級昇格試験の試験官に認定するよ。」
ザンダーは「応よ。でも昇格するのは死体かも知れねえぜ。」と破顔して答えたのだった。
え、いきなり昇格試験?しかもあのザンダーとやるのかよ。俺はついつい恨めしそうに副ギルド長の顔を見てしまった。
副ギルド長はニヤニヤとしながら言った。
「ジャン、お前もそろそろC級に昇格すべき時だ。でも誰を試験官にするか悩んでいたんだよ。ザンダーが名乗り出てくれて助かったよ。昇格試験は3日後だから準備しておいてくれ。」
「………」
ザンダーはまだ俺に向かって斧で切り刻んでやるとか喚き続けていて他のパーティメンバーが押さえつけていた。
受付のお姉さんのところに行くと、「あ、あの、この方の登録なんですよね。奥のお部屋でやりましょう。」と言ってアリシアと俺を奥に案内してくれた。
アリシアは申込書に自分の名前などを記入してゆく。
受付のお姉さんは「あら、あなたは白魔術師なのですね。では魔力チェックもお願いします。」
一旦部屋を出たお姉さんは水晶玉を持ってきた。
「アリシアさん、これに魔力を流してくださいな。魔力の量と質を測る魔道具です。」
アリシアが水晶玉に魔力を込めると水晶玉は強く白く輝き出した。俺が見ているとその白の中には金色の粒々が混じっているように見えた。
受付のお姉さんは「まあ、美しい白ですね。魔力量もしっかりあるようです。試験は合格ですね。」と喜びを隠しきれないように言った。
まあ、聖女見習いなんだからこれくらいは当然だろうと思う。
アリシアはなぜ喜ばれるのですか?と受付のお姉さんに聞いている。
「ええ、そもそも最近は魔法の使い手が減ってきていますしねえ。それに白魔術の使い手は神殿と取り合いになってなかなか冒険者ギルドの方には来ないのですよ。」
アリシアは「神殿」と言う言葉を聞いてついギクリという表情をしている。
俺は「このまま正面から出たらまたザンダーが暴れると思うんですが。」と必死で話を変えた。
受付のお姉さんは「では裏口に案内しますね。」と言って俺たちを裏口から脱出させてくれた。
♢♢♢
3日後、俺とアリシアはギルドホールを訪ねた。昇格試験である。
まあ、相手のザンダーは俺を切り刻む会と思っているかも知れないけれど。
受付のお姉さんに挨拶するとすぐに副ギルド長が出てきて「いやあ、ザンダー君はかなりエキサイトしているから別室で待機してもらっているよ。」と笑いながら言う。
白銀の他のパーティメンバーはそこにいて、「ジャン、ごめんね。あいつはいつもはそんな悪い奴じゃないんだ。今回は犬に噛まれたと思って我慢してくれると嬉しいな。」とよくわからないことを言っている。
俺は曖昧に笑いかけて俺のために用意された控室に入った。
アリシアは「頑張ってね」と励ましてくれる。
「まあ、大丈夫さ。安心して応援してくれ。」
「うん、ジャンを信じている。」
あれ?これは微妙な方向に雰囲気が流れていないだろうか。俺って騎士らしくアリシアの手の甲にキスでもする流れかしらん。
彼女いない歴=年齢の俺が妄想に走ってザンダーのことなど忘れてアリシアとどうしようかとドギマギしていると、外から警護のおっさんが「おい、ジャン、そろそろ時間だぞ、準備はできたか。」と怒鳴り声を上げてきたので俺はハッと我に返って「ああ、いつでもいいぞ!」と怒鳴り返したのだった。
試験場に出ると既に白銀のザンダーは出てきていて大斧を振り回している。
(あのバカ力で振り回された斧に当たれば剣は破壊されるよな)
俺は剣ではなく二本のナイフで戦うことにした。
レフェリーに試験場のフィールドの中央に呼ばれると試合開始が告げられる。
告げられた瞬間にものすごい斬撃が飛んできた。俺は転がって回避する。あんな全力の斧の打撃をナイフで受け流すことなんて無理である。
狙いはそれほど正確ではないが、力強い斬撃を猛スピードで繰り返してくる。それを受け流すことなく体術で逃れてゆく。
大穴を振り回している訳なのでザンダーの攻撃は比較的短調だと言える。なので少しすると彼の攻撃を紙一重で逃れるコツは会得してしまった。
観客からはザンダーが俺を追い詰めているみたいに見えるらしく、「それ、もう一息だ」とか「ザンダーこのチビを挽肉にしてやれ!」とか言う声が聞こえる。アリシアだけは「ジャン、頑張って!」と言っているのも聞こえた。
ザンダーは大斧の攻撃は単調で雑なのだけれど、さすがはC級冒険者である。攻撃の速さで間合いを確保していて俺も容易にナイフの間合いに飛び込むことができない。
けれども何十合か合わせていると少し斧の振りが遅くなってきた。そりゃいくら力自慢でもあんな大きな両刃斧を振り回していたら疲労が溜まってくるのは当然である。
身体強化魔法を使っているならばまだまだ戦えるだろうけれど、そういう感じではなさそうだった。
そこでわざとよろめいたふりをして地面に手をついた。
ザンダーは「ちょこまかと逃げまくりやがって。でももう年貢の納め時だあっ。」と斧を振り上げて俺に迫ってきた。
俺は掴んだ小石をザンダーめがけて投げつけた。
小石は過たずザンダーの眉間にぶち当たり、一緒に砂粒が目に入ったみたいだ。
ザンダーは思わず片手を斧から外して目をこすり始めた。
俺はサッと起き上がりザンダーの右膝の裏にナイフを突き立てた。
「あぎゃっ!」
ザンダーは痛みで膝をつく。
「な、何をする!」
俺はザンダーの首筋にもう一本のナイフを当てたのだった。
その時副ギルド長が鋭い声で「そこまで」と声を上げた。
審判は笛を吹き、俺はザンダーの膝に突き立てたナイフを抜いて副ギルド長の方に向かった。
ザンダーには白銀のパーティメンバーが既に向かっていて治療を開始している。
副ギルド長は「あの膝攻撃は凄かった。あれがゴブリンジェネラルを倒した必殺技か。」とニコニコして言った。
「C級の昇格通知は後で送らせるよ。」
そう言って副ギルド長は建物の方に去った。
観客たちは「え、ジャンのやつゴブリンジェネラルを倒したのか?」と驚いている。
と、いきなり後ろから抱きつかれた。アリシアである。
「ジャン、勝ってよかった。」
生まれてこの方女の子に抱きつかれた経験などない。
どうしたらいいのかわからなくて突っ立っていると、ほっぺたに柔らかい感触がした。
「勝利の勇者には乙女のキスよ。私のファーストキスなんだからね。」
俺は石像になった。
後から聞くと観客たちは「ジャンがかわい子ちゃんにキスされるのを見にきたんじゃないぞ。」と言って解散になったらしい。
どうやって戻ってきたのかよくはわからないが、ふと我に返ると控室に寝かされていて、どうやら俺はアリシアに膝枕されているらしい。
「さっき副ギルド長さんがジャンのC級ライセンスの許可証を持ってきたわ。あなたもこれで一流冒険者の仲間入りだってね。」
俺はこくこくと頷くことしかできなかった。
「ジャン、それで、次は私とパーティを組んでクエストをお願いね。頼りにしてるわよ。」
俺の頭はもはや全く動いていない。ただひたすらにこくこくと頷くしかなかったのである。