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オーバーフライト

作者: ユージーン

心臓が高鳴ったあの瞬間も、なんだかちっぽけに、小さく見えるようになったあの景色も、刻々と過ぎていく時間によってそうなってしまった気がする。別に小さく見えてしまうことが哀しい訳ではない。それだけ僕の考えは変化していき、ある意味..大人になった..ということなのかもしれない。僕はふと、灼熱の中2度と戻ることのない夏休みを、いつまでも続くと思っているであろう少年の元気よく走りだす背中をみて思ったのだ。

 

 僕は社会人2年目の24歳、実家を離れ日々仕事に追われる毎日を過ごす。同級生はまだ結婚している人は少ないものの、会社の先輩や仕事で出会う方などは人生経験が多く、多種多様の人生を見聞きしてきた。馬車馬のように働いている今も何年後かには、理想像に近づけるのだろうか。そんなことを、仕事終わり1人で火をつけたタバコの煙に思い浮かべた。煙は臭い。口から出た直後は白く大きな靄も、風に流されていつしか消える。意思を持っていなくとも勝手に消滅していく。僕たち社会人の儚い夢のようだ。

 「今日も疲れたな」無理して笑顔を作っている先輩が今日も声をかけてくれる。対面して話している時は明るい人に見えても、ふと横を見たときにはその人の裏にまだ僕にははっきりとわからないモヤのような薄暗さのようななんとも表現しにくい何かがあるように感じていた。「あいつは転職していったよ」「金がここよりよかったんだろうなー、ここの現場捨てていきやがって笑」そんな会話を耳に挟んだこともある。今抱えている現場の責任者は転職によって別の責任者に変更されていた。入社したばかりの僕には転職なんて考えることも暇さえなかったが、いずれそんなふうに考える時がくると考えると僕の将来はもっとわからなくなっていった。

 夢を抱えて転職希望をしたものの応援してくれる人などいるのだろうか。成功するとは限らない、先の見えない道を進めるのだろうか。少年にはない悩みが社会人には、たちはだかる。目まぐるしい毎日がすぎ、カレンダーは8月になっていた。少年にとっては夏休みのようなお盆休みが始まる。

 

 「ひさしぶりだな!乾杯!」そんな声がまだ僕は楽しい。友達とは離れ離れになってしまったけどたまに会って飲み会なんかして答えのない終わりのない話をするのが好きだ。「裕翔は仕事どうしてる?」彼は僕より2年早く卒業した同級生だ。工場勤務から今年分野を超えて転職をして生き生きしている姿に声をかけた。「ぼちぼちうまくやってるよ。そんなことよりさ、そろそろ彼女作らないとやばいよな笑」話をうまく逸らされてしまった。と面を食らって僕は笑みを浮かべていたが、それは作り笑いでなく嬉しかった。仕事が辛い。そんなことを吐いていた彼はネガティブ思考から未来を見据えられるほど視野が広がって余裕ができたんだなと。友達ではある他人の成長を喜ぶなんて大人になれたのだろうか。レールを敷かれ毎日走る電車のように過ぎ去った義務教育から離れ、それぞれが歩き出したばかりだというのにそんな呑気になっていいのだろうか。もっと自分を見つめなくては。ジョッキのビールを口に運びそこね、溢しながらすこし苦い液体が喉を伝っていく。そんな僕をみて裕翔も笑う。今、彼だって僕をみて笑っている。少しは自分のことを考えたことがあるのだろうか。ビールを唾で押し込み声を出そうとした時、ちょうどお会計の声がかかった。「お客様6300円になります!ご退店の準備をお願いします!」元気のいい店員さんに頭のモヤをかき分けられるように僕たちは店を後にした。

 「ちょっと歩こうか」「そうだなー」ちょうどいいくらい2人とも酔っていた。飲み野外からまっすぐ歩くと学生時代にも訪れた河川敷に座り込んだ。少しまだ暑い夏の夜。月を反射する川の煌めきに心が洗われていく。酔いを覚ますのにちょうどよかった。横を向くと裕翔は芝に寝転がって寝ていた。今日は星も綺麗だ。何億光年もかけて僕らに今、光を届けている。そんな星をみてたった人生24年間の悩みなんてちっぽけだと思えた。裕翔は遠くを見ながら話した。「お前よくここで悩んでたよなー」「そうだっけか笑」僕は惚けて返したが忘れもしない。ここは僕の恋愛が終わった地でもある。「あれからどうなったんだよ」「やめてくれよほんとに笑」僕はタバコに火をつけて一息つく。今はただタバコが吸いたかった訳ではない。ただ間が欲しかった。誰も幸せにならないこの話はできるだけしたくなかったのだ。

