第86話~答えを探しに~
気がつけば、俺は宿屋の屋根の上に座っていた。
辺りを見回してみれば、ただひたすらに暗い。
そして、空に二つの月。
どうやって、いつ、ここまで来たのか分からない。
頭に浮かぶのは、白い『俺』。
――――――あの悪魔はてめェが殺したンだよ。語るも無残なほどになァ
ふと、自分の両手を見てみる。
あの時見た真っ赤な手ではなく、ちゃんとした少し白い肌色をしていた。
だけど。
じっと見ていると、その手が段々赤く染まっていくような気がした。
掌から目をそらす。
「・・・・・・殺した、か・・・・・・」
この世界に来てから、何人の人を殺したのだろう。
数えたくも無い。
中には人じゃない者もいるけど、結局殺したのに変わりはないんだ。
人殺し。
――――――この、人殺し!
頭の中で、誰かの言葉がリフレインする。
誰のかなんて分からない。分かりたくもない。
分かった所でなんになるって言うんだ。
「・・・・・・人殺し、ね」
もし、銀やリリアが、俺を人殺しだって知ったら。
そして、人を殺したのに、何の感情も表現できないと知ったら。
これも、考えたくない。どうせ最悪の結果が思い浮かぶのだから。
自然とため息が出る。
そして、しばらく、二つの月をぼーっと見つめる。
そして、ふと気がついた。
「・・・・・・眠くならん」
辺りが暗いという事は、今の時間はもう寝る時間なのだろう。
それでも、一向に『眠りたい』とは思えなかった。
まるで、『眠る』事を拒絶しているかのように。
・・・・・・いや、違うか。
「・・・・・・『アイツ』に会いたくないから、か」
眠ってしまえば、また『アイツ』に会わないといけなくなるのだろう。
だから、身体が自然と眠らないようにしているのかもしれない。
もしくは、無意識に寝ないようにしているのかもしれない。
どうせ、無意味な事なのに。
影が自分の身体から切り離され、とある人型を形作る。
そして、『アイツ』が現れる。
「よォ。素敵な夜じゃねェか」
例え寝なかったとしても、こうやって現れるのだから。
鋭い犬歯を見せながら、いかにも愉快そうに笑う『俺』。
白い髪に、真っ赤な瞳が、黒い夜に輝いた。
「・・・・・・用がないならさっさと帰れ。用があるなら5秒以内に済ませてから帰れ」
「そォンなに嫌わなくてもいいじゃねェか。俺はお前なんだぜ? 自分の『半身』を嫌うたァ、悲しい事じゃねェか」
俺はお前を自分の一部だと思ったことは一度も無い。
「ごーよーんさーんいーちぜろ。はい時間切れ。じゃ帰れ」
投げやりな声で言う。
「おいおいひでェじゃねェか。俺はてめェに会いたくて会いたくて仕方なかったってェのによォ」
「・・・・・・生憎ですが、俺男に好かれても嬉しくないんで。ってか慣れてますんで勘弁してください」
『アイツ』の顔を見ずに言う。
「・・・・・・まァいいや。で? 覚悟は出来たか?」
「・・・・・・何のさ」
俺がそう言葉を返すと、『アイツ』は、口元を歪ませてから、
「てめェが自分で書き換えた、記憶の真実を見る覚悟だよ」
そう言った。
「・・・・・・覚悟が出来てるかは知らんが、寝ることは出来ん。あの空間は俺が寝ないと行けないんじゃないのか?」
「別に、あの場所じゃなくたっていいンだよ。問題は俺がいるかいないか、だ」
言葉なんて半分以上は聞いていない。
「さいですか」
「ンで?覚悟は出来てンのか?」
『アイツ』の、俺の意志の確認するかのような声。
「・・・・・・いいさ。なら、見てやるよ。その記憶とやら」
『アイツ』は、混乱している時に見るとヤバい事になると言っていた。
今は大分落ち着けたし、どうせ俺が見ると言うまでコイツは出てくるのだろう。
なら、さっさと見てしまえばいい。
「――――――そォの言葉を待っていたァ!」
『アイツ』は、嬉しそうに口元を歪ませながらそう叫ぶと、パチンと指を鳴らす。
すると、俺が座っていた場所のすぐ下に穴が開き、そこへずぶずぶと身体が沈んでいくのが分かった。
「一名様ァ、夢の国へご招待――――――」
『アイツ』の言葉が聞こえたかと思うと、俺の意識は身体と共に暗い闇の中へ沈んでいった。
地震がありましたね。私は一応元気です。