第72話~動き出した魔王~
「へっくしっ。ううむ・・・・・・風邪か?」
身体に寒気を感じたりはしないのに、何故か時々くしゃみが出たり、背筋が冷えたりする。一体何なんだろう。
「リュウキさん、風邪ですか?」
リリアの心配したような声が聞こえる。
「いや、熱とかは無いっぽいし・・・・・・誰かが噂でもしてるんじゃないかね?」
「噂、ですか・・・・・・あ、そう言えば」
「何ぞ?」
「町で買い物をしていた時なんですが、こんな噂を聞きました」
――――――魔王と名乗る者が、自らの〈後継者〉を探している、と――――――
「〈後継者〉、ねえ」
「はい。自分の跡継ぎを探している、とも言えますね。魔王も世代交代とかあるんでしょうか?」
俺に聞くな。
「てか、何で魔王とかそんな物騒な言葉が出てきてるのにお前は平然としてるんだ」
「へ?だって、こんな噂出鱈目に決まってるじゃないですか。第一『予言』ではまだ魔王が出現する時期ではないですし」
『予言』。
『予言の書』と呼ばれる書物に書き表されている、魔王が現れる時期を示すものらしい。
その『予言』とやらによれば、魔王が現れるまではまだ数十年の間があるそうだ。
「それでもさ、多少の緊張感とかはないの?」
「例え魔王が早く現れたとしても、勇者が現れる、もしくはこの学園の誰かが勇者として選ばれ、その人が討伐に行きますから」
何とも他人任せな・・・・・・。
「お前が選ばれるかもしれんのだぞ?」
「私より優秀な人はたくさんいますから・・・・・・私が選ばれる確立は、かなり低いですね」
そう言って苦笑するリリア。
だが俺は見逃さなかった。
言った後、少し悲しげな表情をしたリリアを。
「・・・・・・めるなよ」
「・・・・・・はい?」
「諦めるなよ!」
「いっ、いきなり叫んで何を・・・・・・」
「どうしてそこでやめるんだ!そこで!もうちょっと頑張ってみろよ!」
「いや、頑張るとかじゃなくてですね・・・・・・」
「駄目駄目駄目諦めたら!周りの人とかの事考えてみろって!お前の事応援してる人とかの事考えてみろって!」
「あっ、熱い!なんかリュウキさんが熱い!」
「俺だってこのマイナス10度の寒い中シジミがトゥルルって頑張ってるんだよ!」
「シジミ!?ここシジミとれるんですか!?そもそも今夏なんですからマイナス10度とかあり得ませんから!」
「後もうちょっとなんだよ!だからこそ――――――」
「・・・・・・だからこそ?」
「NEVER GIVE UP!」シャキーン!
「リュウキさんが輝いてる!?後光が射してる!?」
「・・・・・・はあ・・・・・・はあ・・・・・・ちょい休憩」
「そして一気にローテンション!?」
ネガティブな発言聞いて思わず反応しちまったじゃねえかちくせう。
「だー・・・・・・疲れたー・・・・・・」
「先ほどのテンションのあげ方が異常だったくらい低いですね・・・・・・」
息継ぎとか全く考えないで勢いで喋ってしまったから、呼吸が辛い。深呼吸できねえ。
「すまん、さっきのは忘れてくれ。ただの禁断症状だ」
「随分発症機会の多そうな禁断症状ですね」
「じゃあアレだ。条件反射だ」
「・・・・・・私はもう何も言いません」
ため息をつかれた。おかしい、返事の返し方を間違ったか。
「でも――――――」
ん?
「先ほどの言葉を聞いて、やる気が出てきました。もうあんな暗い発言はしませんよ」
綺麗な笑顔をこちらに向けて、リリアがそう言った。
「・・・・・・さいですかい」
あまりにも眩しすぎたので、思わず目を逸らしてしまった俺は悪くない。
「ここか――――――」
学園内に、とある人物が不法侵入した。
「ここが、〈後継者〉がいる所か」
不法侵入した者は、人間ではなかった。
真っ黒なコートを羽織り、真っ黒な帽子を被っている。
手入れのされていない、ボサボサの白い髪に、血のような真っ赤な目を持っている。
「しかし、ここの警備は弱いな。たった一人に負けるなど」
真っ黒なコートを着た男は、自分が歩いてきた道を振り返る。
そこには、身体を真っ赤に濡らした、無数の学園の警備隊の姿があった――――――
「・・・・・・む」
「? どうしましたリュウキさん」
「いや、何か・・・・・・これから俺に良くない事が起きるような気がしたんだ」
「自分限定!?」
「当たり前だ。誰かの事なんて気にかけるかっての」
「うわーこの人自分勝手!」
うっさい。
しっかし、何なのかね。このイライラするような、モヤモヤするような感じは・・・・・・。
・・・・・・外に出て風にでも当たるか。多少は気分も良くなるだろう。
「ちょい風に当たってくるわー」
「あ、はい。行ってらっしゃいリュウキさん」
そう言うリリアに手を振り、出入り口になっている扉を開く。
「――――――見つけたぞ、〈後継者〉」
デジャヴを感じた俺は、即座に扉を閉めた。