 ここ近年は終わった恋など忘れ他のことに打ち込んで必死に忘れようとした。でもやっぱり思い返すとコップに注がれ続けた水のように溜まったものが溢れ出てくる。 あれは3歳下の友実という彼女だった。親が離婚し父は今、別の子供の父親になっていたはずだ。母も再婚し別の父の子供を妹に持つ4人家族だったはずだ。初めて会った日からうまく言えば意気投合なのか若気の至りなのか、体の関係から始まった恋だった。毎日バイト終わりに電話してLINEのメッセージは2人の思い出のように重なっていった。僕は恋に傷く間もなく友実が好きになっていた。友実は受験生ながらも誘うと必ず時間をあってくれ両思いを確信していた。僕は20歳彼女が17歳の時の話である。成人になったばかりの僕は大人ぶって学生と付き合っていいものか悩んでいた。そんな好意と理性の葛藤を2ヶ月も続けた。毎日が楽しかった。告白はシンプルだった。「俺らってなんだろうね」分かりつつも僕は彼女に聞いた。「こんなに会ってるのに?笑」察してくれと言わんばかりの返答がくる。こんなの確実にいける。そう踏んで僕はやっと声を出した。「ずっと好きだった。今はもっと。これから付き合って欲しい」とストレートに告げた。彼女は分かりきっていたはずなのに目を丸くしてうんうんと何回も頷くだけだった。後から聞けばやはり直接言われると驚いて声が出なかったそうだ。気持ちが溢れてしまったのだろうか。そんなことを聞いて尚更嬉しかったのを覚えている。右肩上がりに、いや鰻登りに友実への好意が上がっていった。毎週出かけてご飯を食べて。ごく普通のデートでもなにをしても楽しかった。そのときも今と同じような夏だった。気温に負けないくらい暑い夏だった。

 「なぁ今ではどうなんだって」ハッとなって現実に引き戻されてしまった。裕翔は冗談でなく本当にそれからどうなったのか知りたいようだった。そこで終わるはずのないこの恋の先を彼は知りたいのだ。この恋の先は今のところ僕と友実だけが知っている。

 「あれからさ俺、振られたんだよ」僕は少し声を震わせて不機嫌そうに言葉を吐いた。あれだけ順調に進んだ恋は1年たらずであっけなく終わってしまった。きっと僕は友実より好きになるのが早かった。付き合う前こそ隠していた好意が付き合ったとたん溢れるどころか気づかないうちに漏れてしまったんだろう。別れ際、友実はごめんって何回いったんだろう。よい関係だったはずが心の熱量には大きな差ができ友実も好きではいたものの同じ熱量でいつづけることが負担になってしまったようだ。心臓の奥が痛くなって喉を駆け上がって目から涙が伝っていた。裕翔はそんな僕を見てなんと声をかけていいか分からないようだ。「そうだったんだな」搾り出した声に僕も言葉が無くなった。純粋な好きな気持ちが受け入れられなくなってしまうのは当時の僕にはあまりにも辛かった。それから好きとは何かわからない。何をもって僕は友実が好きだったのか。溢れ出た気持ち、受け入れられない好きなんてただ重くなるだけだ。深くえぐられたような気持ちになって僕は声を出した。「いいんだ別に。」「なんかごめん」裕翔は申し訳なさそうに謝った。空気が悪かった。芝生で蒸れた蒸気が体にまとわりつくようだった。いいんだいいんだ。僕はいったんまた過去に蓋をした。大きく息を吸って裕翔に声をかけた。「また新しい人みつけなきゃな!お互い頑張ろうぜ」僕は少し無理をして今は吹っ切れているように明るく振舞った。スマホを見ると残すは終電だった。そこからは特に暗い空気は出さず駅への道をまっすぐ歩いた。「俺こっちだから、また年末な!」そういってお互いの改札に向かって分かれた。

 改札の前で足を止めた。これでいいんだろうか。溢れる気持ちに蓋をして、今もなお、溢れそうなこの胸を抑えて僕はこんな人生でいいんだろうか。終電に忙ぐ酔っ払い、カップル、多くの人が次々と改札を抜けていく。改札をしばらく眺めた。僕は背にして確信した。いや、これで言いわけがない。

なにか奮い立たされるような、どうしようもないけど前向きな気持ちが、流れる多くの人を掻き分けてずんずんと体は進んで行った。駅を出て空を見上げた。さっきと同じ月と星。同じはずの届きそうもない景色が、何億光年も先の光がすこし近づいた気がした。なんなら僕が少し近いたような気もした。溢れ出た気持ちだって溢れたっていい。誰かに汲み取って貰わなくてもいい。抑えつけて溢れてしまうなら、自分自身で僕自身でもっと大きな器で受け止めてやる。飲み屋街はすっかり眠ってしまった。こんなんじゃまだ終われない。拳に力が入った。酔ってるわけじゃない。本気だ。目つきがかわって目に力が入った。誰から押されることも引かれることもなく僕は勢いよく自分の意思で真っ暗な夜に走り出した。


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