アブノーマル・コックリさん
「あのさ、コックリさんやるよ」
前の席に座っている蓮は、長めのホームルームが終わると同時に、俺に断る余地を何一つとして残さずにそう言った。
「コックリさん?インチキだよ、あんなん。やってもいいけどさ」
「やっぱ男の中の男は違うな。胆力が」
「で、なんでやるの?」
「おもしろそうだから」
あまりにあっけらかんとした答えだった。
「そんでさ、あれって3人でやるものっしょ?もう一人誰?」
「祐樹」
「え、あいつ、心霊系とか大丈夫なの?」
「わからん。でも、いた方がいいかなって」
話を少し続けると、ちょうどそこに祐樹がやってきた。
「あっ、蓮、壮真、何話してんの?」
「コックリさんのスカウト。ちょうど強心臓の有望株が入るってよ」
「蓮、本気でやるつもり?何か変なことしでかして俺がコックリさんに憑かれたりしたら、お前らどう責任取るんだよ」
祐樹は小学校来の友達だが、仲良くなってすぐにも、「幽霊が視える」だとかよく言っていた。それ故に幽霊との干渉を起こしやすく、何度も取り憑かれそうになったことがあるらしい。本人はとてつもなく怖がっている様子だが、対幽霊の立ち回りは熟知しているから、いなくては困る。
「まあまあ、そん時は俺らでどうにかするからさ。な、壮真」
俺はただ頷くことしかできない。
「じゃあこの3人でやろう」
そう蓮がいったその時、後ろから、少しぽっちゃりとした、短髪の大男が話に入ってきた。
「なんだよ蓮、俺抜きでなんかやるのかよ」
「寛太、コックリさんって3人でしかできないんだよ」
「ん、コックリさんって何?」
「コックリさんってのは、狐とか狸の霊を召喚させて、占いをしてもらうってやつ。文字が書いてある紙の上に十円玉乗っけて、それに全員が指をおいて召喚儀式したら、占いしてくれる。」
「なんだそれ!めっちゃおもしろそうじゃんか!一人増えたくらいだったらいけるって」
「じゃあ、祐樹、4人でもいけそう?」
「いけないことはないけど、変なコックリさん来たりしないかね」
そう言っているけれど、本当は、寛太が祐樹の言った「何か変なこと」に関する危険因子になるのを恐れているから4人目の参加を躊躇しているというのは、俺にもわかる。
「まあ、やってみないと分からないし、とりあえずこのままやろう」
俺がいきなり仕切り始めてみんな少し困ったような顔をしているが、提案自体に異論はなかった。
俺たちは、教室の掃除をそれぞれ終わらせて、友達のたまり場となっている俺の家に向かった。
「おじゃましまーす」
俺以外の3人が一斉にそう言うと、母が出てきた。
「あら、いらっしゃい。壮真の部屋はこっち」
そう言って部屋まで手招きし、リンゴジュースまで出してもらった。
俺の部屋は、ごちゃごちゃしている。ひらっきっぱなしになっている本だとか、目が眩む程の蛍光色で適当に描かれた絵だとか。それだけ今までいろんなことに興味を持ってきた。コックリさんだってそうだ。少しでも面白いと思えばすぐやる。
「紙はもう作ってきたから。あとはテーブルと十円玉があればできる」
蓮は、黒マーカーで文字が書かれた紙を広げる。
紙の中央上部には鳥居の絵、それを挟むように左から「はい」「いいえ」と書かれている。その下には、ひらがな五十音、0から9までの数字が書かれている。
「ねね、テーブルあったよ」
寛太は、部屋の隅っこの方から、底が緑色のテーブルのようなものを取り出してきた。
「おい、寛太、それテーブルじゃなくて麻雀卓」
俺は真っ先に指摘した。
「いけるって。ちょうどこれ4人でも囲めるじゃん。そんで、十円玉のかわりもあるし」
そう言って寛太はセットになっていた麻雀牌を見せつけてきた。
「なんか、文字書いてるやつがかっこいい。中とか北とか。俺この緑の文字のやつ使いたい。漢字読めないけど」
「發って読むの」
「よく知ってるね。麻雀やるの?」
「まあ、うん。昔はよくやってた」
蓮と祐樹は呆れながらも、これ以外に使えるものがないからと寛太の提案を許可した。寛太に呆れていたのは、コックリさんに「ふざけ半分でやってはいけない」というルールがあったからだったということは、この一連の出来事の後に知った。
紙を麻雀卓の上にのっけて、鳥居の絵と重ね合わせられた麻雀牌に四人の人差し指指を置いて、召喚儀式が始まった。雰囲気を出すために窓をふさぎ、部屋の明かりも消して、懐中電灯だけが灯る。進行は、蓮が執り行う。
「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
すると、4人がおさえていた麻雀牌が、「はい」と書かれてある部分に動いた。
「動いた。祐樹、コックリさん来てる?」
「うん、確かに幽霊は来てる。男の幽霊かな」
「え、本当に来ちゃった?本気で呼ぶつもりはなかったのに」
蓮は、暗い部屋の中でもわかるくらいの大量の冷や汗を書いていた。
そうしているうちに、また麻雀牌が動き始めた。コックリさんは何か言いたげだ。
「よにんのやつ、みたことない。いみわからない」
麻雀牌が、文字の書かれた紙の上をこのような順番で動き、また鳥居の絵のところに戻った。
何も聞いていないのにこう言うということは、相当コックリさんも動揺しているのだろう。
「おれさ、こうなると思ってなくて、コックリさんに聞くこと考えてなかった」
蓮は、そう言って頭を抱える。
「じゃあ、今年のセ・リーグ、どの球団が優勝しますか?」
「蓮、あんまふざけない方がいいって」
祐樹のその言葉には、小さい声でも切実な要望が感じ取られた。
麻雀牌は、左右に揺れ動いたまま、答えがなかなか出ない。さすがのコックリさんでも、熾烈なペナントレースの行方を占うのは至難の業だろう。
そして、麻雀牌はおぼろげな様子で動き出す。
「ていえぬえい」
一見支離滅裂な回答に見え、皆は眉を寄せているが、俺にはわかった。
「これさ、濁点とか、「っ」とかの小さい文字が紙に書いてないから変になってるんじゃない?だから、コックリさんは『DeNA』って言いたかったんだと思う。そうでしょ?」
麻雀牌は、「はい」の位置へ動いた。
寛太が文句を垂れる。
「これさ、コックリさん馬鹿じゃない?」
「ちょっ、コックリさんを馬鹿にするなよ。呪われるかもしれないんだぞ」
祐樹が寛太を睨むと、またコックリさんは何かを言い始める。
「おれは、このかみのつくりかたをきめてない。もんくいわない。もんくあるなら、かみをかいたひとにいおう」
全員の視線は、蓮の方へ向けられる。
「俺は、ただネットに出てたやつをまねしただけ。文句はネットに言うべきだよ」
「ねつとをうのみにするな。おのれでしこうしろ」
「ごもっともだ。コックリさん、ごめんなさい。」
コックリさんってこんなにおしゃべりだったっけと思いつつ、寛太が次の質問を投げかける。
「蓮の好きな人って誰でしょうか」
「いやいや、俺には好きな人とかいないから。これ、ガチ」
これに関しては、すぐに答えが返ってきた。
「いない。おそらく」
やけに曖昧である。だが、コックリさんは言葉を続ける。
「しかし、れんあいはしよう。おとなになると、いいひととあうきかいは、すくなくなる」
蓮は、顔を赤くして俯いている。好きな人をばらされたわけではないのに。
「いいひとをみつけたら、それなりに、はなしかけよう。なかよくなれるよ」
「わかりました。コックリさん」
蓮はそれでも俯いたままだ。
「じゃあさ、最後の質問行くわ」
寛太がまた質問をする。
「この4人の友情って、ずっと続きますかね」
「ずるいだろその質問」
蓮が顔を上げた。
コックリさんは今までで一番の速さで答えを出した。
「もちろん。このとしのなかまは、えいえんのたからもの」
それに対して、誰も何も言えなかった。
蓮は、沈黙の中で口を開く。
「コックリさん、コックリさん、どうぞお戻り下さい」
しかし、コックリさんはまだ最後に何か伝えたいようだ。麻雀牌が動く。
「たのしかつたよ。ありかとう。みんな、そして、そうま」
全てを伝え終わると、鳥居の絵のところまで麻雀牌が戻った。
「ありがとうございました」
蓮のこの一言で、コックリさんの儀式は終わりを告げる。
「終わったけど、俺の名前最後に呼ばれたよ。なんで名前知ってるんだ?怖いな」
やけに優しいコックリさんだったが、そこだけが心に引っかかる。
「今思い出したけど、蓮、コックリさんの霊って、狐とか狸の霊だったって言ってたよね」
口を開いたのは、霊が視える祐樹だった。
「ああ、そうだけど」
「じゃあおかしいよ、俺が視たのは人間の男の霊だったよ」
「え、じゃあさっき召喚した霊って何だったんだ......」
ここで俺は、そんなことはないと思いつつも、一つの心あたりが浮かんできたので、聞いてみた。
「その男の霊って、どんな見た目だった?」
「結構年がいってて、眼鏡かけてて、眉毛が濃かった。あと、唇の下にほくろがあった」
いや、間違いない。
「それ、俺のおじいちゃんかも」
「え、なんで」
寛太が聞く。
「祐樹が言ってた特徴も全く同じだし、寛太が引っ張り出してきた麻雀セットって、おじいちゃんと昔よく麻雀してた時に使ってたやつだから」
「どうりで曖昧な答えががあったわけだよ。え、じゃあDeNAがセ・リーグ優勝するって......」
「適当に言った答えだろうね。俺のじいちゃん、DeNAの大ファンだったし」
「じゃあ、ヤクルトが優勝する可能性があるってこと?やったー!」
寛太は馬鹿みたいに喜ぶ。
じいちゃん、お茶目で、いつも遊びに付き合ってくれたけど、幽霊になってもこんな方法で会いに来てくれるなんて......
泣いていることを知ったのは、みんなに指摘されてからだった。